第一章 Torch ⑥
「……ごめんお待たせ」
「大丈夫だよ~」
ベルガーとの面談のような何かを終え、下に降りると、玄関の柱のそばでアデオナが待ってくれていた。
「ちなみに、何の話だったの?」
「うーんと。身の上話と、書類の書き直し」
どういうこと? と聞かれたが、別に面白い話じゃないので流す。志望動機を友人にさらけ出すのはどうも恥ずかしい。ごまかすように別の話題を振る。
「そういえば買い物行くんだっけ」
「あ、そうそう行こ! でも、今日はもう遅いよね。それに、買い物するんだったら、ベルベンよりアコードの方がいいかなぁ」
アコードはベルベンから二駅ほど行ったところの街だ。ベルベンほど賑やかな街ではないが、確かに日用雑貨や衣類の品揃えならそちらの方がいいだろう。エレフェリアも、アコードは何度も訪れたことがあるが、活気と落ち着きがバランス良く共存している素敵な街だった。
「そうだね。この辺り、治安もあんまり良くないし」
少し声を抑えてアデオナに囁く。付近一番の繁華街だけあって、様々なお店がある一方で、夜は少し賑やかすぎる場所だった。人の集まるところに騒ぎあり。飲み屋から肉の焦げる香りとともに、喜怒哀楽どの感情なのか判別がつかない喧騒が、共鳴して響いている。十字路の一角では、楽器を弾いて歌う若者の周りに、まばらな人だかりができている。その奥の駅前の通りでは派手な化粧をして立つ女性と、地面に敷いた麻布の上に寝そべる老人がいた。街路灯の光で線が引かれたようにそれらは決して交わらない。皆ここでないどこかを見ているようだった。その中にいると何だか心や個性が希薄になってしまう気がして、あまり長居したいとは思えなかった。何ともいえない寄る辺なさを振り払うように、わざと元気な声でアデオナに提案する。
「じゃあ明日! アコードに買い物行こっか」
「うん!」
そう言ってその日はお開きとなった。真っすぐ駅の方に向かい、列車に揺られて寮へと戻る。アデオナとは別の寮なので途中で別れる。この一年、何かとアデオナと一緒にいることは多かった。そういう生活が今後も続くのは嬉しいな、と改めて思った。
少し遅くなってしまったが、まだギリギリ食堂はやっている時間だろう。普段規則正しい生活をしている分、遅い夕食は身体に堪える。急ぎ足で寮内に入ると様子がおかしい。具体的には、玄関から廊下まで一面が暗かった。廊下の非常灯だけが、むなしく光を放っている。
しまった、そういえば。忘れていた事実を思い出し、力なく膝から崩れ落ちる。今日は輪番停電の日だった。つまり消灯がいつもより三時間早いのだ。これもセルウスによるエネルギー不足のせいである。おのれ。
災害用に部屋に備蓄してあった携帯食料を、リスのようにちまちま食べる。まずくはないけど、猛烈に硬い。
明日は絶対いいもの食べよう、と暗がりの中、強く思った。
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