第3話 二度踏む
「チッ。ジョブもスキルもなしかよ。兄さん達はどうだい?」
ドス男も才能無し、か……。
「俺もですね」
「……私もです」
明らかに落ち込んだ様子の女子高生。
「まあ協会の人も言ってたけど、出る方が珍しいみたいだからね。今上位にいる冒険者達も全員後付けのジョブになってるみたいだし、気にしなくて大丈夫だよ」
ジョブと言うのは各階にある小部屋にいるボスを倒すことで取得できるらしい。
1階層にはないが、ここの2階にも【農民】っていう日本の農業を破壊しかねないヤバ目のジョブがあったりする。
ダンジョン内では地面に物を置いておくと吸収されるので農業はできないけど、この【農民】のスキルで耕した土地ではそれが可能になるのだ。
俺は社則でダンジョンには関わってこなかったけど、こういう元職場に関係のあるジョブやスキルくらいなら知っている。
外回りに行った時に聞くのは、こういうダンジョンの愚痴ばかりだったからね。
今のところダンジョンの土地は国が管理してるから大規模に農業とかは出来ないみたいだが、今後どうなるかはわからないとも言っていたね。
まあモンスターは倒しても無限に湧いてくるらしいし、そううまくはいかないだろうけど……。
「そうそう、奥に行くほどステータスが沢山上がるジョブがあるって言うしな。変に変えられねぇようなレアジョブになるよかマシだって。そういうジョブ持ってる奴は身柄まで狙われるしな。俺のツレもレアスキルが出ちまって上の人らに監禁状態よ。俺はタコ部屋行きを免れてラッキーってところか?」
ドス男も気を使って女子高生を慰める。
所々気になるワードが出たが、案外いい奴なのかもしれない。
見た目のガラは悪いが変に偉ぶってる訳でもないしね。
「そう、ですね。すいません、気を使って頂いて。もう大丈夫ですから」
顔色が悪いのはさっきゴブリンのグロシーンを見たのもあるだろう。
自分で大丈夫と言うならこれ以上は突っ込まないでおこう。
(さて、俺のステータスだが……)
名前:斎藤 春道
ジョブ:なし
Lv:1
HP:10/10
MP:10/10
腕力:1
耐久:1
敏捷:1
魔力:1
スキル:なし
先程から視界の端に出っぱなしのステータス画面に注目する。
もう一度【ステータス】と唱えない限りは消えない仕組みらしい。
しかし名前まで表示されるのか……。
【鑑定】なんてスキルもあるらしいから、ダンジョンでは偽名は使えないだろうね。
これ、何の名前が表示されてるんだ?
戸籍か?
本当の名前は別にあるとか思い込んでる、いわゆる
それに日本じゃいないはずだけど、海外だと二重国籍っていうのもある。
その場合もどうなるのか……。
そもそもダンジョンが見せているステータスなら戸籍というのも変な話だけど、ダンジョンに出てくるジョブは国ごとに違うらしい。
【侍】や【忍者】なんかは、似たようなジョブはあっても日本でしか出ないっていうのは俺でも知っている有名な話だ。
この【忍者】というジョブが日本をダンジョン大国にしているとも聞いたことがある。
そして国が変わればジョブも変わる……。
ダンジョンが地球に現れた直後、ある国のダンジョンのある場所が他国に侵略されたらしいんだけど、しばらくしたらそのダンジョンで得られるジョブが奪った方の国のジョブに入れ替わったってことが実際に起こったらしい。
これはさっき講習で聞いた話だね。
攻められたのは小さな国でダンジョンは一つしかなかったらしい。
しかもそのダンジョンでは【忍者】よろしく特別なジョブが出ていたのだとか。
小さな部族の戦士達と同じ呼び名。
成人して戦士の儀式を終了すれば無敵になれる、そういった逸話があったらしいのだが、そのジョブには言い伝えの通りに無敵になるスキルがあったんだとか。
一説ではそのジョブこそが進行の目的だったと言われる程だが、ダンジョンが切り替わると同時にそのジョブの成り手もいなくなり、今や世界に存在しない伝説のジョブとなっている……。
元々いたその部族の戦士達も地上での戦争に駆り出されて部族ごと消滅しちゃったみたいだしね。
虚しい話だ……、いや、話が逸れたな。
まあダンジョンが国の枠組みを考慮しているなら戸籍も参照する可能性はある、ということだ。
(まあ俺が考えてもしょうがない)
名前にジョブ無し、レベル1、とここまでは良いね。
次はHPか。
