第2話 ブラック企業をクビになるのはついていないのか?

 自分は世界一ついていないんじゃないか?

 そう思うことが俺にはよくある。

 そんな訳がないのはわかっている。

 日本に生まれて33年、ここまで生きてこられただけで世界一不幸な訳がない。

 生まれてすぐに命を失う子供もいれば、実の親にって言うニュースですら日本でも珍しくない。

 そういう子供達に比べれば俺なんてとは思いつつも、努力が報われなくなる瞬間に持って行き場のない感情がそう思わせるのだ。

 俺は世界一ついていない……。


斎藤春道さいとうはるみちさん、そういうことなので、来月の末日付けでの退職をお願いします」


 面談とは名ばかりで、一方的な事情説明のみの退職通知を受けた。


「誰でも良かった、という訳ではありません。ただ、管理職としての実績のない方ということで貴方の名前が挙がっただけです」


 最後に何か質問はありますか?と聞かれたので俺が選ばれたリストラの対象に理由を聞いてみた回答だ。

 大学を出てこの会社に入って12年……。

 会社の経営難で残業が制限され給料が下がったので、それならばと渋っていた管理職への昇進を受けたばかりだった。

 そして始まった大規模なリストラ。

 まず手始めに対象になったのは俺のように中間管理職になったばかりの人材……。


(ついていない。本当についていない)


 いつもこうだ。

 いい方に進もうと決断したつもりが、悪い方へと進んで行く。

 最初に自分がついていないと気がついたのはいつだったか?

 やっぱり中学生の頃だろうか?

 あの辺りからおかしいことには気が付いていた。

 席替えのクジ引きがまずそうだな。

 俺の席はいつも一番前で、隣には決まってクラスでも嫌われている女子が座っていた。

 中学時代ずっと片思いだった女の子の隣には、クラスの中心的な不良が座り、やがて二人は付き合いだした……。

 その子、成績が良くてメッチャいい高校に進学したんだけど、すぐに妊娠が発覚してやめたと言う話を風の噂で聞いた……。


(嫌なことを思い出したな)


 中学と言えばいい思い出は一つもない。

 3年間必死に頑張った部活動の野球では公式戦での出番は無し。

 ベンチどころかスタンドが大半だった。

 人よりも努力はしていたつもりだ。

 ただ巡り合わせが悪かった……。

 プロに行くような選手がチームメイトに恵まれずに甲子園に行けないなんて話はよく聞くが、俺の場合はその逆。

 偶々その年代のチームが強すぎて、同じポジションには今現在メジャーリーグで活躍しているような怪物がいたのだ。

 体が大きく、中学生ながらホームランを打つような奴と比べられて、俺の評価は不当に低かった気がする。

 最後の大会は来年のチーム作りとやらで、同じポジションでベンチに入ったのは後輩の2年生……。

 メンバー発表の瞬間、俺の3年間の努力は全て無駄になりただの辛い思い出へと変わった。

 結局チームは全国大会まで行ったが俺はスタンドから応援し続けた。

 何が辛かったって、送り迎えとか必死に頑張ってくれた親に対して申し訳なかった……。


(まあその親も、今じゃすっかりそのメジャーリーガーの大ファンで試合を毎回楽しみしてるからいいんだけどね)


 努力は報われないと言う意味ではこの会社にしてもそうだ。

 嫌な思い出を振り払うように野球をやめて、高校、大学と無い頭を搾って勉強に打ち込んだ。

 当時、食品業界の最大手であったこの会社に入ったまでは良かったんだ。

 努力が実った。

 そう思っていた。

 しかしそうは問屋が卸さないのが俺の運の無さだ。

 入社式が終わり一週間ほどで一代で会社を大きくした創業者が突然死を迎える。

 折悪しく、が市場での販売を許可されていた年だった……。

 後を継いだ創業者の妻はダンジョン産の食品を毛嫌いし、それらを一切扱わないことを宣言。

 寿という、ダンジョン産の魚を使ったお寿司が世界的な大ブームを巻き起こしたこともあり、ダンジョン産の食品は広く一般にも受けいれられた。

 ……そして会社は一気に傾いたのだ。

 それでも最大手の看板と、同じくダンジョン産の食品を毛嫌いする層に支えられて会社は何とか踏みと止まる。

 踏みと止まりはしたが、超ホワイトと言われていた会社は一気に超ブラックへ。


(いや、職務は過酷になって休みも取れなくなったけど、それでも残業代だけはしっかりと払われていたからとは言えないか……)


