第8話 ★受付嬢の新井さん【新井睦美】その1

SIDE:新井睦美(冒険者協会千葉支部職員)

※主人公以外の三人称視点となります。


「もしもし、千葉の新井です。はい、お疲れ様です。午前中に入場した例の冒険者が戻ったので報告を……」


 新人冒険者を見送ったあと、ダンジョンを出て専用のオフィスに入り本部に電話を掛ける。

 他者に聞かれてはならない話題だからだ。

 私、新井睦美のジョブは【】である。

 戦闘には向かないジョブだが【】スキルを覚えられるので、割とポピュラーなジョブである。

 しかし有名ポピュラーではあるが成り手は少ない。

 理由は【鑑定】を覚えるのに掛かるスキルポイントが膨大で、他のスキルを覚えられなくなるからだ。

 貴重なスキルポイントを大量に非戦闘スキルに割く冒険者はいないので、このジョブ、スキルを持っているのはほとんどが協会の職員だろう。


「はい、そうです。斎藤春道、昨日登録したばかりの新人です」


 一部【鑑定士】には本部より秘密裏に任務が与えられている。

 それはリストに載った冒険者に対する定期的な【鑑定】である。

 ステータスやスキルは個人情報に当たるので、人に向けて【鑑定】を使うのはマナー違反とされている。

 ましてその情報を第三者に漏らすことは明確に禁止事項とされ処罰の対象になる。

 冒険者ならライセンスの剥奪ものの行為だ。

 しかしながら【鑑定】は【感知】や【探知】、あるいは特定のカウンタースキルなど同じスキルでなければ覗き見られていることに気付くことはできない。

 それをいいことに協会では冒険者達のデータを集めているのだ。

 もっとも全ての冒険者という訳では無く、危険なスキルやそれを覚えることの出来るジョブを持つ冒険者だけではあるが……。

 だが本部では新人研修の際に戻ってくる冒険者に【鑑定】を掛けてスキルを調べているらしいので、ほぼ全ての冒険者のデータを持っていると言っても過言ではないかもしれない。

 この斎藤春道も本部がリストに乗せたである。

 ダンジョン入場の際には改札にライセンスを翳す必要があるので誰がどのダンジョンに入ったかはすぐにわかる。

 彼がウチのダンジョンに入ったことがわかったので、千葉で秘密任務を請け負っている私の元に仕事が回ってきたという訳だ。


「はい、【鑑定】は通りませんでした。資料にあった通り、【隠蔽】を所持しているのだと思います。買取に持ちこんだ魔石もゴブリンの物でしたし、まず間違いなく新人です」


 【鑑定】が通らない可能性としては三つ。

 一つはレベルを持っていない一般人。

 そもそも見るステータスが存在していないのだから当然【鑑定】は効かない。

 偶に初心者講習で離れすぎてレベルが上がらないと言うことがあり、そのまま言い出せず講習が終わってしまうということがあるらしい。

 まあゴブリンは弱いので後で自分で倒せばいいだけなのだが……。


「ゴブリンの魔石を持ってきたので、その可能性はないですね。ええ、一人でした」


 本部でも講習から帰ってきた斎藤春道に【鑑定】が通らなかったので、このパターンがあると見ていたようだ。


「ブラフと言う可能性もありますが、話した感じでは何も知らないようでしたし、新人なのは間違いないかと。【隠蔽】のスキルを所持していたのでしょう。名刺を貰ったので、気になるならそちらで経歴を洗ってください。はい、すぐに写真を送ります」


