第10話 ついてない男まだまだ強くなる

「コボルトか……。嫌だなぁ」


 千葉ダンジョン3階は2階層と同じく草原のエリア。

 出てくるモンスターは二足歩行の犬型モンスターのコボルトとなる。

 買った地図によると、そもそも千葉ダンジョンは犬系のモンスターが多いみたいだ。


「どう考えても犬派の俺が来る場所ではないな」


 ついてない……。

 このダンジョンに来るのはきっと猫派の奴等に違いない。

 まさか敵の総本山のダンジョンを選んでしまうとは……。

 埼玉ダンジョンにしておけばよかったか。

 向こうは海やら川やら湖やらがあって、魚も釣れるらしいからね。

 支部のすぐ外にはダンジョン寿司のお店が何軒も軒を連ねているらしいし、明日からは向こうに行ってみようかな?


『連絡くださいね』


 うっ……。

 しかし千葉支部を離れると新井さんが悲しむかもしれない。

 あんな美人と仲良くなれる機会なんて一生に一度のことだろう。


『ノルマがきつくて……』


 ヨヨヨと泣く新井さんの顔が思い浮かぶ。

 千葉ダンジョンには食用のモンスターがほとんど出ないので、主な収入源は魔石となる。

 モンスター素材の買取が少ないのでノルマを達成するのもさぞ大変だろう。

 少しでも力になってあげないと!

 よし、心を鬼にして……。


『グシャッ』


 相当加減してつもりなのにバットが触れただけでコボルトの頭が吹き飛んだ。

 キツイ……。

 そして魔石を取り出すためにコボルトの体を捌かないといけない。

 魔石はモンスターの体の中心、心臓のやや右の辺りにある。

 さっきの昼休憩の間にナイフを買ってきたから作業自体は楽になったけどね。

 午前中はゴブリンの体に手を突き入れて、魔石を取り出していたからね。

 だがSAN値はゴリゴリと削られていく。

 残念なことにステータスには精神の項目はないのだ。


「ジョブ部屋まで来てしまった……」


 ジョブ部屋のボスモンスターも大きめのコボルトが5匹とこの階はコボルト尽くしときている。

 ボスとは言え、ここまで相手にしてきたコボルトを見る限り危険はないだろう。

 もうこの階は嫌だから、終わらせて次の階に行きたいし。


「待機部屋、ってヤツか。ここで1分だっけ?」


 ボス部屋に入る前にまず待機部屋と言うのがある。

 ここに5人入って扉を閉めるか、5人以下で扉を閉めて1分経つとボス部屋の扉が開く。

 同時に5人以上入らせないための仕掛けだね。

 俺は一人なので待つこと1分……。


「「「「「ウォーーーン!」」」」」


 扉が開くと同時に待ち構えていたコボルト達が雄叫びを上げる。

 この時点で後ろの扉はもう開かないらしい。

 ボス部屋からは出られないので覚悟を決めて中に入る。

 なるべく囲まれないようにしたい、まずは端の方から……。


「え?」


 ドグシャッっと……。

 走り出した瞬間、いや、2歩か3歩目でコボルトに激突。

 俺は端のコボルトのいた位置に立っていて、ぶつかったコボルトは壁の染みになった……。

 いや、ね。

 ちょっと急ごうと思っただけなんですが……。

 他のコボルトはまだ入り口を見ている。

 俺が消えたように見えたのか、辺りを見回していた隣のヤツと目が合った。


「ウォ……」


 ヤバいと思ってバットを一振り。

 それで終わった……。

 ちょうど横一列に並んでいた残りのコボルト4匹が壁に叩きつけられて、折り重なるようにして地面へと崩れ落ちる。


「……。大分手加減できるようになった、かな?」


 一番近かった一匹目の原型はないが、遠かった4匹目は完全なが残ってる。

 これはすごい進歩じゃないかな?

 ……ちょっと初めてのボス部屋で興奮してしまっただけなんだ。

 反省はしています。


《【商人】にジョブチェンジしますか?はい/いいえ》


 ピコンっと、どこからともなく音が聞こえてきて目の前にステータス画面のような表示が出てくる。

 これで『はい』を選べばジョブチェンジ可能だ。

 指で『はい』をつついたら、表示が消える。

 これでジョブチェンジ出来たのか?


