第17話 隔離

痛覚。病室。花畑。彼女。思い出。走馬灯。


自分は今どこに居るのだろうか。


何も感じられない。自分が存在していないような気がする。


病室。そんな気がする。


目を開ける。真っ白な部屋。真っ白なベッド。管に繋がれた体。一定のリズムを刻む機械。


あぁ。やっぱり病室だった。


何故私はこんなところに?


交通事故。いや、自殺未遂。


そんな気がした。ナイフで、自分を。


「——ちゃん」


誰かに呼ばれた気がした。


病室の外からだろうか?


窓は……ない。ドアもない。


じゃあ、ここは病室じゃなかったのか。


景色が変わる。花畑。一面に咲き誇る白百合。


私を呼ぶ声は向こうからしたのだろうか。


花畑を進む。


「——イちゃん」


私を呼ぶ声が響く。


何故響いている?花畑に響くものなんてない。


景色が変わる。真っ暗な部屋。


どこを見ても真っ暗なまま。何も触れない。自分の体にすら触れられない。


「——ネイちゃん!」


目覚める。


「ネイちゃん!大丈夫!?」


「……ここは……?貴女は……?」


「今からネイちゃんの脳に情報を送るから、ちょっと耐えてね。」


「何を言って——ッ!?」


電撃が走った。そんな様な痛み。


突如として溢れ出す記憶。確実に存在した、全ての記憶。


私はネイ。ネイ・クローウェル。彼女はエルトリア。ここは隔離反射内で、自由で……。


「……ネイちゃん。時間がないから手短に話すね。ここは自由で素敵な場所なんかじゃない。地獄の牢獄。夢を求めすぎた罪人の行き着く先。」


「な、どういうこと……?」


「ここはどこよりも不安定。一切の論理性がなくって……待って。ネイちゃん。現実から目を背けないでね。ここは全て思い通りになっちゃう。思ったことがそのままになる。何かを否定すればそれが真実になる。」


「……少し……少し落ち着かせて。」


私は、私は間違っていたらしい。詳細を聞かなくても分かる。ここはおかしい。


楽園なんかじゃなかった。きっと私は全てを間違えていた。


自殺して、脳内の世界に入れば思い通りの自由な世界になる。それは間違いだった。


さっきから景色がずっと変化していく。


家。学校。川。海。空。地面。恒星。森。


自分が何処にいるのかわからない。そして、これを制御することも出来ない。


さっきからなんの感覚もしない。


自分は焦っている。困惑している。そのはずなのに、それは情報として扱われて自分に降りかかることがない。


エルトリアの顔がよく見えない。私が見たくないからなのか、元から見えていないのか。


見える。そう思った。そうすれば見えた。


エルトリアの、怒っている様な、悲しんでいる様な、諦めた様な。そんな表情が見えた。


「まずは深呼吸して。深呼吸したら落ち着く。そう思って。そして、今ここはいつもの部屋。いつものベッド。最近整理したばかりの床。」


あぁ。そんな気がした。直感がそう言った。そして、実際にそうなった。ここはいつもの部屋だった。私はベッドに座っていて、向かい合う様にエルトリアが椅子に座っている。


「ここは思った物が全て真実になる。気をつけて。もし少しでも油断したら、脳の論理反射が勝手にこの世界に論理性をもたらす。そうなったら、もうここが隔離反射だと認識出来ない。」


