1 夏が呼んだ、悲劇の始まり
「異世界転生って知ってるか?」
少し蒸し暑い、夏の日のことだった。
教室の隅、日差しが直接差し込む窓際の席で、俺――九十九善はいつも通り読書に興じていた。
不意に話しかけられ、俺はため息を吐きながら本を閉じる。 声がした方に目を向けると、そこには見慣れた顔があった。
「突然どうしたのさ、キョウヤ」
眩しい笑顔のイケメン野郎、キョウヤだ。
俺とキョウヤは小学生から今までずっと一緒の、所謂幼馴染というやつだ。
お互いのことはよく知っているし、互いが互いの理解者であるとも言えるだろう。ただ性格だけはずっと真逆で、キョウヤが外で多くの友人とスポーツに汗を流している最中、俺は一人寂しく小説を読み漁るような、大して面白くもない対比構造が出来上がっている。
だから、俺と違ってあまり活字を読まないタイプであるキョウヤがそんな話題を振ってくるのは珍しいことだった。
「キョウヤはあまりラノベ読まないでしょ」
「読まないけどな、最近ネット小説ってやつを読んでみたら――」
「転生モノにハマった、とか?」
「そうそう、だからおすすめのやつ貸してくれないかなーって思ってな」
まさかキョウヤが小説にハマったとは思えず、俺は驚いたと同時に少し嬉しかった。
親友が自分と同じものにハマってくれたというだけなのに、妙な達成感を感じてしまったのだ。それだけで喜んでしまう自分が、自分で少し嫌になる。
今になってキョウヤが小説を読み始めたのは、俺がラノベ好きだから、というのもあるかもしれない。
なんだか今までの行動が呼んだ結果のような気がして、俺は得意になっていた。
「キョウヤ、もしかして俺がラノベ好きだからネット小説を――」
「それは絶対に百パーセント天地がひっくり返ってもない」
「軽いな天地」
それだったらもう人類は滅亡してもおかしくないだろう。
ネット小説は世界より重いのだろうか。なんて考えてしまう自分に、思わず苦笑い。
すぐくだらないことを考えるのは、俺の悪い癖だ。
これだからキョウヤ以外の友達がいないのだろう。
それだけが理由ではない気もするけど。
「わかった、じゃあ明日何冊か持ってくるよ。その中で気に入りそうなやつ見つけたら言ってくれ」
「あ〜、まあ、わかった」
「……?何か他にあるの?」
「いや、できればストーリーじゃなくてヒロインが可愛いヤツを――」
「お前もう小説読むな」
漫画でよくね?なんて疑問は、言わないことにした。
折角なら、キョウヤに小説を読んでもらいたいからだ。
「はあ……じゃあ、ストーリーもある程度良くてヒロインが可愛いヤツ……お前が好きそうな人が出てくるのを持ってくるよ」
「おお、頼む!」
「なんか、思ってたのと違うんだよなあ……」
他愛のない、ありふれた会話だ。
でも、そんな会話の数々が、幸せなことだったんだと今は思える。
――嫌と言うほど、思い知った。
******************
キョウヤに何をおすすめしようか。
通学路を歩きながら、善はそんなことを考えていた。
小説読むなとは言ったものの、あれも身内ノリのようなものなので、正直彼もキョウヤも気にしていない。口では文句を言っておきながら、その実本気で悩むくらいには真剣に考えていた。
ヒロインが可愛いもの……といっても、物語のヒロインというものは外見、性格、特徴も多種多様。
どんな方向性のものが合うのか、さっぱりわからない。
キョウヤが今まで本を読まなかったせいで、彼の好みがどんなものなのか予想できないのだ。
参考にキョウヤが読んだ作品を幾つか聞いたのだが、大体エルフや主人公を支えてくれる包容力のある人がヒロインに据えられている作品が多いイメージだった。
「出てくる作品が多いって点ではエルフがヒロインのほうが良いのかなあ……」
善はストーリーも重視する派だ。
ストーリーもちゃんと見てほしいし、意識させることで沼にはめていくのも悪くない。善の思考は、いつの間にか「どうキョウヤを小説の沼に引きずり込むか」にシフトしている。
