第14話 同衾

反射の未来を無くす。勿論、独反射の。


その為に必要なのは……死。


ただの死では駄目だ。より急速な、より正確な、より世界を味方にするような。


反射とはそもそもなんなのか。それは世界。私達を、世界を形成する。


一度自殺をしてみれば?脳内に残留した反射が再び独反射を形成し未来を無くすことは叶わない。


例えば、その世界でもう一度死ねば。


脳内に残留した反射内の私は反射の中に存在している。


そこで再び死ぬということは、反射を消すこと。


二度の自殺。それが必要。


どうすればその後の世界にエルトリアを巻き込める?


……世界の未来は反射に紐づけられている。


今の反射を見れば、未来が分かる。


……私がエルトリアと接続されているとき、その未来もエルトリアと接続されている。


接続されたとき私が自殺をすれば。その後もう一度接続されたまま死ねば。私はエルトリアと共に論理の破綻した世界へ行ける。


群反射から断絶された独反射……隔離された世界。隔離反射に。


「んっ……ネイちゃん……もっと私のこと見てよ……」


エルトリアは私に覆いかぶさり、私の腕を掴みながら彼女のそれを私の下腹部に擦りつける。


私という玩具を使った自慰行為でしかない。そんなことをして満足なのだろうか。


大層満足そうに、それでいてどこか物足りなさそうに、私の顔を見下ろしながら腰を揺らしている。


……私が気にすることではない。また思考に脳を戻す。


隔離反射からの脱出とはどうすれば良いのか。


再び群反射の元へ戻る……その方法とは。


……それもまた、自殺。


自殺を繰り返すことで反射のリセットを何度も行う。


反射を消していくことで、反射全体のリセットが起きる。


それの繰り返しを、膨大に、何回も。


どれほどの確率で戻れるのか。それを気にする必要は無い。戻れるまで行えば良いのだ。


……自殺をする度に、恐らく反射の記憶は失う。自殺をして消える反射とは自分自身の記憶と思考なのだ。


……待てよ?今、この世界が二回目である可能性は?


この世界は既に一度死んだ後。再びの接続を待っている世界。


……どっちにしろ変わらない。隔離反射に至った私がやることだ。今の私がやることではない。


……この世界が隔離反射である可能性は?


……ないだろう。私とエルトリアは対等にない。私はエルトリア内の世界に存在する。


隔離反射内では対等である筈だ。


……整理しよう。


隔離反射に行く為には、二度自殺する必要がある。


一度目は、脳内に残留した反射内に行く為。


二度目は、その残留した反射内で反射に働きかける為。


今この世界が脳内に残留した反射内の可能性もある。脳内に残留した反射も、見かけ上は元の世界と同じ振る舞いをするから。


自殺をした後、その次の世界で自分は記憶を失う。


前の世界の記憶は引き継げない。それがルールだから。


隔離反射にエルトリアを巻き込むには。


エルトリアと反射を共有した状態で自殺をすれば良い。


私の反射が消えるというのは、エルトリアの反射が消えることに等しいから。


隔離反射内では私とエルトリアは対等になる。


隔離反射には一切の論理性がない。世界はない。上も下もない。そこにあるのは膨大な自分自身の反射のみ。


そこなら、エルトリアを殺せる。世界の所有権を奪い返せる。


その後どうやって元の世界へ帰るか。


再び、自殺をすれば良い。


自殺をして、反射のリセットを繰り返す。


隔離反射内で、何度も何度も。記憶を失った状態で、再び自殺に辿り着き、何度も。


いつか奇跡的な確率で、群反射から漏れ出た反射に接続する可能性がある。そこから群反射に戻れる。


今、この世界が一度目か二度目か。それは関係ない。ここで自殺をするのが私の役目。その後隔離反射に迷い込んだ私が、論理性の無い世界に迷い込んだ私が、エルトリアを殺すのを待つだけ。


「あんっ……ネイちゃん……私っ、もうっ……」


腰を激しく揺らしながら私に語りかける。


思考の邪魔でしかない。


再びエルトリアとの共有が戻るのは恐らく二週間後。間に合う。


あとは自殺方法を、手段を考えるだけだ。


緩やかな死ではいけない。反射を急速に途絶えさせることが条件だ。


飛び降り。心臓を一突き。強力な毒。爆発。圧死。


現実的なのは飛び降りか心臓を一突きするかだろうか。


他は必要なものを調達出来ない。


「はぁ……はぁ……ネイちゃん……好き……好き……」


水音が激しくなる。下腹部への摩擦が激しくなる。私の腕を掴む力が強くなり、ベッドは軋む。


概ね思考はまとまった。あとはその時を待ちながら思考にミスがないか確認するのみ。


思考に余裕ができ、ふとエルトリアを見やる。


余裕のなさそうな顔をしているエルトリアと目が合う。


「ネイ……ちゃん……はぁ……はぁ……私……あっ……」


甲高い嬌声と息切れ。顔から滴る汗が私の額に落ちる。


私は何を思ったのだろうか。彼女の頬に手を当て、上体を起こし、キスをした。


後に殺す女にキスをするとは。我ながらどうにかしている。


キスをされたエルトリアは驚いた様に目を見開き、かと思えば瞼を閉じて、激しく貪る様により一層腰を激しくした。


水音とリップ音が乱れる。まともに落ち着いてキスをする余裕もないのか、三秒キスをしては離れ。少し息を吸って、また三秒キスをして。


深くベッドに体を凭れ、エルトリアにされるがままになる。


「んっ……はぁ……んちゅっ……ネイちゃん……あぁっ……んっ……」


甘える猫の様に、求愛する鳥の様に、甘い嬌声を出しながら啄む様にキスをする。


この快楽をまだ手放したくないのか、エルトリアは素早く擦り付けていた腰を、ゆっくり深く押し込む様にしている。


ふと思う。もしお互いの感覚が共有されている状態で行えば、どれほど気持ち良いのか。


一時の快楽に計画を歪ませるのは有り得ない。そう自らを押さえ付けながらも、興味がそれを上回ろうとする。


「ネイちゃん……んっ……私……もうっ……」


深く押し込む様にしていた腰をまた激しく擦り付ける。


ようやく快楽を手放す観念をしたのだろう。


「ネイちゃんっ…………好きっ…………好きっ…………!」


身体を悶えさせながら、エルトリアが頽れてくる。


私に覆いかぶさりながら、深く呼吸をする。


鼓動を感じる。エルトリアが息を吸う度に、胸と胸がキスをする。


「はぁ…………はぁ…………」


深い呼吸と共に、生暖かい湿気を感じる。


甘い雌の匂いが充満する。彼女の長い髪を撫で下ろしながら私は言う。


「私は貴女を殺す。その日を……楽しみにしておいてね。」


彼女はビクンと身体を震わせ、その後また、深い呼吸に戻る。


「はぁ…………はぁ…………」


静かな部屋に、水滴の滴る音と彼女の呼吸音のみが響く。


まったく。下腹部がびしょ濡れだ。


エルトリアを軽く抱きしめながら、彼女と共に瞼を下ろした。


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