第5話 レベル999

「と、とにかく槍を……」


 新たに出来た通路に足を踏み入れると何やら熱を感じる……。

 物凄く熱いんですが?

 暑いんじゃなくて、熱いんです。

 槍を投げてこうはならんじゃろ……。


「なっとるやろがい……」


 セルフツッコミをしたのはいいが、槍が見つからない。

 どういうこと?

 ゴブリン共々消滅したのだろうか?

 本当に初心者用の槍でお値段2万9800円(税抜き)とお安かったのだが、僅か一突き、いや、一投げで消えてなくなってしまった。


(ついてない……)


 いや、寧ろと考えるべきだ。

 50万もする槍も売ってたわけだし、安いのを買って正解だったのだ、と……。


「いや、危なかったぜー。もう少しで50万も損するところだったー」


 よし、自分を守る嘘をついたところでこれからどうするか……。


『ピロン、ピロン♪』


 電話が鳴る。


「メール、か?冒険者協会からだな。何々……」


 ライセンスを登録した時に緊急の連絡先を書いていたからね。

 さっそくそこに連絡が来たみたいだ。

 要約すると地震が来たからダンジョンから非難するように、ってことだな。


(揺れたのか?いつだ?)


 全ての冒険者に向けてのメッセージのようなので、もしかしたら外で大規模地震でもあったのかもしれない。


(会社、大丈夫かな?)


 一瞬そんなことを考えてしまったのは骨の髄までブラックに染まっているからだろうか?





「すごいことになってるな」


 幸い電車が止まっていることも無く無事に家に帰り着いたのだが、テレビをつけてみるとさっきの地震が大ニュースに。

 どうやら強い揺れが起こったのはダンジョンの中だけで、外は震度1にも満たない程度だったとか。


「へー、ダンジョンが震源なのか。何かあったのかな?え?本部のダンジョン閉鎖なの?」


 マジかよ。

 明日も行くつもりだったのに……。


「ついてないなぁ」


 と、手を洗った後、蛇口を閉めようとして……。

 ウチは会社に近いことを優先した、築ウン十年のボロアパート。

 蛇口も緩くて、きつく締めないと水滴が漏れだす。

 なので力を入れたら……。

 蛇口が根元から回った。


「アバババッ」


 噴き出してきた水を顔面で受ける。


(元、元栓。元を閉めなきゃ)


 慌ててしゃがんで、シンクの下を開けて元栓を閉めようとして……。


「ぎょぇえええ。アバババッ」


 今度は元栓のハンドルが捥げた。

 そして、捥げたハンドルのところからピンポイントで顔に向かって噴き出す水。

 この家、どうなってる?

 ボロアパート過ぎるでしょ。

 兎に角、このままでは部屋が水出しになるので、水が噴き出している箇所を手で押さえると……。


「え?ん?止まった?え?」


 グニャっといった。

 水道管が……。

 折り曲がって、結果として水は完全に止まったね。

 もう台所の水は出せなくなったけど。


「何が起こってる?」


 震える両手を見る。


「ステータス、か?」


 いや、まさか。

 ステータスは地上では効果が出ないはず。


「ほとん、ど……?」


 待て待て。

 ほとんどってどれくらいだ。

 いや、焦ってはいけない。

 さっきの元栓の二の舞になる。

 落ち着いて、慎重にパソコンを起動させるのだ。

 部屋の中は多少は濡れたが、電子機器は無事。

 ネットにも繋がる。

 ラッキーだね。

 ……ラッキーか?