 この12年で仕入れ先も輸入産よりも安価なダンジョン産食品に押されて相次いで倒産した。

 特に食肉ね。

 ダンジョンでは毎日牛のモンスターが地面から生えてくるらしいので育成にコストが掛からない。

 端から勝負にならないのだ。

 それでも創業者の残した昔ながらのやり方は変えないと言う頑なな二代目。

 最近では残業時間が法規制され、去年にはついに我が社にも労基が入った。

 創業者の妻は退陣、後を継いだ孫には期待していたんだが、外資に頼り、そのアドバイスで今回の大鉈、大規模なリストラに踏み切ったのだ。


「ダメでした。来月いっぱいでクビだそうです」


 課長……、年下の女上司にさっきの面談の報告をする。


「は?私、聞いてないわよ?まずは面談だって……。自分から辞めるって言った訳じゃないわよね?」


「まさか。もう開幕から一方的にやめてくれって言われましたよ」


 今回リストラの対象者を選んでるのも、面談にいたのも外から来た奴だった。

 創業者の一族とは言え、この人も知らされてなかったようだ。


「そう、なの……。何とか出来ないか探ってみる。ダメでもどこか新しい職場を……。とりあえず今日はもう帰ってゆっくり休んでちょうだい。明日時間を取るからゆっくり話しましょ。……ごめんね」


「いえ、課長が謝ることではないですから。では、失礼します」


 何も出来ないことに謝ったのか、創業者の一族として謝ったのか……。

 あの一族とは思えないほどいい人なんだよなぁ。


「先輩、クビってマジっすか?先輩がいなくなったらこの課はおわりっすよ」


 荷物をまとめていると隣の席のデリカシーのない女が話しかけてくる。


「そうだな。課長は創業者一族だから何とかなるかもしれんが、お前は今度こそ缶詰工場行きだ」


 デリカシーのない後輩だが、実は会社のエースたちが集まる営業部にいたこともある優秀な奴だったりする。

 俺はコイツが新人だったころに教育係だった縁がある。

 そんな縁があったので、創業者の妻とやり合って工場勤務になりそうなコイツを課長に頼んで拾ってやったのだ。

 こんな奴でも俺に送られてきた新人の方ではマシな方だったりする。

 初日から来ない奴だとか、俺の顔がセクハラだとか言い出す奴までいたからね。

 思い出したくもない。

 ……ハァ。


「えぇー、そんなことになったら自分も会社辞めるっす!先輩、何か当てはあるっすか?」


「ある訳ねぇだろ!さっき言われたばかりだぞ!」


 そしてコイツにはある疑いがある。

 去年、労基に一報を入れたのはコイツなんじゃないかと俺は疑っているのだ。

 今回のリストラの原因にもなっている。

 悪いのは会社なんだからコイツを恨むのは筋違いだが、助けた鶴に家を燃やされた気分だったりする。

 ……本当、ついてないね。


「でも先輩、ラッキーっすよ。大きい声じゃ言えないっすけど、この会社、もう潰れるっすよ。今なら退職金も出て次の職場のお世話もしてくれるっす。私に感謝して欲しいっす」


 後輩が周囲を窺いながら囁く。

 やっぱりお前か……。





「では、冒険者の新人講習を始めます」


 あれから数日がたった。

 あの日の帰り、会社では禁止されていた寿を思い切って食いにいったのだが、それが信じられないくらいうまかった。

 黄金マグロに、コスモサーモンにロケット雲丹。

 どれも思い出しただけで涎が出でてくる。

 いや、ハンドレッドテンタクルやサウザントオクトパスは少し大味だったな。

 まあそんな訳で人生初のダンジョン寿司に感銘を受けた俺は、退職の日まで有給を使ってダンジョンに挑戦してみることにしたのだ。

 缶詰工場と、失業保険と、冒険者、次の本格的な職場が見つかるまで何をするかの候補には入るかな?と思ってね。

 ちなみに冒険者になること自体を会社に禁止されているが、もう今更だ。

 これ以上クビになるのが早まったりはしないだろう。

 ……退職金が出なくなるか?

 早まった、かな?


「これから皆さんはダンジョンに入ることになるのですが、ゴブリンを倒した後に確認して頂きたいのがです。ステータスは心の中で【ステータス】と呟くことで見ることができますが、ダンジョンの中でしか見ることは出来ません」


 心の中で呟く?

 難しいな。


「す、すてーたす」


 隣からかわいい声が聞こえる。

 意外とこの初心者講習に参加している人は多く、年齢層も様々だ。

 主婦っぽいおばさんもいれば、スーツ姿のサラリーマンからヨボヨボのお爺さん、果ては隣にいるどう見ても未成年の顔立ちをした女の子だ。

 女子高生だろうか?

