第一章 Torch ④
なぁんで私がクビなんですか~~~!
泣きつくアデオナ。何とか翻意を促そうと、実家に病気の家族がいることを主張しているが、彼女の家族は故郷で全員健やかに暮らしていたはずなので、これは完全に嘘である。というかちょうどさっき、出身地ついでにその話をしていたところだった。ダウト。
そんなエレフェリアの冷ややかな視線を感じ取ったのか、ベルガーが話を振ってくる。
「ナーリヤさんはあまり驚いていないようですね」
「別に……。単にびっくりすると言葉が出なくなるタイプなだけです」
「本当に?」
「まあ、どうせ裏があるのかな、とは思っています」
「ふむ。その理由は?」
「今クビにするくらいなら、試験や訓練をわざわざ受けさせる必要がないですから。脱落させようと思えば何とでもできたはずです」
「ふふっ。可愛げがないですね」
ベルガーに嘆息されたので、エレフェリアは肩をすくめる。どうやらリアクション的にはアデオナが正解だったらしい。勤務中は常に冷静に、と訓練で説かれた記憶もあるが、その辺りは状況次第、ということなのかもしれなかった。……難しい。
ベルガーは続ける。
「実際、クビは正確な表現ではありませんでした。正確に言うと転籍ですね。二人には市街地の警備でなく、ベトーネン鉱山付近の居住地で警備に取り組んでもらうこととなりました」
ベトーネン鉱山というのは東部にある魔導石鉱山の名前だったはずだ。「ミレニアム・レクイエム」によって、国内の魔導石鉱山の大部分が閉鎖を余儀なくされる中で、細々と産出を続けている鉱山の一つでもある。カルマン魔導ホールディングス警備部門は、主に市街地をセルウスの襲撃から守ることを主務としている。なのだが、それ以外の業務も行っている、という話は以前聞いた気もする。
ただ、
「すみません。鉱山って確か探査部門の人が行くイメージでしたけど……」
エレフェリアたちが所属する(はずだった)「警備部門」は市街地で市民の安全を確保する、いわば「守り」の部署である。一方で、鉱山内で勤務する「探査部門」は「攻め」の部署である。セルウスの反応のある地域を調査し、場合によってはセルウスを撃破することで、魔導石の採掘可能範囲を広げるのが役割である。当然戦闘になる機会も多く、ある程度経験を積んだ者が行く決まりになっていたはずだ。
そんなエレフェリアの疑問に、ベルガーはあくまで淡々と答える。
「勘違いされているようですが、仕事内容はあくまで鉱山内ではなく、その周辺の居住地の警備です。所属も探査部門ではありません。そもそも近くにセルウスが確認されていない鉱山ですからご心配なく。ただ鉱山付近は原則、作民間人は立ち入り禁止ですから、一応、書類上相応の機関に所属することにしないといけない、そのための転籍という話です。書類上の話であって、やることは基本的に変わりません」
流れるような説明だった。これまで何度もしてきた説明なのかもしれない。事情はよく分からないが、つまり結局警備業務をやれということだろうか。随分まどろっこしい。
「クビじゃないんですか? なんだー、びっくりさせないでくださいよ」
ようやく話が見えたらしいアデオナが、元気を取り戻す。
「驚かせてしまいすみません。ゆくゆくは鉱山内に行くこともあるでしょうが、少なくとも最初は鉱山外です。直ちに魔導石から身体に悪影響を受ける、という機会はほとんどないでしょうし、そもそも、鉱山労働者の健康状態については、魔導石の影響ではないとされています。これはご存じですよね?」
訊かれたので、エレフェリアは答える。
「ええ。それについては散々座学で学びましたから」
魔導石は高エネルギーを秘めた結晶体だ。適切に利用すれば、高効率でエネルギーを取り出せる益のあるものだが、そのエネルギーは時に人を蝕むとされてきた。特に採掘場にあるような原石ともなると、人間への影響は避けられない。具体的には長時間周囲にいた人間の瞳の色はくすみ、緑がかった色になってしまう。そしてそれは親から子へと遺伝する。そんな緑の眼となった人間は昔、体調を崩しやすかった。黎明期には、悪魔の呪いだとか、死の前触れだとか、様々な噂が囁かれたものだった。そしてどこからか「きっと周りに感染するのでは」という懸念も表明された。結果的に、見た目の変化の分かりやすさも相まって、数ある身分の中でも、モスは特段大きな差別を受けることとなった。一時期は鉱山近くから市街地に出るのも禁止されていたくらいだった。
しかし、その後研究が進んだ結果、魔導石のもたらす悪影響は、どうやら見た目の変化だけのようだという説が提唱された。健康上の問題は、鉱山の作業環境の劣悪さに由来するものであるということだった。当然感染することもない、よかった、これで万事解決、となるかと思いきや、そう簡単な話ではなかった。結局、人間の心は科学では括れない。研究結果に疑義を申し立てる声が山ほど集まった。万がそれが間違いで感染したらどうしてくれる、というような論調がほとんどだった。説が発表されたのは、エレフェリアが生まれるずっと前である。しかし、今なお差別は残っている。現実はそんなものだった。
それでも、研究が発表されたしばらく後、モスの市街地への立ち入りが許可された。そして、次第に住むことも可能になった。やがて、カルマン魔導ホールディングスが身分に関わらない採用を始めた。最近は列車で席を譲らなくてもよくなった。社会は少しずつ変わり始めている。だから、いつかはこんな差別もなくなるのかもしれない。
そんなことをエレフェリアは告げた。ベルガーは少し考える様子を見せた後、こちらの緊張をほぐそうとするかのように微笑んだ。
「そうですね。私もスフェーンの差別がなくなればいいなと思っています」
スフェーン、というのはモスの言い換えだ。自らの身分を称するときに誇りを持てるように、ということで緑の宝石を意味するその語が名付けられた。まだ一般層に普及した表現ではないだけに、ブリアの人間にその表現を使ってもらえるのは嬉しかった。
「まあ、最初は大変な部分もあるかもしれません。ただ、間違いなく力はつきますし、是非お二人で助け合って頑張ってください。……ちなみにこれは教官の推薦だそうですよ。見込みがあって将来有望そうな人間は、積極的にこのスタイルを推薦しているとのことです」
将来有望、というワードにアデオナは目を輝かせる。エレフェリアとしても確かに嬉しい評価ではあるが、本当にアデオナは裏表がない。エレフェリアは目を細めてアデオナの方を見る。
「エル、口の端上がってるよ」
「!? 上がってないよ」
「えー、今普通にニヤニヤしてたと思うけど」
「いや、全然。ほんの少しも上がってないから」
そんな風に思われるのは全くもって心外だった。
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