第2話



 出兵の日、飛行場には報道陣が押し寄せ俺たちを祝うようなムードの式典が開催された。


(ニート達は暗く沈んだ表情の映像は、100年もすれば日本の黒歴史として憐れまれるのだろうな)


 そんなことを考えながら、天皇陛下や政治家、軍上層部の有難いお言葉を聞くが頭に入ってくるわけがない。


 2時間近くかかった式典を終え、輸送機に乗る頃には『もうなんでもいいや』と投げやりな気持ちになっていた。


 輸送機の硬い椅子に座り数時間、後方の昇降口が開くとジメッとした空気が俺たちを包む。

 日本の飛行場とは違い、アスファルトが砂で隠されているその光景と、生ぬるい風から感じる独特な匂いが、遠く離れた場所に来たということを示している。



「あかん、熱すぎるわ」


「やべぇな……こんなとこで戦うのかよ……」



 隅田と佐藤がそう言い、ダルそうに降りていく。

 無言で下を向く中島を励ましながら自分も降りると、重い装備と直射日光がこれからの苦しみをより一層現実的にさせて来た。



 空港からキャンプへと向かうと、大きいテントが俺たちの家だと説明される。

 蒸し風呂のようなその中は、前後の入り口を開けておかないと滞在する事すら不可能だ。



「思ったよりも地獄だな」


「どんな飯が出るんやろな」


「また飯の話かよ」



 この状況でも雑談を続けるる2人がいる事はそれがどんなにくだらない内容でも当たりな部類なのだろう。

 他のニート達は中島と同じように青白い顔をして何も言わず、もう既に誰かが死んだような雰囲気だ。



 明日の朝にはもう最前線で戦闘が始まるらしく、余分な荷物を置いて戦闘に必要な物を一つの背嚢にまとめる。


 作戦の説明を受け、配布されたレーションを食べ終わると、日本でのバカみたいな式典のおかげか、それとも戦地に辿り着いてしまった諦めか、その夜はよく眠ることができた。



 翌朝、朝食を済ませ天幕付きトラックの荷台に乗りこむと、ガタガタと舗装されてない道を進んで行く。

 後ろに見えていたキャンプ地はすぐに見えなくなり、所々破壊された市街地の中に入ると緊張感が漂う。



「よし、着いたぞ。降りろお前ら」



 小隊長にそう言われ戦場への第一歩を踏み出すと、ジャリっという音がした。

 破壊された建物から飛んできたであろうガラス片が、キラキラと天の川のようになっていた。


 なぜか脳裏に月面着陸をした宇宙飛行士のセリフが浮かんできたが、この一歩は人類にとって何気ない第一歩だろう。

 東の島国から来た社会不適合者が、ただ戦場に足を踏み入れただけだ。



「ここからは徒歩で前進する! 進め!」



 その号令に、ニート達は本当の最前線へと進んで行く。

 微かに聞こえていた銃声は歩を進めるごとに大きくなり、周りにいる米軍兵士の数も増えてきた。



「止まれー!! 道を開けろ!!!」



 恐怖から下を見ながら歩いていたが、その号令を聞き前を向いて端に寄ると、ニート達の列の間を物凄い勢いで担架を運ぶ米兵が通り抜けた。


 一瞬の出来事に傷口がはっきり見えたわけではないが、地面に落ちた血は、俺たちがここで死ぬ可能性を示唆しているように感じた。



「やっぱり無理だ……死にたくない……」


「大丈夫だ! 死なない!」



 顔が真っ白になった中島を励ますが、そんな事を言う自分の手も震えている。

 普段口数の多い隅田や佐藤も、流石に言葉を失っていた。



「ビビるな! 生きて帰る為に戦え! 行くぞ!!」



 足を止めるニート達に対する小隊長の怒号に、俺たちはもう一度歩き出す。

 視界に入る表情は全て、諦めの表情をしていた。



 最前線は街を2つに分ける大きな幹線道路だ。