悪い笑みを浮かべながら、歩くペースを少し速めた――次の瞬間だった。
「――あれ?」
視界がぐらりと揺れたような感覚と、耳鳴り。
更に頭が締め付けられたような痛みに襲われ、急に吐き気が込み上げてきた。
立ち眩み……にしては、重すぎる。
思わず倒れそうになり、膝に体重をかけてどうにか倒れないようバランスを取る。
それでもこの症状は収まらず、耳鳴りに至ってはむしろ強くなっていった。
「クッソ……!」
善は片頭痛や貧血もなく、健康そのもののような体だった。
それなのに、突然こんなことがあるのだろうか。
体験したことないような痛みと気持ち悪さに、すぐ近くの塀に寄りかかろうとして――
伸ばした手は、空を切っていた。
「いっ……」
思わぬ出来事にバランスを崩し、その場に転んでしまう。
ただでさえ頭痛がひどいのに、更に転ぶなんてついてない。
と、そこで異変に気づいた。
「……痛く、ない?」
さっきまで頭が割れるかと思うほどの痛みだったのに、今はすっかり落ち着いている。
耳鳴りやめまい、吐き気と言った症状も突然消え去った。
「これ、後でとんでもない難病でしたとかやめてくれよ……」
得体の知れない病気への恐怖に体を震わせ、できるだけ急いで病院に行こうと立ち上がると、
「――は?」
見慣れない景色が広がっていた。
若干の古さを感じる木造建築が立ち並び、近くには畑も幾つか見える。
栽培している作物は、今まで見たことないような謎の野菜が育てられていた。
どの家もその傍らには西洋剣らしきものが立てかけられており、あれは一体本物なのかが非常に気になる。
異様な空間が、善を出迎えていた。
「異世界転生って知ってるか?」
少し蒸し暑い、夏の日のことだった。
教室の隅、日差しが直接差し込む窓際の席で、俺――九十九善はいつも通り読書に興じていた。
不意に話しかけられ、俺はため息を吐きながら本を閉じる。 声がした方に目を向けると、そこには見慣れた顔があった。
「突然どうしたのさ、キョウヤ」
眩しい笑顔のイケメン野郎、キョウヤだ。
俺とキョウヤは小学生から今までずっと一緒の、所謂幼馴染というやつだ。
お互いのことはよく知っているし、互いが互いの理解者であるとも言えるだろう。ただ性格だけはずっと真逆で、キョウヤが外で多くの友人とスポーツに汗を流している最中、俺は一人寂しく小説を読み漁るような、大して面白くもない対比構造が出来上がっている。
だから、俺と違ってあまり活字を読まないタイプであるキョウヤがそんな話題を振ってくるのは珍しいことだった。
「キョウヤはあまりラノベ読まないでしょ」
「読まないけどな、最近ネット小説ってやつを読んでみたら――」
「転生モノにハマった、とか?」
「そうそう、だからおすすめのやつ貸してくれないかなーって思ってな」
まさかキョウヤが小説にハマったとは思えず、俺は驚いたと同時に少し嬉しかった。
親友が自分と同じものにハマってくれたというだけなのに、妙な達成感を感じてしまったのだ。それだけで喜んでしまう自分が、自分で少し嫌になる。
今になってキョウヤが小説を読み始めたのは、俺がラノベ好きだから、というのもあるかもしれない。
なんだか今までの行動が呼んだ結果のような気がして、俺は得意になっていた。
「キョウヤ、もしかして俺がラノベ好きだからネット小説を――」
「それは絶対に百パーセント天地がひっくり返ってもない」
「軽いな天地」
それだったらもう人類は滅亡してもおかしくないだろう。
ネット小説は世界より重いのだろうか。なんて考えてしまう自分に、思わず苦笑い。
すぐくだらないことを考えるのは、俺の悪い癖だ。
これだからキョウヤ以外の友達がいないのだろう。
それだけが理由ではない気もするけど。
「わかった、じゃあ明日何冊か持ってくるよ。その中で気に入りそうなやつ見つけたら言ってくれ」
「あ〜、まあ、わかった」
