第11話 後輩ちゃん

「しょうがないから無職の先輩に飯を奢ってやるっす。肉っすよ肉、感謝するっす」


 失礼な、誰が無職じゃい。

 今月末まではまだ六位食品に席を置いているし、もっといえば冒険者なんだ。

 しかも【商人】のジョブを得たからステータス上も無職じゃないぞ。


「しょうがないから奢られてやるか。このカルビ4つで、あとハラミも4で、ライス大盛りと飲み物は……酒はやめておくか。ウーロン茶で。お前はどうする?」


 今の状態で酒を飲んだらヤバいことになるのは目に見えてる。

 しばらくは禁酒だな。

 ダンジョンを出たところで職場の後輩社員である、この冬月若菜ふゆつきわかなから連絡があった。

 話があると言うことなので一緒に晩飯を食べることに。

 今は千葉から東京に戻って、職場近くの焼肉屋に入っている。

 この焼き肉屋は職場が肉を下ろしているので、ダンジョン産の肉を一切使ってない焼肉屋だね。

 そう言えばダンジョン焼肉の店も行ったことがないな。

 今度行ってみようか。


「小市民っすねー。奢りって言ってるんだから特上を頼むっす。自分はとりあえず生っす」


 いや、すごいお腹減ってるからね。

 特上だと困ることになるのはお前だぞ?

 武士の情けで安いのを頼んでやってるんだ。


「で、話ってなんだ?電話じゃダメだったのか?」


「それは課長に言ってほしいっす。電話じゃダメだから直接顔を見てくるように言われたっす。話的には次の職場が見つかったかってことってすね。後、偶には顔を出してほしいみたいなことも言ってたっす」


 なるほど、こいつが奢るなんて言い出すからおかしいと思ったが、資金の出所があった訳か。

 次にやることが決まってなければ、仕事を紹介してくれると言うことだろう。

 でも現状、ステータスの関係で新しいことは避けた方がいい状態だからね。


「まあゆっくりやるさ。失業保険も下りるだろうしな」


 失業保険とは言ったが、収入があるとダメなんだよなぁ。

 まあ今日の感じだと冒険者業の方はうまくいきそうだ。

 経験さえ積めば奥に行っても問題はないだろう。

 入るなって言われたボス部屋でも余裕でクリアしたしな。

 ただ、今の段階でそれを冬月に教えてやる必要はない。

 コイツは口が軽いからな、ダンジョンに入っていることを会社を知られたら退職金がもらえなくなる可能性がある。

 秘密にするに越したことはない。


「30越えてるんだからもっと焦った方がいいっすよ?まあ次のコンペで私が優勝したら下請けに使ってやるので期待して待ってるっす」


「あー、社内コンペか。何やるのか決まってるのか?俺の企画いる?」


 ウチの会社では年に一回、社員全員から事業のアイディアを募って、それが採用されれば部署に関係なくそのプロジェクトを任せられる。

 今年の分のアイディアと計画書を用意してはいたが、俺はもう会社を辞めるので必要なくなった。

 有効活用してくれるならそれに越したことはないけど?


