3 恋敵なんて柄じゃない
木の枝を突きつけられた時、善には何が起きているかわからなかった。
当然だ。善に殺される謂れはないし、村民との関わりが薄いせいで誰かの恨みを買ったとも考えづらい。
つまり――
「人違い?」
「んなわけねえだろ!」
「ですよねー……」
わざわざ「昨日村に来た旅人か?」なんて聞いたあとの殺害予告だ。
昨日は善以外に誰も来なかったようだし、人違いの可能性は限りなく低い。というかない。
善としては、この場は穏便に済ませたいものなのだが――
「一つ聞くんだけど、なんで俺を殺そうとしてるの?」
「殺すわけねえだろ!犯罪だぞ!」
「これ俺が悪いの……?」
あんまりな言い分に善がドン引きしていると、その態度が気に食わなかったのか、少年は覇気のない目をさらに細めて詰め寄った。
「お前、フーミアの家に泊まったろ!」
「……え?……ん?……ああ〜」
困惑、思案、そして理解。
つまるところ、彼は――
「フーミアさんの、恋人か何か?」
「ばっ、はっ、違えよ!俺はただの友達で、いや、でもそう見えるってことか……?――へへ」
「情緒どうなってんの……?」
「やっぱお前失礼すぎないか?」
少年のツッコミを無視し、善は彼の正体をなんとなく理解した。
恐らく彼はフーミアのことが好きなのだ。友達ではあるようだが、それ以上の関係になれずドギマギしているのだろう。
だからフーミアの家に泊まった善が許せなくなり、嫉妬したと。
あの様子だとフーミアは色恋に縁が無さそうな性格をしていると思うので、片思いだろうか。
そもそも両想いだったら――というより、基本的には女性が見知らぬ男を家には泊めないだろうし、この少年は随分難易度が高そうな人を選んだものだ。
「立派なんだなあ……」
「褒められてるはずなのに嬉しくないんだが?」
「ノーコメントで」
ジト目の少年から目を逸らし、できてない口笛を吹いてみるが、効果はない。
「……ところで、さっき君は何をしてたんだ?」
「話を逸らすな」
「何してたんだ?」
「この野郎……」
これ以上聞き出すことはできないと諦めたのか、少年はため息をつくと気まずそうに視線を落とした。
善もそれを追って下を見ると、そこには、
「――絵?」
土の上に、とんでもなく高クオリティの絵が描いてあった。
女性の絵のようで、ファッションショーでよく見るターンのように回っているのは――フーミアだった。
少年はさっきまで、この回るフーミアの絵を描いていたのだろうか。だとしたら……
「……ここまで行くといっそ清々しいな」
「言っとくけど俺は変態じゃねえからな?」
「語るに落ちてるぞ」
善は何も言ってないのだが、少年が勝手に自爆してくれた。
変態じゃないと否定したのは、今までそう言われたことがあったからなのか。それを聞き出すのは、彼の精神衛生上良くない気がするので、善はこれ以上踏み込まないよう気をつけながら、
「にしても上手いなこれ。これで金稼げば、少しは贅沢ができるんじゃないの?」
「金稼ぐってどうやってだよ。絵なんて金になるようなもんでもないし」
「芸術って考えれば価値はあるぞ」
「そんないいものじゃねえよ、これは」
どうやら、彼はこの絵の需要がわかっていないようだった。
地球、というか日本では、イラストレーターという職業がある。
善はその存在程度しか知らないが、確か絵画のような芸術の側面を全面に出したものとは違い、大体はデフォルメされた人物の絵を主としたものだったはずだ。
そこでは、どれだけ人物を魅力的に描けるかで価値が変わる。極論、女性を描いてそれが可愛ければそれ相応に価値が付く。
それだけで生活できるかと言われれば首を捻ってしまうが、それでも価値が出る以上売ることができるのも事実。
その上で、善はこの絵を上手いと感じた。素人目でも、これが簡単に描けるようなものではないと理解したのだ。
それに、実際のモデルを見た善が一目でこれがフーミアだとわかるのだから、その画力はもはや疑うまでもない。
「でも、多分こういうのも需要はあると思うぞ?この世界でイラストレーターって職業があるのかは知らないけど」
「俺は風景画とかは描けねえぞ?」
「人が描ければ十分だろ。欲しがる人は絶対にいる」
「本当か……?」
少年はまだ懐疑的なようだが、善は素直な感想を述べただけだ。
「本当だよ。お前の――あ、そういえば名前聞いてなかった」
「……そうだな」
今更な気がしなくもないが、善は少年の名前を聞こうとして――
「ユーベ?善さん?ふたりとも、何してるんですか?」
聞き慣れた、第三者の声がした。
あまりに突然の出来事に、善と少年――ユーベは少し固まって……
「あれ?なんか地面に絵が……私?」
「見ないでえええぇえ!」
情けない絶叫が、再度響き渡った。
*********
「殺してくれ……」
フーミアの畑に戻ったあと、ユーベはいじけたような様子になり体育座りで膝に顔を埋めていた。
その姿があまりに哀れすぎて、善もどう言葉をかけるべきか迷ってしまっている。
想い人の絵を描いていたのを、その本人に見られたのだ。心中お察ししますと言わざるを得ない。
それに――
「ユーベって、あんなに上手く絵が描けるんですね!もっと他の絵も見せてほしいんですけど……」
「ううううぅぅぅぅぅ……」