「【ステータス】」



名前:斎藤 春道

ジョブ:【商人】

Lv:9999

HP:99990/109989

MP:99990/109989

腕力:10998

耐久:10998

敏捷:10998

魔力:10998

スキル:なし



「よし、【商人】に……、ん?んんん?なんだこれ?え?一、十、百、千、万……?」


 無事に初ジョブをゲットして、これでこの階層から出られると思ったのも束の間。

 ステータスが変化していることに気が付く……。


「数字が、増えてる……な。ステータスって9999が上限じゃないのかよ……」


 ジョブには各ステータスが上がる倍率と言うものが存在して、レベル×その倍率で現在のステータスが決まる。

 これは各ジョブごとにどのパラメーターが多く上がるかはバラバラで、【戦士】なら腕力が2倍だが魔力が1.1倍、【魔法使い】なら逆に腕力は1.1倍だが魔力が2倍、とその特色が色濃く出るのだ。


「え?【戦士】になったらまだ力が倍になるってこと?」


 9999レベルで腕力に2倍の補正がついたら、19998、約2万……。

 転がっているコボルトに目をやる。


「今の時点ですでにこの惨状なのに?」

 

 強いジョブを取るのが攻略の鍵。

 日本には【忍者】という強ジョブが存在するから世界から見ても攻略は1、2を争うレベルだというのも聞いたことがある。

 そんなジョブになってしまったら、もう歩いてるだけで壁に激突とかいうことになりかねない……。

 ステータスを見る限り、【商人】は各ステータスが1.1倍。

 3階層で得られるジョブなので、最弱の部類だろう。

 それでも各数値が999も上がってるのだ。

 他のジョブになるのが怖すぎる。


「なんか、どっと疲れた……。またお腹空いて来たし……」


 今日はもう帰ろうか。





「あれ?この石……。まさか、ボス部屋に入ったんですか?」


 ダンジョンを出ようとしたところで、まだカウンターに新井さんが座っていたので換金してもらおうと思ったら……。


「え?そういうのわかるんですか?」


 少し大きかったけど、コボルトはコボルトなんじゃないのか?

 魔石も見分けがつかないけど?


「わかりますよ。【鑑定】もありますし。ってやっぱり、入ったんですか!?危ないからやめてくださいって言いましたよね?ちゃんと話聞いてなかったんですか?」


 怒られた。

 いや、それよりも今、【鑑定】って……。


「【鑑定】、ですか?もしかして使えたりします?」


「しますよ。買取カウンターに座ってる職員は大体使えます」


 これはマズいのでは?


「それって人に使えたりも?」


「……。使えることは使えますけど、職員が冒険者に向けて使うのは禁止されてますね。意味もありませんし」


 何か間が……。

 声のトーンも下がったような?


「意味がない?」


 とりあえず話題逸らしを。


「はい、ステータスとスキルが見えるだけですからね。ステータスは自分で見ることが出来ますし。大手のクランに入団の際に証明書として依頼されることはありますけど。必要ですか?有料ですけど」


 なるほど、人間のステータスがわかってもしょうがないからね。

 パーティーを組む際も自己申告でいいだろうし、嘘をつくメリットもない。

 MPも消費するとしたら使うだけ損だからね。

 俺みたいにステータスを隠したいヤツっていうのはいない訳か……。

 いや、これはラッキーだね。


「いえ、大丈夫です」


「大丈夫じゃありません!今レベル2ですよね?いえ、昨日本部でしっかりレベル上げをしてきたとか?それでも3のはずです!死ぬ気ですか?」


 話題逸らし失敗。


「いやー、コボルトを倒してみたら案外楽勝だったので、いけるかな?と思いまして……」


「私がオススメしたからですか?やめてくださいよ。一歩間違えたら殺人ですよ?もー、あれ?でもなんでボスコボルトの魔石が3個なんです?5個あるはずですよね?」


「割っちゃいまして……」


「割った?槍を使う人が良く割るとは聞きますけど……、それバットですよね?解体するときにナイフを突き立てて?」


「あ、そうそう、そうなんです。これ今日買ったばかりで、まだ慣れてなくて」


 いえバットでやりましたとは言えないので、腰のナイフをポンポンと叩いて誤魔化す。


「……。大きめのナイフですね。それ、持って帰ったら捕まるのでちゃんと預けていってくださいね」


「はい……」


 また声のトーンが……。

 昼はあんなに愛想が良かったのに。

 怒らせてしまったかようだ。

 短い春だった……。


「明日も来られますか?は危なっかしいので、私が見ていないと。他の受付のところにいっちゃダメですからね?」


 名前呼び!

 しかも自分のところにまた来てください!?

 まだまだ挽回のチャンスはありそうだね。



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