 冒険者になれる年齢は15歳以上と決められている。

 命を懸ける仕事なのに若すぎる、と思うかもしれないがこれは世界基準で、国連によって15歳以上と定められたのだ。

 諸外国、特に発展途上国では食い扶持を稼ぐために10歳にも満たない子供がダンジョンに入ることが普通だったりした時期もあった。

 当初、国連としては18歳以上としたかったらしいのだが、それでは逆に仕事の無い子供達には遅ぎるということで15歳になったのだとか。

 仕事が無いと犯罪に手を染めるしかなくなる、という環境も少なくないからね。

 あ、目が合った。

 恥ずかしかったのか、赤くなってる。


(あれ?この子、どこかで見た気が……)


 幼さの残る顔立ちだけど結構な美人さんだし、芸能人かな?

 思い出せない。

 最近テレビとかあんまり見れてなかったしなぁ。


「では番号の近い順に3人一組になっていただきます」


 【ステータス】を得るためにはレベルが1にならないといけないのだが、ゴブリンを倒して得られる経験値は4分割してちょうどレベル無しからレベル1になる値らしい。

 そこで安全の為に冒険者協会の職員がついて、3人ずつレベルを上げてくれるらしい。

 冒険者協会、と言うのはダンジョンに潜る人を管理する公益社団法人で、協会とか公社とか呼ばれている。

 冒険者のライセンス発行だけでなく、モンスターの体内から得られるなどの買取をしてくれる、国直轄の組織である。

 ここに登録してライセンスを得ないと日本のダンジョンには入ることはできないのだ。


「ウィー、よろしくー。あ、君カワイイね。そっちのお兄さんは脱サラ?」


 俺と組になったのは隣の席の女子高生と、前に座っていたスーツを着崩した男だ。

 チャラ男っぽいがホストって感じではない。

 もう少しガラの悪い感じだ。

 近寄りたくないタイプだね。


「ダンジョンに入る際は、必ずこの改札にライセンスを翳してください。出入りの記録を取っていますので、今誰がダンジョンに入っているか、誰が戻って来ていないかがわかるようになっています」


 挨拶もそこそこにダンジョンに移動する。

 冒険者協会の1階ロビーにある改札を抜け、地下へと続く階段を下りていく。

 ダンジョンには地下なのに空がある、なんて聞いていたが、1階だけはどこも洞窟みたいな形状をしているらしい。


(ダンジョンは下りていく方式みたいだから、1階っていうのは地下1階って意味だろうな)


 その1階の洞窟だが、通路も広く、天井も意外と高い。

 1階だけは整備されているらしく、電灯もついていて明るい。

 この広さなら長柄の武器を振り回しても大丈夫そうだね。

 って、あっ!

 俺、今日はこの後に武器を買おうと思ってたから何も持ってきてないんだが?


「さっそくゴブリンですね。職員が相手をしてもいいですが、実際に戦ってみたい方がいらっしゃれば……」


 しばらく進んだところで、緑の肌をした子供くらいの生き物が現れる。

 大きく裂けた口に尖った耳、2本足で歩いてはいるが人間ではないのがすぐにわかる。


「はいはーい。やりたいでーす」


 チャラ男が手を上げる。

 3人の内、誰かが倒せばレベルが上がる。

 ここは任せよう。


「では最初はそこのグループで。同じ組の人は離れすぎないようにして下さい。武器はありますか?」


「大丈夫だ、コレがある。行くぜ!ドリャー!」


 そういったチャラ男が懐から取り出したのはってやつでは?

 カタギじゃないのか?

 いや、書類審査があって犯罪歴があったりするとライセンスは取得できないはずだよね?

 職員さんが苦笑いをしているウチにチャラ男が腰だめにしたドスをゴブリンに突き刺す。


「ヒッ」


 噴き出す青い血に女子高生が小さく悲鳴を上げた。

 いや、彼女だけではない。

 後ろに控えていた新人冒険者達はみな青い顔をしている。

 思ったよりもグロイね。

 それに匂い……。

 俺も吐きそうだ。


「ステータスの確認をお願いします。出なければもう一度やる必要があるので、必ず教えてくださいね。あ、余裕があったら魔石も取り出してみてください」


 ダンジョン内では地面に物を置いておくと、近くに人がいないと15分ほどでダンジョンに吸収されてしまう。

 なので魔石など必要な素材を頂いたらモンスターの死骸は通路の脇にでも寄せておけば、あとはダンジョンが綺麗にしてくれるらしい。

 まあそれはチャラ男に任せるとして……。


(【ステータス】)


名前:斎藤 春道

ジョブ:なし

Lv:1

HP:10

MP:10

腕力:1

耐久:1

敏捷:1

魔力:1

スキル:なし


 これがステータスか……。

 さっき聞いた説明によれば、初めからジョブだったりスキルだったりを持っている才能のある冒険者っていうのがいるらしい。

 俺の場合は両方がになっている。

 つまり才能もなしってことが発覚したのか。

 いや、わかってたけどね。

 大半の人はないから気にしなくていいとは言ってたけど、結果を見て落ち込むなと言う方が無理だろう。

 まったく、ついてないね……。



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