これも講習で聞いた話だが、これが0にならない限りは冒険者は死ぬことがないらしい。
例え心臓を貫かれたとしても、HPが0になるまでは回復魔法やポーションで治療可能なんだとか。
流石に頭が吹っ飛んだらすぐにHPが0になるらしいけどね。
回復魔法にポーション……、今ネットで話題になってるヤツだね。
特に上級のポーションは回復魔法より効果が高く、失った部位すら再生してしまうのだとか。
希少だからメチャクチャ高いんだけど、セレブが美容の為に買い占めたり、スポーツ選手が怪我の治療に使ったりする、これが問題なのだ。
事故で手足を失った人達、特に子供にこそ使うべきだって声は少なくない。
でも冒険者にも生活があるからね。
言いたいことはわかるけど、高い方に売りたいっていうのが心情ってものだ。
そのお金で自分に近しい人を救うことだってできる。
見知らぬ貧乏人の子供の未来より、身近な人の幸せ。
人間こんなものである。
まあどっちにしても俺には関係なさそうだね。
希少なアイテムなら運の無い俺の元に転がり込んでくるわけがない。
忘れよう。
いや、忘れるのはダメか。
HPが危険域まで減るとステータス画面の色が赤になるらしいので、そうならないように気を付けましょうとのことだ。
HPは怪我していなければ自然に回復するらしいし、減る前にダンジョンを出る、減っていたら奥に進まない。
これ大事。
(次はMPっと)
マジックポイントなのかマナポイントなのかは知らないけど、これは簡単。
スキルにはMPを消費しないと使えないものが存在する。
そういうスキルを使うためのポイントがこのMPだね。
消費が大きいものほど、それに見合った効果は発揮するとかなんとか。
MPはダンジョン内では自然回復しないのがHPとの大きな違いだろう。
一旦ダンジョンの外に出て回復するまで待つか、これまたMPポーションという高価なアイテムを使うしかないのだとか。
奥に進むにはこのMPの管理が超重要になってくるな。
(そして腕力、耐久、敏捷、魔力か……)
ステータスって言えばコレのことを言うのだろう。
魔力っていうのはよくわからないけど、それぞれの数値が高ければ高いほど対応した身体能力に補正が掛かり、冒険者はモンスターを凌駕する存在となる。
でもそれはダンジョンの中だけのお話。
一応外でも少しだけ効果はあるらしいけど、上位の冒険者でもその身体能力がオリンピック選手並みになるくらいなのだとか。
拳銃で十分対応できる範囲なので、地上世界に影響を与えることはないと言っていいだろう
ダンジョンが現れて数十年たつけど、今のところこのステータスのせいで世界の勢力図が書き換わったと言うことはないはずだ。
まあ偶にダンジョンの所有権を巡ってドンパチはしてるみたいだけど……。
日本では今のところそういうのもないね。
一般人の身近なところでステータスの影響が出てるとしたら精々がスポーツや格闘技で、冒険者がプロになることを禁止されているくらいかな?
ドーピング検査の一環としてダンジョン内で【鑑定】が行われているっていう話を聞く程度の物。
まあ冒険者になってしまった俺もスポーツ選手にはなれないということだ。
(いや、もう33歳だし今更、な……)
ではダンジョン内ではどうかと言うのがこれからの俺にも関係してくる話であろう。
レベルで10でオリンピック選手並み、ジョブによっては余裕で金メダルを取れる身体能力。
レベル20なら超人、すでに人の動きではなく、素手で虎を倒せるレベル。
レベル30の冒険者がその階層クラスのジョブを得た場合、日本の警察官が装備しているような拳銃では痛いくらいにしか感じない。
レベル40までいけば戦力は戦車と同等、耐久に特化したジョブならライフル弾をも通さないんだとか。
レベル50、5人のバランスのいいパーティー構成なら5機の戦闘機以上の戦力となる。
レベル60、現在の人類の到達点。
その冒険者は地球上のあらゆる物質で斬れないものはない、……らしい。
これがステータスによる大体の補正だ。
ちなみにモンスターにもレベルがあってそのレベルは出てくる階層と一緒。
今言った冒険者の強さと同等以上のモンスターが出てくるみたいだね。
つまり10階までは身体能力が高い人なら素の力だけで行けないことはないけど、50階を越えるとモンスターは戦闘機、ということらしい……。
無理じゃね?
