第一章 Torch ⑧
「エル背高いんだし、絶対スキニー系の服似合ってたって!」
「うん。また機会があったら買う」
「もー、そればっかり」
お昼時。「いいものを食べたい」というエレフェリアとアデオナの意見は一致していたので、巷で評判のパンケーキ屋さんに二人は来ていた。タイミングが良かったのか、あまり待つことなく窓際の席に通された。ゆったりとした間隔で座席が並べられた店内には、エレフェリアたちと同年代と思われる若い女性が多かった。食の好みは身分によらず、年代や性別で似るものなのかもしれない。ただその誰もが、明度の高い綺麗な目の色をしていた。つまり、この場にいるモスはエレフェリアたちだけだった。ちゃんとゴーグルが付けられているか不安になって、つい手をあてて確認してしまう。
場違いだったかな。
エレフェリアはメニュー表を改めて見る。見間違いかと思って三度見くらいしたが、決して見間違いではなく、全部目が飛び出そうなほど高い値段だった。一般的なモスの鉱山労働の給金でこの店に来ようと思ったら、半年に一度できる贅沢のレベルだろう。周りにいる若い女性たちは多くが学生のように見える。この子たちは働いているのだろうか。あるいはお小遣いで来ているのだろうか。分からないが、少なくとも彼女たちにとってここは日常の範疇のようだった。
「……はあ」
思わずため息が出る。昔から、ブリアの暮らしの末端を覗き見るたびに「差」を痛感させられる。表面上の差別がなくなっても、こういう生活や常識の差は、なかなか埋まらないのかもしれない。……いや、こういう思考はよくない。エレフェリアは首を振って一旦頭を空っぽにする。もしカルマン社で働いていなければ、出会えなかった体験だ。開き直って楽しもう。
「じゃあ、私はこの『季節のフルーツパンケーキ』にするね。アデオナは?」
「んー……、今ベリーのやつとハチミツのやつと生クリームのやつとチョコのやつで迷ってる……! 二個いけるかな?」
「……流石に多くない? 周りでそんな食べ方してる人いなさそうだけど」
他のテーブルを見渡しても、一人一皿の注文が一般的に見えた。
「でも、写真だと結構ちっちゃいよ?」
「……人とパンケーキは見た目で判断しちゃいけない、って基礎学校の先生が昔言ってた」
「え? ホントに?」
「ホントホント。…………ごめん本当に信じないで、嘘だから」
結局アデオナは迷いに迷って、メニュー表を何度も見返した後、ベリーのパンケーキとチョコのパンケーキの二つを注文した。店員からお金はありますか、と訊かれ、財布の中身を見せる必要があったこと以外は、手際の良い接客だった。
しばらく待つと、店員が料理を運んできた。運ばれてきたパンケーキは、一目見て手が込んでいると分かる姿をしていた。流れる様にかかったクリームとシロップに、色とりどりのフルーツが芸術的にトッピングされている。わくわくした気持ちを表面に出さないようにしつつ、ゆっくりと一口頬張ると、柔らかい生地と甘いクリームが絶妙に絡み合い、口の中で幸せな味わいが広がった。頬に手を当てて完成度に感心する。評判になるのも納得だった。
「美味しい~!」
アデオナが口の中をいっぱいにしながら声を上げる。
「そうだね、……来てよかった」
「本当にね。あ! そっちのも美味しそうだね~」
付き合いが長いからこのアデオナ語は翻訳できる。これは一口欲しいということである。エレフェリアは自分の口元に持っていく予定だったフォークを、そのままアデオナの方に伸ばす。
「あ、ありがと! じゃあ、お返しに~」
アデオナからもフォークが差し出される。こちらはベリーの方だ。口に入れるとこちらは酸味が良いアクセントになっていて、エレフェリアの注文したものとまた違った良さがある。
ひとしきりパンケーキの味を楽しみ、エレフェリアの前の皿が空になった頃、目の前のアデオナが伏し目がちにこちらを見ていることに気づいた。アデオナの皿にはまだ両の皿に四分の一ずつくらいパンケーキが残っていた。
「……ちょっと、もらおうか?」
「……うん」
しゅんと小声で答えるアデオナ。アデオナの適正量は一個半のようだ。覚えておこう。
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