「……?何か他にあるの?」
「いや、できればストーリーじゃなくてヒロインが可愛いヤツを――」
「お前もう小説読むな」
漫画でよくね?なんて疑問は、言わないことにした。
折角なら、キョウヤに小説を読んでもらいたいからだ。
「はあ……じゃあ、ストーリーもある程度良くてヒロインが可愛いヤツ……お前が好きそうな人が出てくるのを持ってくるよ」
「おお、頼む!」
「なんか、思ってたのと違うんだよなあ……」
他愛のない、ありふれた会話だ。
でも、そんな会話の数々が、幸せなことだったんだと今は思える。
――嫌と言うほど、思い知った。
******************
キョウヤに何をおすすめしようか。
通学路を歩きながら、善はそんなことを考えていた。
小説読むなとは言ったものの、あれも身内ノリのようなものなので、正直彼もキョウヤも気にしていない。口では文句を言っておきながら、その実本気で悩むくらいには真剣に考えていた。
ヒロインが可愛いもの……といっても、物語のヒロインというものは外見、性格、特徴も多種多様。
どんな方向性のものが合うのか、さっぱりわからない。
キョウヤが今まで本を読まなかったせいで、彼の好みがどんなものなのか予想できないのだ。
参考にキョウヤが読んだ作品を幾つか聞いたのだが、大体エルフや主人公を支えてくれる包容力のある人がヒロインに据えられている作品が多いイメージだった。
「出てくる作品が多いって点ではエルフがヒロインのほうが良いのかなあ……」
善はストーリーも重視する派だ。
ストーリーもちゃんと見てほしいし、意識させることで沼にはめていくのも悪くない。善の思考は、いつの間にか「どうキョウヤを小説の沼に引きずり込むか」にシフトしている。
悪い笑みを浮かべながら、歩くペースを少し速めた――次の瞬間だった。
「――あれ?」
視界がぐらりと揺れたような感覚と、耳鳴り。
更に頭が締め付けられたような痛みに襲われ、急に吐き気が込み上げてきた。
立ち眩み……にしては、重すぎる。
思わず倒れそうになり、膝に体重をかけてどうにか倒れないようバランスを取る。
それでもこの症状は収まらず、耳鳴りに至ってはむしろ強くなっていった。
「クッソ……!」
善は片頭痛や貧血もなく、健康そのもののような体だった。
それなのに、突然こんなことがあるのだろうか。
体験したことないような痛みと気持ち悪さに、すぐ近くの塀に寄りかかろうとして――
伸ばした手は、空を切っていた。
「いっ……」
思わぬ出来事にバランスを崩し、その場に転んでしまう。
ただでさえ頭痛がひどいのに、更に転ぶなんてついてない。
と、そこで異変に気づいた。
「……痛く、ない?」
さっきまで頭が割れるかと思うほどの痛みだったのに、今はすっかり落ち着いている。
耳鳴りやめまい、吐き気と言った症状も突然消え去った。
「これ、後でとんでもない難病でしたとかやめてくれよ……」
得体の知れない病気への恐怖に体を震わせ、できるだけ急いで病院に行こうと立ち上がると、
「――は?」
見慣れない景色が広がっていた。
若干の古さを感じる木造建築が立ち並び、近くには畑も幾つか見える。
栽培している作物は、今まで見たことないような謎の野菜が育てられていた。
どの家もその傍らには西洋剣らしきものが立てかけられており、あれは一体本物なのかが非常に気になる。
異様な空間が、善を出迎えていた。
彼は間違いなく、見慣れた上に歩き慣れた道にいたはずだ。
住宅街や団地はあれど、こんな田舎の村のような場所は近くにない。
迷い込んだか――とも思ったが、さっきの症状に苦しめられていたのはほんの数秒間だけだ。
そんな短い時間で、少なくとも自分の住んでいた街ではない知らない場所まで歩いて行けるわけがない。
さっきの症状といい、目の前の光景といい、異常という一言では言い表せないほどの現象が立て続けに起こっている。
これは何だ。