 頭を下げながらそこに面する塀まで辿り着くと、銃声の中にヒュンヒュンと弾丸が風を切る頭で聞こえてきた。



「……よし、お前ら準備はいいか!!」



 もう小隊長の号令に誰も返事すら返せない。

 震える手で銃を握りしめ、安全装置を外す。



「大丈夫だ! 絶対に死なない!! 撃ち方用意!! 撃てーー!!!」



 その号令で、一斉に道路を挟んだ対岸へと銃弾を叩き込む。

 狙いを定めずにとにかくがむしゃらに撃った弾丸は、敵兵に命中したのかすらよくわからなかった。



「ハァ……ハァ……リロード!!!」



 誰に向けてでもなく、ただ訓練の時のルーティンと同じようにそう叫び、一度塀に体を隠し弾倉を取り替える。

 そうすると並んでいたルームメイト達も無事に全弾撃ち切ったようで、ドスンと腰を下ろした。



「当たったか?」


「もうよく分からないよ、ばら撒いてるだけだ」


「誰がこの状況でわかるんや」


「地獄だぜ畜生」


 この4人だけじゃなく、ここにいる殆どのニートは適当に撃っているだけなのだろう。

 顔を出せば出すほど死ぬ確率も上がるこの状況で、訓練のようにゆっくり狙って撃てるような奴はそもそもニートになんかならない。



「おいお前ら、大丈夫か!?」



 リロードが終わっても次に顔を出すのは怖くて座り込んでいると、小隊長が駆け寄って来た。



「はい、大丈夫です。リロードをしていました」


「そうか、絶対に生きて帰ろうな」



 そう言いながら俺の肩に置いた左手の薬指に、キラッと光る指輪が見えた。



「小隊長、奥さんがいるんですか!?」


「ん?あぁこれはここにくる前に彼女と選んだんだよ。帰ったら結婚しようってな」


「「「「あ……」」」」



 彼が答えたその言葉は、戦場では最悪のフラグだ。



「だから俺は生きて帰るぞ、お前たちも頑張れ!」



 そう言って走り去る小隊長を見ながら、隅田が笑い出した。



「あかん、完全なフラグやん」


「これで死んだら坂本のせいだな」


「き、気にしないでいいと思うよ……」



 戦争の最前線にいる事すら吹き飛ばすそのテンプレ展開が、俺たちを普段のように引き戻した。

 戦場で腹を抱えて笑う俺たち4人に、周りのニートもドン引きしている。



「あーホンマにおもろい、死なんかったらええn「うわあぁぁぁぁぁ!!!!」



 隅田の言葉を遮るように、叫び声が聞こえた。

 嫌な予感がしてその叫び声の方に目を向けると、小隊長が頭から血を流して倒れている。

 体はビクビクと打ち上げられた魚みたいに震え、やがて命が無くなったことを教えるように止まった。



「オェッ……」



 この距離からでもそれを見た中島が吐くのも当然だ。


 一瞬で命が無くなるという現実を目の当たりにしたら、ニートじゃなくても自分の置かれた状況に拒否反応が出るだろう。


 倒れた小隊長の周りは阿鼻叫喚と化し、地獄を形成している。



「俺はもうこんなとこには居られない!! 帰らせてもらうぞ!!!」



 パニックになりそう叫んだ1人のニートが走り出した瞬間、彼の体から血が吹き出した。


 塀から体を出せばそうなる危険性がある事などこの場の誰もが分かっているのに、正常な判断が出来なくなっていたのだろう。


 彼の死はパニックの連鎖を起こし、この場のニート達の元々少なかった戦意は消え失せた。



「またフラグやん……」


「あんなの完全にフィクションだと思ってたぜ」



 連続的なテンプレ展開は、本当にその通りになると笑えないらしい。

 俺たち4人はパニックにはならなかったが、もう誰も塀の向こうを覗こうとはしなかった。

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