 二つ目の可能性は【隠蔽】または【偽装】等、【鑑定】を欺くスキルを所持していることだ。

 現在日本ではこの【隠蔽】を始め、犯罪に関わるようなスキルを覚えることが出来るを封鎖している。

 覚えているとしたらレベル1の時点で最初から所持している、あるいは海外ので覚えてきた、そのどちらかだ。

 隠しダンジョンとは各国の政府の管理下に置かれていないダンジョンのことである。

 密輸等の可能性があるので、他国のダンジョンに入ることは国際法にて固く禁止されている。

 しかし隠しダンジョンは誰かが隠しているので隠しダンジョンと呼ばれるのだ。

 一部国が秘密裏に運営している場所もあるだろうが、基本的にはマフィアなどの非合法組織が所持していると見て間違いない。

 そんな場所に国際法など通じる訳もなく、金さえ払えば犯罪者御用達のジョブはもちろん、日本の以外のジョブも手に入る訳だ。

 しかしながら先程斎藤春道に色々とを掛けてみたが、ダンジョンに関する知識はほとんど持っていない。

 ネットで聞きかじった程度という典型的な知識に偏っていたので、私は最初から【隠蔽】を所持していたパターンであると見ている。

 見た目もどこにでもいる中年男性と言った感じ、やらかしたとしても精々が痴漢やら覗きくらいのものだろう。

 私にデレデレして鼻の穴を広げてたし……。


「いえ、それはないかと。装備がジャージにバットですよ?レベルが高いならバットは必要ないでしょう。それに高レベルの冒険者はまず雰囲気が違いますよ。私のレベルは30で『』も+10まであります。ありえませんね」


 最後の可能性としては、【鑑定】の使用者より対象者のレベルが高い場合、その場合は【鑑定】が弾かれて、レベル無しの者と同様に何も見えない。

 自分より高レベルの人間、あるいはモンスターの【鑑定】は出来ないのだ。

 私の場合は【鑑定レベル補正+1】【鑑定レベル補正+2】【鑑定レベル補正+3】【鑑定レベル補正+4】と4つ覚えているので、合計で+10、つまりレベル40までの冒険者なら【鑑定】することができる。

 斎藤春道がレベル41以上なら私の【鑑定】を弾くことができるが、その場合はかなりの長期間の海外渡航が必要になる。

 可能性としては0ではないが、それは調べればすぐにわかるだろう。


(まあ、ありえないけどね)


 ちなみにダンジョンは人口に比例して数が決まっていると言われている。

 1千万人に一つ、1千万満たない国でも国なら一つ、バチカンにも一つあるらしい。

 日本人口は1億2千万程。

 それで12個のダンジョンがあるので隠しダンジョンは無いと言える。

 中国は逆に人口14億人に対してダンジョンが120しかないので、隠しダンジョンが20はあることになる。

 しかしながら隠しダンジョンだけでなく無理な実験の結果複数のダンジョンを破壊してしまったとの噂もある。

 もちろん政府が隠してる分もあるだろう。

 

「ええ、20階層までの地図を買ったのでしばらくは千葉にいるようですね」


 【隠蔽】の他に【収納】のようなスキルを持っていた場合はとんでもないことになる。

 日本では禁止されている重火器の仕様、麻薬や金などの密輸はまだいい方で、果ては核兵器で他国のダンジョンを破壊なんて例もある。

 まあそれを防ぐための秘密任務ですけどね。

 しかし地図を買ったと言うことは変な組織の紐がついていると言うこともなさそうだ。

 密輸をさせようと言うのなら地図ぐらい渡すだろう。

 それもブラフの可能性があるけど……。


「え?私がですか?まあ他の人は知らないですからね。ただ他の職員になんて言えば?相手はレベル1の素人ですよ?変な噂を立てられるのはごめんです。え?うまくやれ?ちょっと!あっ……」


 切られた……。

 斎藤春道の専属になって動向を探れ、か……。

 【鑑定】持ちの職員は買取カウンターに座った時にはその買い取り額によってマージンが発生する。

 そして特定の冒険者と双方の合意があれば専属となり、その冒険者からの買取を独占することが出来るのだ。

 このシステムが出来たのは最近のことで、もちろん怪しい冒険者を監視する為という裏があって作られたシステムで、これが実質的な秘密任務の報酬となる。

 しかしながら【鑑定】持ちでも秘密任務のことを知らない職員達はいる。

 いや、寧ろそっちの方が多い。

 過疎支部である千葉では私だけがそうで、これを知っているのは私と後は支部長だけときている。

 普通、専属契約を結ぶのは利益が見込める高位の冒険者だけだろう。

 初心者の、しかもあんなおじさんと専属契約をしたがるなんて何かあると噂されてもしょうがない。


「うぅ……、ついてない……」


 レベル1の冒険者のマージンなんて0みたいなものだ。

 どうせ専属になるなら金の生る木に育ててみる?

 あのおじさんを?

 せめてイケメンだったらなぁ。



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