止まっていた思考を強引に動かし、今この状況は何なのか解明しようと頭を回し始めた瞬間。
「旅のお方ですか?」
澄んだ女性の声が聞こえ、慌てて振り向く。
小柄で、派手な容貌をした美少女だった。
癖のある青髪と黄色の瞳を持ち、その立ち振舞には気品すら感じさせるような少女が、そこにはいた。
「……?どうされましたか?そんな驚いたような顔をして」
「あ、いえ、突然声をかけられたもので……」
「ああ、驚かせてしまってすみません。このへんで見かけないような髪色をしていらっしゃったので、遠方から来た旅人の方かなと思ってしまって……つい、話しかけてしまいました」
「このへんで見かけない髪色?」
日本人はほとんどの人が黒髪か茶髪のため、どちらかといえば少女の青髪のほうが珍しい。
髪色もそうだが、瞳も黄色と日本人ではなさそうな色なので、外国の人なのだろうか、と善は考えた。
しかし、だとしても黒髪が『このへんで見かけない』訳が無いのだ。それに、日本語だって通じている。
となると、ここは在日の外国人が集まる場所なのか、それとも――
「すみません、一つ質問なんですが――日本って、わかります?」
あまりにもバカバカしく、あまりにもアホらしい質問。
しかし、今このときだけは、善の運命を左右する重要な問なのだ。
ありえない、と切り捨てていた可能性ではあるが……
ラノベで培われた妄想力と、痛みによって取り戻された冷静さが功を奏したか、この場での最適解を導き出せたのだ。
荒唐無稽で、頭がおかしくなったかと疑ってしまいそうになるが、
「日本……?」
でもきっと、認めるしかないのである。
「聞いたことありませんが……何かの名前、ですか?」
九十九善は、異世界に来たのだと。
*********
異世界。
ラノベ好きなら必ず一度は――いや、飽きるほど聞いてきただろう。
基本は剣と魔法のファンタジー世界で、『こんな世界に行けたら』なんて妄想を具現化したかのような概念だ。
設定の無理矢理感や、主人公が冷静過ぎたりと様々なツッコミどころにに善も呆れ返っていたものだが……いざ自分が同じ状況になると、彼らと同じような行動を取ってしまうのもまた事実であった。
ラノベを読んでいたお陰――とも言えるかも知れないが、正直なところ、それほどまでに毒されていたことが浮き彫りになって善としては嬉しくない。
「どれも聞いたことがないですね。それがどうかしましたか?」
「――いえ、少し確認を」
念の為、地球で住んでいるならわかるであろう言葉や単語を言ってみたが、そのどれもが外れ。
ただ、言語形態などは日本と大して変わりなさそうだった。
強いて言うなら、一部の所謂『カタカナ言葉』が通用しないくらいか。
ここが異世界だと再認識できたところで、善はこれから何をするべきか考え始める。
「住む場所がない以上、当分の目的は衣食住の安定化になりそうだけど……」
そう楽観的でいられないのもあって、胸の内のざわめきが収まらない。
ここは地球ではない。何が起こるかわからないような、そんな未知の塊なのだ。
下手をすれば死ぬかも知れないし、今この瞬間にだって何か起こってもおかしくない。
生活を安定させて、その上で地球に帰還するなりこの世界で生き延びるなりする方法を考えるべきだと、善は確信している。
何も見えない真っ暗闇で、我武者羅に足掻くだけでは意味がないのだから。
「だとすると、住む場所はこの村で確保できたら最善……の、はず」
「住む場所、ですか?宿なら『城郭』にあると思いますけど……確かに、そろそろ暗くなりますしね」
「――宿が、ない?」
これは善の偏見でもあるが、大抵の村には宿屋があるはずだ。
いくら辺境の村でも、訪れる人がいれば宿屋はなければ不便だろう。旅人を泊めることが想定されていない村は、かなり特殊な……というか、少なくとも善は知らない。
そう、訪れる人がいれば。
「すみません、この村には大体どの位人が来るんですか?」
