第一章 Torch ②

 結局口論はエレフェリアが間に入って仲裁した。そもそも、きっかけは些細なものだったのだ。一度熱がひいてしまえば鎮火するのはそう難しいことではなかった。ブリアの男性もばつが悪くなったのか、そそくさと元いた車両の方に戻っていってしまった。


「ありがとね」

 アデオナが横から笑顔で言ってくる。

「うんまあ。……私やっぱりアデオナは、その……大物だと思ってる」

「え? ホントに? えへ、何だか嬉しいな」

 照れたように頭を掻こうとして、自分が帽子をかぶっていることに気づき、慌てて帽子をしまうアデオナ。ちなみに感心の気持ち半分、呆れの気持ち半分で口にした台詞だったが、どうやら彼女には感心の部分だけを受け取っていただけたらしい。そうこうしているうちに、列車は山間部を抜け、開けた土地が見えてきた。もう少し行けば街だ。


「そういえば。アデオナは配属決まった?」

 最終試験に合格した訓練生は翌期より配属となる。エレフェリアにとって。今日はは配属先が通達される日で、そのため普段より遠出して本社ビルの方に向かっていたのであった。質問されたアデオナがかぶりを振って答える。

「ううん、これから聞きに行くところ」

「あ、じゃあ私と一緒だ。集合場所どこ?」

「えっと、確か……。あった。本社北棟の三〇二四の部屋に、十八時集合だって」

 集合場所が記された紙をカバンから出してアデオナは言う。

「え、それ、私と同じじゃん」

「ホントに!? え、じゃあきっと配属先も同じだね!」

 配属先が通達された後、そのまま仕事内容の説明がされるのが通例と聞いている。そのため、同じ配属先になる人々は一か所に集められて内示を受けるという噂は耳にしていた。ということは、どうやらアデオナとは同じ働き先になるらしい。アデオナは確か成績は壊滅的だったはずだけど、一緒にいて退屈しない人間だ。何より、配属先に知り合いがいることは心強かった。


 カーブに差しかかった車輪が軋んだ音を上げ、列車を大きく揺らした。立っていても列車の振動が大きく伝わってくる。この乗り心地の悪さは三等車の要改善ポイントだと思う。

「配属先、海の近くだといいなあ」

 ポツリとアデオナが呟いた。

「海の近くはあんまり無いんじゃない? セルウスって基本的に山にいるし」

「そっかぁ、残念。じゃあエルは?」

「私はどこでも。こっち来た後は街からほとんど出たことなかったし、どこでも楽しみ」


 警備部門の仕事は、セルウスの被害地域やその周辺の住民の保護、及び治安の維持だ。セルウスは普段鉱山付近に棲み着いているが、たまに人間の居住地域を襲う場合がある。ちょうど雪玉が転がるように無差別かつ唐突に地域を蹂躙じゅうりんするこの現象は一般に「スノーボール」と呼ばれている。ただ、スノーボールの発生原因や理由は、よく分かっていない。そもそも、機械の意図なぞ分かりようもなかった。


 一応、セルウスの棲み処である鉱山付近の地域に被害が多いが、そうかと思ったら、鉱山から遠く離れた街にいきなり押し寄せる場合もある。警備の人員配置時にも頭を悩ませるようだ。折衷案として、鉱山に近い地域を中心に人員を割きつつも、そうでない街にも多少は人を配置するようにしているという。ただ、予測があまり利かない以上、対応は後手後手で、「保護」というより、街の「復興」の支援をすることが多いのもまた事実ではある。この辺りは警備部門が苦々しく思っている部分である。


 駅が近づき、車窓の奥に高いビルが見えてくる。夕日はほとんど落ち、一帯は夜の様相を呈し始めた。ここ、ベルベンはこの地域で一番の繁華街だ。夜の闇をはらうように、色とりどりのネオンライトが輝いているのが遠くからでも分かる。一体どんな内示が出されるのだろうか。ガラスに薄く反射する顔は、ネオンの原色と重なって、煌々とした光をたたえていた。何となく口角を上げると、ガラスの奥でアデオナが微笑み返した。車内のランプの灯りも、何だかいつもより少し明るいような気がした。

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