「そんな林みたいなことはしないっす!自分には温めていたがあるっす。優勝間違いなしっす」


 林はコイツと同じく俺が教育係をした男性社員だ。

 去年俺が出したバイク便の案が最終選考まで残ったのだが、直前で有名どころの配達員がバイクで大事故を起こしてイメージが悪くなって不採用となった。

 ついてないね……。

 それで採用されたのはバイクじゃなくてコンパクトカーを使って配達をするという林の案だった訳だ。

 俺の案はドライバーの教育やら流通システムの改善を主眼に置いていたが、林の案はエコという観点からのコンパクトカーを使いましょうという案だった。

 実際に事業が始まってからは俺の案をバイクをコンパクトカーに置き換えて林が進めると言う形になった。

 まあ林も俺に頭を下げてきたし、俺も気にしないで使ってくれと企画書を渡したからなんの問題もないんだけどね。


「林は俺の教え子の中で一番優秀な奴だからな。第一畑違いの俺がやってもうまくいかなかったさ」


「何言ってるっすか!一番は自分っす!あんなパクり野郎と比べられるのも屈辱っす!」


 いや、お前は一番下だよ、俺よりも酷い万年ヒラ確定じゃん。

 昇進と言う意味では教え子の中で一番は課長になるだろう。

 まあ課長は入ってきた時点で係長で俺の上司だったんだけどね。

 林も会社が順調ならすぐに課長に昇進しそうだし、コイツとは比べるまでもないのは事実だ。


「はいはい。で、その一番優秀な生徒様の企画ってのは何なんだ?あ、すいませーん、ライス大盛りお代わりで、あとネギ塩豚タン4つ」


「食い過ぎっす!あとタンは牛しか認めないっす!生お代わりっす!教えないっす。この案が通れば会社が蘇る画期的な案っす。まあ見ているといいっす」


 大丈夫なのか?

 まあ放っておいても案が通らないだけで別に害はないからいいか。


「ご飯大盛りお代わり、カルビも追加で5枚お願いします」


 まだまだ食べれそう。


『ピリリリッ』


 鳴ったのは俺の電話だ。

 メッセージアプリ……、相手は、新井さん!?


『入れておくと便利なアプリと役立つサイトのリンクを送りますね。一通り目を通して、無茶なことはしないように気を付けてください。PS.連絡くれないのでこちらからしちゃいました』


 ヒャッ、すぐに返信しないと!


「何すか?その顔は?鼻の下が伸びてるっす!まさか女っすか?ちょっと目を離したらもう女に騙されてるっす!課長に報告するっす!」


 何故課長?


「課長に報告してどうするんだ。もう会社辞めるし、関係ないだろう?」


「そういう問題じゃないっす!先輩に近づいてくる女なんて絵か壺を売るのが目的以外ありえないっす!ちょっとそれを見せるっす!」


 コイツ、もう酔っぱらったのか?

 大体俺がいつ女に騙されたと言うのか。

 そんな縁すらありませんでしたが?





「鬼っす。悪魔っす。食い過ぎっす。予算オーバーっす」


 青くなってるのは酒のせいかな?

 君も飲み過ぎたんだよ。

 どうも林をライバル視してしてるらしく、愚痴を物凄く聞かされた。


「カードでお願いします」


 俺もそこまで鬼じゃないぞ?

 最初から自分の分くらいは出すつもりだったのだ。


「ぜんばーい!ありがとうっす。一生ついていくっす。これ、課長から貰った分っす」


「ついて来たらクビだろうが。それはいいから、タクシーで帰れ。飲み過ぎだ」


 ちょっとカッコつけすぎかな?

 出費がヤバいな……。

 次からは焼肉は食べ放題にしておこう。





「何々?千葉だと14階層に【水魔法使い】か……。これ、日帰りでいけるか?いや、その前に【SP換金】を取るためのスキルポイントも必要だな」


 家に帰ってきてネットで情報を集める。

 色々考えた結果、千葉ダンジョンを拠点に冒険者として活動していくことを決めた。

 いや、本当に色々考えたんだよ?

 新井さんだけが理由じゃないです。

 ムフフ。


(本部は少なくと今年中には営業再開しないようだ)


 ニュースによるとモンスターがリポップしない状態が続いていて、調査もあるので来年のが起こるまで、1月1日にボスや宝箱が復活するまでは冒険者の本部ダンジョンへの立ち入りを禁止する方針のようだ。

 ネットではリポップしないなら奥へ進むチャンスなので、自衛隊が攻略をするなんて噂もあるね。

 すでに攻略されている54階層以降は宝箱も手付かずで残っているはずである。

 そういえば千葉ダンジョンも51階層の階段のボス部屋手前までは攻略されているけど、その奥は今年は誰も進んでいないみたいだね。


(それにしても千葉はあんまりいい噂がないね)


 ダンジョンマップやモンスターの組み合わせが悪いと言うのもあるけど、冒険者の質が低いと書き込まれている。

 大きいクランが一つあるだけで、攻略もあまり進んでいない。

 そのクランの噂も良くない。

 他のパーティーに妨害をしたり、セーフエリアを独占したり……。

 協会はこれを放っておいてるのか?

 50階層をクリアしたのも本部から来たパーティーみたいだし……。

 本部にいた冒険者達も多くが埼玉支部の方に流れたらしい。

 人が少ないのは俺にとってはいいことだけど、変なのに絡まれて相手がパーンなんていうのはシャレにならないぞ。



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