「人、なんて来ませんよ。……この村はかろうじて残っているだけですから。あなたも、ここに長居しないほうが――」
「……」
案の定、この村に人は来ないとのこと。だが、それ以上に気になることがある。
善の思い違いでなければ、彼女は人が来ないから『かろうじて』残っているわけではないような、そんな言い方をした。
それはまるで、この村は危険だと、そう言っているように聞こえて……恐怖とは違う感情が、善の中で燻っていた。
――この村には、なにかある。
胸騒ぎが一層強まる中、それに呼応するように空は少しずつ暗くなっていく。
*********
「フーミア?」
「はい、私の名前です」
一先ず今日は青髪の少女――フーミアの家に泊まることとなり、二人はゆっくりと歩いていた。
なんでもないような口調で突然「今夜は私の家で泊まったらどうですか?ちょうど、余ってる部屋があるんです」と言われたときは驚いたものだ。
無防備にも程がある――と言いたかったのだが、まだフーミア以外の村民と会っていないのでこの選択肢しか善には残されていなかった。
だから自分は悪くない――なんて、誰に向けているわけでもない言い訳を心の中で呟きながら、善は空を見ていた。
空を赤く染めていた太陽が沈み、少しずつ空を夜闇が侵食していく。
黒と赤の鮮やかなコントラストが、この世界を包みこんでいた。
本来は美しいと感じるべきなのかも知れないが、今の善にとっては不吉の前兆のように思えてならない。
最初の混乱も少し落ち着き、それに応じて善の心中は不安で埋め尽くされている。
この世界でどうすることが正解なのか。どう動けばうまくいくのか。そんなことを考えても意味がないと知っていても、ネガティブな思考は止まらない。
そんな無意味で無価値な問いに、善はどうにか答えを出そうと思案していると、
「ところで、善さんは旅をしていらっしゃるんですよね?」
「ええ、まあ、はい……?」
「見たところ、武器などは持っていないようですけど……どうやって、『変律体』から生き延びているんですか?」
「変律体……?」
また、聞き馴染みのない言葉だ。
生き延びる――ということは、戦うか逃げるか、どちらにせよ人とは敵対関係にある存在ということだろう。少なくとも、その『変律体』とやらは相当に危険であることが伺える。
「村の家に立てかけてある剣は、『変律体』と戦うため……?」
村を歩いていて気づいたことだが、どの家もドアの近くに剣などの武器が立てかけてあった。
ずっと何故武器を用意しているのか疑問であったが、『変律体』と戦うためなのだと思えば納得できる。
「すみません、僕は世間知らずなもので……『変律体』って、なんですかね?」
「ええ?ええっと……『変律体』というのは、自然の摂理から逸脱した、独自の法則性と能力を持つ、化け物のことです。全ての個体が共通して人間やエルフ、亜人などを狙っていて……その危険度から、多くの国が行動を制限されるほどです」
「国が?」
「はい。なので、ほとんどの都市が強固な壁によって囲まれ、それらの都市のことを『城郭』と呼んでいます」
強固な壁、『城郭』。
エルフや亜人という気になる単語は置いておいて、国が行動を制限されたり壁が作られたりしているということは、栄えた都市でも無視できないような存在であることが予想できる。
それだけで善の生存確率が致命的に下がった気がするが、今気にするべきはそこではない。
「壁、ですか?この村にそんなものがあるようには見えなかったんですが……」
「ああ、そのことなんですが――」
何やら申し訳無さそうに俯き、フーミアは言った。
「この村に壁はありません。たまたま、襲撃されずに残っているだけに過ぎない……」
赤かった空は暗く、闇が包みこんでいて――
「運が良かっただけの、『死にぞこないの集まり』なんです」
気づけば、太陽は完全に没していた。
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