「何々、地上ではレベルが十分の一以下の力しか発揮できません。フムフム……」


 ダンジョンで得た力は地上で使えない。

 トップエンドの冒険者でもレベルは60に満たないので、地上世界ではレベル6程度の補正しか掛からない。

 ちょっと運動神経が良くなる程度だ。

 これがダンジョンが出来ても地上の世界の人達にあんまり影響を及ぼしてない大きな理由だね。

 スキルはダンジョンの中でしか使えないし、ステータスすら見ることが出来ない。

 なのだ。

 まあそのちょっとを求めて越智さんみたいな人がダンジョンでレベル上げをするんだけどね。

 元から運動神経のいい人なら更に良くなるのだ。


「って十分の一っ!?いや9999の十分の一?あれ?レベル999……」


 確かにレベル60の十分の一なら影響はないなだろう。

 でも今の俺のレベルは9999なのだ。

 つまり地上でも俺はレベル999相当の力を発揮できることになる、なってしまう……。

 ダンジョンでのことや、さっきの蛇口のことを考えると……。

 道で誰かと肩がぶつかっただけで……。


『おう兄さん、どこに目ぇつけとんじゃい。骨がヒデブッ!』


 妄想の中の越智さんが某暗殺拳を受けたかのように遅れて弾け飛んだ。


「はわわっ」


 大変なことになった……。

 パソコンの画面に映された広告が目に入る。

 最下位、蟹座、水場に気を付けて。

 もっと早く言ってくれ……。





「しかし酷いな……」


 目が覚めて部屋の惨状を見て落ち込む。

 昨日は色々実験をしたせいで部屋の中が酷いことになっているのだ。

 お陰で分かったこともあるが……。

 まず普段何気なくやっている動作は

 箸を持ったり、ドアノブを回すのも何事もなく出来た。

 ただ意識的に力を入れるとすぐにそれが崩壊する、物理的に……。

 ほんのちょっと力を込めただけで、何でも壊してしまうのだ。

 というか無限に力が籠められる感じで、鉄アレイとかも握り潰せたからね。

 そして一番ヤバいのはの動作だ。

 何気なくやったデコピン。

 ググっと力が溜められて、次の瞬間には離れている壁に穴が開いた。

 いや、何も飛ばしてないのにだよ?

 飛んだのは空気ですよ、空気。


(某アニメの〇弾みたいなものだね。雷〇シュートとかもやってみたら、ゴールネットを空気だけで引き裂きそうで怖い)


 それともう一つヤバイのが、イラっとすること。

 愛用の皿やらスプーンやらを破壊してしまって、イラっとしていたのか、水を飲もうとペットボトルを捻ったら、蓋が空かずに首が捻じ切れたからね。

 またしても水浸しですよ。

 感情で力の制御が効かなくなるとか、大変危ない人です。


(まあ怒らなければ大丈夫。禅の心だ)


 兎に角この状態では次の仕事なんて無理だ。

 面接にいってイラっとしたら、周囲を破壊してしまうかもしれない。

 なので力の制御が出来るようになるまでダンジョンに籠ろうと思ってたんだけど……。


『都内にある冒険者協会本部地下に存在するダンジョンから原因不明の振動が感知されてから一晩が明けました。ダンジョン内でも深度6程の揺れが観測されたことが発表され、現在は本部ダンジョンだけでなく、冒険者協会本部施設にも関係者以外立ち入ることが出来ない状態が続いています。協会の職員に話を聞いたところ、現在復旧の目途は立っていないとのことでした』


 これですよ。

 本部ダンジョン閉鎖。

 本当についてないね。

 だが気になることが一つ……。

 ダンジョンの外でもなのだ。

 そして地震が起こったのはちょうど俺が槍を手放したであろう時間……。


「まさか、な……」


 だが待ってほしい。

 どうやらニュースによれば地震が起こる1時間程前からダンジョンには異変があったとのことだ。

 モンスターというのは倒されれるとダンジョンが一定時間で新しいモンスターを送り込んでくるらしい。

 牛が地面から生えてくるってヤツだね。

 これをと言うのだが、そのポップが停止、つまり新しいモンスターが出現しなくなっていたらしいのだ。

 なので地震の原因はダンジョンに何か異常があったからではないか?と専門家が今ニュースで話しているところだ。

 症状としてはモンスターの倒し過ぎに似ているので、本部でモンスターが倒され過ぎたことでダンジョンが保有している魔力が欠乏し、今回の地震に至ったと推測している。


「セーフッ!」


 圧倒的無罪。

 いやー、よかったよ。

 一階層でお店出してる人とかもいるしね。

 損害賠償とか言われたらシャレにならん。


「そうとわかればダンジョンに行くか」


 え?

 ダンジョンは閉鎖されてるって?

 実はまだ閉鎖されたままなのは本部ダンジョンだけで、他のダンジョンは朝から営業を再開しているのだ。

 日本には12のダンジョンが存在している。

 特に関東圏には東京、神奈川、埼玉、千葉と4つもあるからね。


「ここから近いのは……、千葉かな?その前に腹ごしらえか」


 昨日もそうだったんだけど、なんか妙にお腹が減るなぁ。

 結局食パンを一斤丸々食べてしまった。





「着いた……。良かった……」


 軽く肩がぶつかっただけで相手が昨日のゴブリンのように消え去る可能性もあるなか、禅の心を保ちつつ、体を小さく丸めて千葉ダンジョンまでやってきた。

 何もなくて本当に良かったよ。

 

(下がっててくれ……、【ステータス】)


Lv:9999


 地下へと続く階段を降りて、さっそくステータスを確認したが変化なし。

 だが、今日は力の加減の練習に来たんだ。


「よし、やるか!」


 あれ?

 何を?

 力加減の練習ってなにをすればいいんだろう?



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