「じゃ、じゃあ!今すぐ自殺して、それを繰り返して、隔離反射から出れば!」


「……今回、私は偶然ここが隔離反射だって気づけて、記憶の引き継ぎが出来た。でも、次もまた出来る確証はないよ。」


「それに……今回は偶然反射の記憶があった。きっと無意識下で自分に欠損はないと思っていたから。でも次は駄目かもしれない。」


「そんな……!」


「……それでも、僅かな希望に賭けてみる?それとも……二人で一緒にこの隔離反射に論理性をもたせて、その世界で暮らす?」


「その世界で暮らすと……どうなるの?」


「わからない。私とネイちゃんの二人だけで群反射を構成することになるから。でも……きっと良い世界にはならないよ。」


「……私は、僅かな希望に託したい。」


「ふふっ、そう言うと思った。」


「ネイちゃん。ここは思った通りに事が進むの。次も記憶を引き継げる。次も……そのまた次も。そう祈って、自殺して。それで……きっと行ける。」


「……私は運命を信じる。絶対にトリアと結ばれる。そう信じてる。だから……貴女もそう信じていて。」


「……うん。約束するよ。」


「……トリア。ごめんね。」


ネイはナイフを手に持ってると想像して、実際にその通りになった。


そのナイフを自分に刺すと死ぬ。そう想像して、実際にその通りになった。


「……謝るのは私の方だよ。」


しかし、トリアがネイと一緒に次の隔離反射に行くことはなかった。


「私が反射の記憶を消さなかったら、こんなことにはなってなかったんだろうな。」


独り言をする。


「ネイちゃん。隔離反射内で自殺するってのはね……脳内の下降なの。自分の脳の中をどこまでも、どこまでも深く降りていくの。」


「もし底に辿り着けたら、また群反射に戻れる。」


「でも……隔離反射から出られるのって、一人だけなんだよ。二人分の脳を降りるのは不可能だから。」


「脳が二つあったら、世界が出来ちゃう。その世界は、無限に広がる。だから、無限に底に辿り着けない。」


「ネイちゃん。君は群反射に戻ってよ。君は何も悪いことをしなかった。だけど……私はいっぱいしちゃった。」


「反射の力を悪用して、望みすぎちゃった。」


「偶然出来た、甘い時間を、永遠に過ごしたかった。」


「これはその罰。私は二度とネイちゃんと関われない。」


「私は……一人でこの世界に残るよ。そうしたら……私とネイちゃんの共有は自動で切れる。そしたらネイちゃんは群反射に帰れる。」


「……ごめんね。ネイちゃん。…………ごめんね。」


ネイは涙を流しながら、必死にこれから自分が作る世界を想像した。


本当は、二人で世界を作っても幸せになれた。


脳は自動で論理性を作り出す。例え二人分であろうと、立派な世界を作り出す。


前までとは違った世界になっていただろう。


魔法がない世界かもしれない。魔物で溢れかえった世界かもしれない。戦争が絶えない世界かもしれない。


だけど、ネイとトリアなら、どんな世界でも暮らしていけただろう。


それでも、トリアはネイと決別することを選んだ。


二人だけで暮らすのは、本当の幸せじゃない。隔離反射内に幸せはない。


「……もしかしたら、今までの世界も全部隔離反射の中だったのかもね。もしかしたら……昔の私達がまた同じような失敗をして、何度も何度も自殺して、その果てに、群反射に戻れたのがさっきの世界だったのかもね。」


「ふふっ、そうだとしたら……報われないなぁ。もし群反射に戻れても、結局私達はこうなる運命だったんだね。反射に、そう決定させられてたんだね。」


「……次は、そうだなぁ。もう……反射なんてない、魔法もない、そんな世界が良いな。あとは……ふふっ、こんな事してもなんの慰めにもならないのにな。」


ふと気づいた。


この世界は全てネイの脳内にあったということに。


実際に世界を作る側になって、ようやくわかった。


「……そっか。ネイちゃんもこんな気持ちだったんだね。」





地球 日本 東京


「寧さんってかっこ良いよね〜!同性なのに惚れちゃいそう!」


「分かる!なんなら告白したい!」


「え〜莉亜ちゃんならいけるんじゃない?一回行ってみなよ!!」


「いやいやハードル高いって!」


「寧さん告白され慣れてるんだから行けるでしょ!どうせ気にしないって!」


「そうかなぁ……」


「絶対行ける!告白してみ?」


「う〜ん……わかった!チャレンジしてみるよ!」


「マジ!?どこでやる!?」


「無難に屋上とか?」


「お〜!めっちゃ良いじゃん!!え、こっそり覗いちゃお!」


「ちょ、ちょっと!恥ずかしいよ!!」


今、自分は満たされている。


告白に成功しようがしまいが、この楽しい日々が失われることはないだろう。


その筈なのに、どこか悲しくて仕方がなかった。


この日々が失うのが怖いのではなく、もう何かを失ってしまった様な気がしていた。


もし寧さんと付き合えたら、少しはこの心の痛みも落ち着くだろうか。


今は、それだけが救いだった。





Cエルトリア 完

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