第一章 Torch ③
集合場所には定刻の十五分前に着いた。受付の人の案内で通されたのは、会議室のような小ぶりの部屋だった。中には他に誰もいない。つまりエレフェリアとアデオナが一番乗りだった。中央に配置された長机の両端にはソファが並んでいる。部屋はあまり広くなく、机の他には奥に小さなキャビネットと、その上に真鍮製の花瓶が置かれているくらいだった。花瓶には可愛らしい紫色の花が生けてある。雰囲気からして、面接などに使う部屋なのかもしれなかった。勝手に座るのも何か違う気がしたので、脇の方で立っておく。
数分待ったが誰も来ない。隣に座ったアデオナが、若干そわそわしながら話しかけてくる。
「他の人、来ないね」
「うん……。遅刻とかはないだろうし、ひょっとしたら他の人はいないのかも。大きめのところに配属ならもう少し人が来るだろうし、割と小さめの街かもね」
「うーん、そっかぁ」
「残念?」
「いや、私の地元も何もない町だったから、そんなでもないかな。……でも、そういう所ってお店が少なかったりするから、要るものはこっちにいるうちに買っておかないとだね~」
そんな会話をしている間に定刻となったようだ。入口の扉の方から声がする。部屋に入ってきたのは細い銀のフレームの眼鏡をかけた四十代くらいの男性だった。知らない人だが、おそらく担当者だろう。慌てて敬礼する。
「訓練生、エレフェリア・ナーリヤです」
「同じく! 訓練生のアデオナ・ティワーです」
「ああ、よろしくお願いします、人事部のベルガーです。お二人とも揃っているようで。ではではお座りください」
揃っている、という言い方をしたということは、やはりここに来るのは二人だけで正解のようだ。小都市行きが濃厚そうである。一通り挨拶をした後は、どうやってここまで来たかとか、訓練は大変だったかとか、当たり障りのない会話が続いた。話している感じは穏やかそうな人だった。今は当たり障りのない会話の延長線上で、アデオナの身の上話をしている。
「……なるほど、ティワーさんはハルベノーテの出身なんですね」
「はい! こっちには雇われて初めて来ました」
「どうしてこの仕事をしようと?」
「……あー、えっと。私の地元、昔おっきなスノーボールの被害があったりして、今も貧しいんです。それでちょっとでも皆の役に立ちたいなあ、って思って」
「いいですね。殊勝なお考えです」
この社会は身分によって就ける仕事の範囲が決まっている。エレフェリアやアデオナの身分であるモスは、本来主に魔導石の採掘・運搬の労働に従事することになる。ただしその場合、決して待遇は良くない。最近は働ける鉱山が減少していることもあり、昔以上に厳しい生活を強いられる。
一方、カルマン魔導ホールディングスは、それと比べれば、特に給料面では破格の条件だった。流石、系列会社合わせると国家予算の半分に匹敵するとも言われる大企業だけあって、金払いはとても良い。もちろん狭き門ではあるし、こちらもこちらでリスクはあるのだが、志望するモスは絶えない。
「おっと、少し話しすぎてしまいました。では、そろそろ本題に入りましょうか」
ベルガーが手元の書類をめくりながら口火を切る。エレフェリアの話に移る時間はなかったらしい。めくられる書類をこっそり覗き見ようとするが、向かいにあるのでよく分からない。エレフェリアはこっそり唇を尖らせた。
「では本題の前に、一つ質問を。お二人、恋人はいますか?」
急に意図のよく分からない質問をされる。これも導入の一環なのだろうか。
「いえ、いません」
素直に答える。隣でアデオナも首を横に振っている。ずっと訓練漬けでそれどころじゃなかった、というのが率直な気持ちだ。でも何故今そんな質問をしたのだろう。眉をひそめて相手の顔色を窺い、返答を待つ。
「そうですか、いえ、ならお気になさらず」
返ってきた返事からは何も読み取れなかった。この返答から何か会話が進展するとは思えなかったが、意味があったかよく分からなかった。
「では内示を伝えます」
ベルガーは唐突にそう言って言葉を切り、書類に目を落とした。来たか、そう思い、襟を正して背筋を伸ばす。
「えー、エレフェリア・ナーリヤ。アデオナ・ティワー。二人を本日付で解任処分とします」
…………え? 何か変なことを言われた気がする。
「カイニンショブン?」
「えっと、つまり?」
アデオナと顔を見合わせる。どういうことだ、これは。
「つまり、端的に言うとクビです。今まで大変ご苦労様でした」
まだ一日も実働していないのにクビになった。どうやら社会は存外理不尽らしい。
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