「フーミアさん、その辺でやめとかないと彼が恥ずか死しちゃうからそっとしておいてあげてください……」
本人からの自覚なき追撃。無邪気で純粋な彼女の視線はさぞ痛かろう。
善は絵が上手いわけではないが、一時期狂ったようにハマって描いていた時期がある。その時好きなアニメキャラの絵を描きまくっていたせいで、親にバレた時一週間は立ち直れなかった。
今の彼は同じか、それ以上のダメージを負っている。こうなるのも仕方ない……というより、こうしないと体がもたない。
「あ、日が落ちてきましたね」
「ホントですね。そろそろ戻らないと」
「……お前、またフーミアの家に泊まるのか?」
「まあ、それ以外に泊まれる場所ないし――あ」
不意に言われて、つい反応してしまった。言った瞬間にまずいと感じたが、時すでに遅し。
この言葉は、今の彼にとって劇毒以外のなにものでもない。
善は、言葉を尽くしてどうにか取り繕おうとしたが……
「あの、ちが――」
「うわぁああっ!!」
三度目の絶叫に、その言葉はかき消された。
結局、ユーベが泣き止むまで三十分はかかっただろう。
錯乱したユーベが善に襲いかかったりしてきたお陰で随分と手を焼いたが、今は意気消沈してしまっている。
彼が自身の醜態に気づいたのもそうだが、やはりトドメはフーミアの一言だ。
『ユーベ、なんだか少し……情けないです』
善からしてみれば今更感のすごい発言ではあるが、その発言で正気に戻ったのか赤面し、すっかり拗ねてしまった。
一度冷静になってからは早かった。
フーミアの一生懸命な励ましが功を奏したか、泣き止んだユーベはよろよろと立ち上がって、涙面と鼻声、情けなさで言えば誰よりも上の状態でも、確固たる意志を持って善を睨むと、
「負けないからな!」
と宣戦布告してきた。
正直フーミアのことを恋愛対象としては見ていない善にとっては無意味なものでしかないのだが、果てしないやる気を漲らせて言い切った彼の勇気の手前、勝負を受けないのは憚られる。
よって――
「ああ、俺も勝つつもりはないからな!」
「お前、ふざけてんのか!?」
結果が見えきったこの出来レースを、善は最後まで走り切ろうと決意したのだった。
*********
善とフーミアは、家に入ってから夕食を取っていた。
「すみません。ユーベがあんな……」
「気にしないでください。彼の気持ちも、少しはわかりますし。謝ってくれたのなら、それで許します」
「ありがとうございます……」
今夜の夕食は善が作っている。
初日はフーミアが作ってくれたのだが、フーミアに任せっきりになるのは気に食わないので、善が作ることになった。幸い、一人で食事を摂ることが多かった善は料理は得意分野だ。
フーミアは煮物のイモを口に含むと、驚いたように目を見開いて勢いよく顔を上げた。
「おいしいです。善さん、料理得意なんですね」
「ありがとうございます。自炊することが多かったですからね」
「旅、してますからね……」
フーミアたちの認識として、善は完全に『この村に立ち寄った旅人』となっている。
なんだか騙しているような気分になってしまうが、自分が異世界出身だと言われても理解できないだろう。
善は、このまま生き続けることができればそれでいいのだ。必要がないのなら、わざわざ言うこともないだろう。
「――善さんは、『城郭』に行かないんですか?」
不意に、フーミアが言った。
「今日も、この村にいましたし……正直、私は畑の手伝いのあと、すぐに出発すると思ってたんです。だから、せめて見送りはしたくて探してたんですけど……まさか、ユーベと仲良くなってたなんて思いませんでした」
「仲良く……?」
「ここはいつ滅ぶかわかりません。ここにいるよりも、『城郭』に住むほうが遥かに安全です!だから――」
「僕の意思は変わりませんよ」
そう言うと、フーミアは先程のように目を見開いた。しかし、その瞳に浮かぶ感情は直前とはまるで違う。
フーミアは善が『城郭』に移ると思っていたようだが、善としては今のところ不自由なく生活できているのにわざわざ移る理由もない。
それに現状一文無しの彼が『城郭』に行っても、ディエスが言っていたように奴隷になるか殺されるかしかない。その点、そんな心配の必要がないここは居心地が良かった。
「僕はこの村に住むつもりです。ですがいつまでもフーミアさんの居候でいるつもりはないので、そこは安心してください」
「いえ、そういう話ではなく……いいんですか?」
おずおずと、彼女は言いにくいだろう言葉を紡いでいく。
彼女は俯いたまま、物悲しそうな表情をしている。その顔に映るのは、心配か、不安か、……それとも、後悔か。
いずれにせよ、善は――
「いいんですよ。ここは居心地がいいので、住みたいと思っちゃいました」
対して善は笑顔で応じると、フーミアの目が一瞬見開かれて、
「ありがとうございます」
と、優しく微笑んだ。
そういえばこんな表情を見るのは初めてだな、なんて馬鹿なことを思いながら、善もつられて唇が緩んでいく。
二人でしばらく笑いあったあと、善は、
「……恋敵なんて、柄じゃないんだけどな」
と、誰にも聞こえぬように呟いたのだった。
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