(まあ、俺がどこまで行けるのか、その限界が冒険者を本職に選ぶかどうかの分岐点だろう)
20階まで行ければ普通のサラリーマン並みに稼げるらしいけど、対応するレベル20になるまで才能のある奴でも1年……。
さっきすでに、いや、最初から才能がないのはわかってる。
じゃあ向いてないかと言われれば、そうでもないと俺は思っている。
レベルっていうのは下がることはないらしい。
努力が無駄にならない、何かあってもレベルだけは残る。
これは世界一ついていないを自称する俺にとってはありがたい。
(向いていると言うよりは、他の職業よりマシって話だけどね)
レベルというのは歳を取ってもそのままと言うことになる。
歳を取ったら寧ろダンジョンの中にいた方が元気でいられるって話もあるくらいだからね。
今ゴブリンの頭をカチ割ったお爺ちゃんもそれが目的で冒険者ライセンスを取りにきたのだろう。
(うわっ、グロ……)
お爺ちゃんと一緒のグループだった主婦っぽいおばさんが耐えられずに吐いてしまった。
この距離でも気持ち悪いと感じるのに、間近で中身を見ちゃったっぽいからね。
こういうグロ耐性と言うのも冒険者にとっては必要な才能なのだろう。
あのおばさんもまた才能がないと言うことになるかな?
じゃあなんでああ言う見るからにグロ耐性のないおばさんがライセンスを取りに来るのかと言えば、ダンジョン内に出ている冒険者がやっているお店を利用する為だ。
さっき地上から1階層に下りてきた時にチラッと見えたんだけど、入ってすぐの広い空間には大小さまざまなお店が出ていた。
この手のおばさん達の目的はフードコートの屋台、【料理人】のジョブ持ちが営む店だろう。
俺はまだ食べたことはないが、【料理人】がスキルを使って作る料理と言うのは地上で作られる料理とは一線を画すほどらしい。
しかしながらスキルはダンジョンの外では使えない。
武器や防具なんかはともかく、料理は出来立てを食べたいし、出す方も一番おいしい作り立てを出したいと言うことでダンジョン内に店を構えることが多いのだとか。
主婦の仲間内で誰かが食べて自慢をされたから自分も行きたくなった……。
まああのおばさんはそんなところだろうね。
「全員ステータスは見れましたね?では戻りましょう。ダンジョンを出るまでが冒険者の冒険です。ダンジョンでは何が起こるかわかりませんので、決して気は抜かないようにお願いします」
おばさん達が最後のグループだったようで、今から地上に戻るようだ。
しかし気を付けろと言われても何を気を付ければいいものか?
そう思って一歩を踏み出したところで……。
『カチッ』
何かを踏んだ感覚。
「――ッ!?」
ヤバイ、体が……、熱い。
(熱い、熱い、あつい、アツイ……)
なんだこれ……、体が燃えているのか?
指先の感覚がなく、立っているのもやっと……。
すでに目を開けていられないので、本当に燃えているのかどうかはわからない。
声すら上げられず、ただ目を瞑った状況でステータスだけが見えている。
ステータスって目を瞑ってても見えるのか……。
それどころじゃないが、もっとヤバイことがわかる。
白字だったステータスが真っ赤になっている。
危険域……。
このままじゃ死ぬ、そういうことだ。
(今のHPは?俺、もう死ぬのか?ダンジョンになんて来るんじゃなかった。本当に、本当についていない……)
HP:10/99990
残りHP10、もうダメだ……。
ん?10?
変わってないような?
あれ?
ステータスが……。
名前:斎藤 春道
ジョブ:なし
Lv:9999
HP:10/99990
MP:10/99990
腕力:9999
耐久:9999
敏捷:9999
魔力:9999
スキル:なし
「は?」
何が起こった?
HPは元の数字から減ってない。
最大値が上がったのだ。
レベルが上がって?
レベル9999ってなんだ?
体を焼いていたような熱が下がっていくのがわかる。
燃えてはいなかったのか?
恐る恐る目を見開いてみると……。
(大丈夫、か?)
手を見たら指もちゃんと全部あるどころか、皮膚もなんともない。
服も、着ているな。
一体何が……。
(あ……)
安心して強張っていた体から急に力を抜いたせいか、フラッとしてしまう。
倒れないように足をずらして踏ん張ろうとしたところで……。
『カチッ』
またも何かを踏む。
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