第16話 爆散

「ねぇ、エルトリア。私達……もう完全に共有しているのよね?」


一応の確認の為、ネイは口を開いて尋ねる。


『うん。そうだよ。』そう言われているような感覚が訪れる。あぁ。もうお互いのことが分かるのだ。


『提案があるの。』そう念じる。それだけでトリアには伝わるのだ。


『どうしたの?』


『もっと良い世界に行きましょう。ここよりも自由で、広大な。』


「もっと良い世界?」


トリアが思わず口を開いて尋ねる。


「えぇ。この世界は何かと不便じゃない。もっと良い世界があるって、わかったの。」


「……そこに行く方法は看過出来ないんだけど。」


あぁ。隔離反射に行くには自殺が必要だ。でも、そこに行けば自由になれるの。そう思考する。


「ダメだよ。了承出来ない。」


トリアが口でも心でも同じことを言う。


こうなるとは思っていた。しかし、行かなければならない。私がこの世界に飽きてしまう前に。


自分が一番分かっているのだ。自分の飽きっぽい性格に。真新しいことが起きなければ、すぐに飽きてしまうということに。


「……私が居る。それだけじゃダメなの?」


もっと上を知ってしまったんだ。それなのに、ここでのんびりすることは私が許してくれないの。


『わからない』そんな感情が伝わってくる。


自分でもおかしいと思う。どこか病的だ。正気の沙汰ではない。


だけど、そうであろうと。


「……そこに行けば、もっと幸せになれるの?」


「えぇ。」


「嘘だったら……許さないから。」


トリアがそう言うと共に、『良いよ』という気持ちが伝わってくる。


ありがとう。こんな私の我儘に付き合ってくれて。


約束しよう。今より絶対に幸せにしてみせると。


トリアが一瞬感じてすぐに隠した、『嫌な予感がする』という直感には見て見ぬふりをした。





『ふふっ、ネイちゃん。もう思考まで共有されるようになったね。』


あの忌々しい存在が自分の脳まで蝕んできたのを感じる。


もうどれだけ罵倒しようと、彼女は一切気に介さないのだろう。目標がついに達成されたのだから。


『私のやりたいことはもう分かってるのよね?』


一応、確認しておく。


『分かってるよ。全部ね。』そう返ってくる。そうだろう。もう既に自分の思考は読まれているし、何より相手は反射のエキスパートなのだから。


ここからは、戦い。私がこのナイフで自分を刺すのが先か、それをエルトリアが止めるのが先か。


「一応忠告しておくけど……ネイちゃん。君の選択は未来に後悔しか残さないよ。」


戯言だ。気にする必要もない。


私はただ、タイミングを推し量るのみ。


「まぁまぁ、少しお話しようよ。お互い無言だったら……隙も生まれないんじゃない?」


……一理ある。しかし、それで相手のペースに飲まれてしまっては本末転倒だ。


それに……今なら隙なんていくらでも作る方法はある。センシティブなことを想像するだけでも気を逸らすことは可能だろう。


「せっかくだし……このままえっちしちゃう?とってもおっきい隙を作れちゃうかもしれないよ?それに……きっとネイちゃんもとっても気持ち良いし。」


もうあの契約を律儀に守ってやる必要は無い。


エルトリアが私に何かをしようとすれば、今なら全て分かる。


もう、こいつの言う事は聞かなくて良いのだ。


「中々心開いてくれないなぁ……。あのとき、ネイちゃんとってもがっついてたのに。」


あぁそうだ。一度やってしまったら私は戻れなくなってしまう。だからここで決めなければならない。


私がこいつのことを好きになってしまう前に。


「ふふっ、だから強がってこいつなんて呼び方してるんだね。か〜わいい!」


……本当に癪に障る。今すぐにでも刺し殺してやりたい。


エルトリアの思考は読めている。このまま時間を稼いで、私に隙が出来るのを待っている。


隙を作らない。それに集中する。


エルトリアも過激な行動には出られないだろう。それをしたら、私が自分を刺すのだから。


「一回自分のこと刺そうとしてみたら?私、止めないかもしれないよ。」


そんなことある訳ないだろう。今、こいつは私のことを一方的に握れているのだ。そんな環境を手放す訳がない。


「そう。私は今ネイちゃんの全てを握っている。ネイちゃんは私の世界に居るんだからね。なのに、私はネイちゃんにその力を使ってない。」


悪趣味なだけだろう。私を泳がせて楽しんでいる。ただそれだけだ。


「ふふっ、ネイちゃんったらかわいいからついつい遊びたくなっちゃうんだ。まぁでも……そろそろかな?」


エルトリアから、『覚悟を決めた』というような思いが伝わってくる。


一体何をするつもりなのだろうか。いつでも自分を刺せるように準備する。


『ヒント 魔法』一体何を言っているのだろうか。魔法?何を伝えたい。


トリアは自分の頭に手を添えた。


「隔離反射を望んでいるのは君だけじゃないんだよ。」


そう言い残して、エルトリアの頭部は爆散した。


「……ぇ。」


小さく息を零して、目を見開く。


完全に、爆散した。血液と、骨片と、一体なんなのか考えたくもないものが飛び散っている。


一体、何が。何故。


隔離反射に行くから意識が飛びそうなのか、ショックで意識が飛びそうなのか。


ただはっきりとしているのは、強烈な吐き気と、異様なまでの喉の乾きと、これから私はろくな目に合わないということだけだった。


溶暗。

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