15.指輪探し③

 指輪探し二日目。ハインリッヒとセラフィーナは都市内でひっそりと営まれている非合法の店を当たる事にした。


 地図に記された情報を元に二人は都市を歩く。種々雑多な人々による営みが道の両脇で繰り広げられている。


 露店の店主と値引き交渉をしている男。手製のアクセサリーを吟味している女。居眠りしている老人の代わりに店番を務める少年少女。機械並みの精密さで札束を捌く老婆……。


 300万人のうちのたった数パーセントだが、誰一人として同じ者はいない。それぞれが違う身なり、違う振る舞いをしている。それを見るだけでハインリッヒは胸が踊った。統制経済を敷く帝国では見られない光景だ。


「どっちを向いても同じモノは無い。こんなに楽しいのは何年かぶりだな」

「あまり浮かれない方が良いわよ。見なさい」


 セラフィーナに袖を掴まれ、ハインリッヒは婚約者がそれとなく顎で示した方向を見る。


 明らかにガラの悪い一団が歩道の一角を占拠していた。一人が木箱の上に腰掛け、数人の手下とおぼしき者たちと雑談している。


「彼ら銃を持ってるわ」

「戦士の勘か?」

「観察力って言って。戦闘魔術師は所作で相手の戦力を推し量るものよ」

「さすがだな」

「というか、あなたくらいになったら相手の戦力が分かる魔術くらい修めてるんじゃないの?」

「過大評価だな。俺は研究者だぞ。いや、複数の魔術を組み合わせれば出来ない事は無いが、そんな事をしてる合間に攻撃されるからな、普通」

「そう言えばそうね。安心して。索敵は私の仕事だから」


 声に得意げな響きがあるのをハインリッヒは聞き逃さなかった。


「最初から安心しきってるさ。君の能力は本物だからな」

「何? 急に褒めないで」

「本気で言ってる。君の実家が名門だからじゃない。君は家に関係無く個人として評価されるべきだ」


 それはハインリッヒの思想に基づいた何気ない言葉だったが、セラフィーナには響いたようだった。


「……そう」


 セラフィーナは唐突に声音を下げ、前髪を指でいじった。


 ハインリッヒはその仕草にはあまり関心を寄せず、携帯端末にインプットした地図に注意した。


「この先に一軒目の店がある」

「準備は出来てる」

「だから喧嘩しに行くんじゃないんだって。話を聞くだけだっつの」


 そんなに武器レーテが試したいのか。やはり魔王の与える武器には人を誘惑する何かがあるのだろうか。自分も契約を司る魔王リミルス・ガルミネアからシェイプシフターを借り受けている事は棚に上げ、ハインリッヒは婚約者の瞳に危険なナニカを見出だす。


 ハインリッヒの懸念に気がついたのか、セラフィーナは形の良い唇で微笑を作った。


「大丈夫。あなたが良いと言うまでは我慢するから」

「我慢か。どこまで持つかな」

「何時間でも持つから」


 婚約者から向けられる疑念など意に介さずといった様子でセラフィーナは言った。ハインリッヒは真に受ける事なくセラフィーナの前を行く。


 そんなハインリッヒを尻目に、セラフィーナは視線だけ動かし、自分たちから見て右側にある裏路地への入り口を見た。


「……」


 そこには何も無い。強いて言うなら、可燃ゴミも不燃ゴミも関係無く詰め込まれたゴミ箱と、身をやつしたホームレスが数人うなだれているだけだ。


「ふーん……」


 セラフィーナの澄んだ水色の虹彩に違う色が煌めく。


「……あっそう」


 そうひとりごちてセラフィーナは銀髪の少年の背後を追いかけた。


 *


 そこは店というよりはゴミ捨て場と言うべき場所だった。おそらく店主は雑貨屋を自称しているつもりなのだろう。が、陳列という概念が無さそうな商品の並べ方がハインリッヒとセラフィーナの潔癖性に障った。


 二人は店内を見渡し、店主や店員の姿を探した。どこにも居ない。気配も無い。最初から誰も居なかったかのようだ。


「これじゃ廃墟じゃない」

「地図にはここだとポイントされてるんだがな。……ちょっと待ってくれ」


 ハインリッヒは指を鳴らし、シェイプシフターを呼び出した。どこからともなく魔導書に化けた魔物が現れ、中空で浮遊し始める。


「コイツ浮遊出来たっけ?」

「魔術を教えたら勝手に浮かぶようになった。……この建物を走査しろ」


 シェイプシフターは黒い縦に割れた瞳孔から光を発し、壁や天井を照らす。それはまるでスキャナーのようだ。


 ややあって、シェイプシフターはある幻影を中空に映し出した。建物の立体図。ハインリッヒとセラフィーナがいる一階から、二階部分までもが網羅されている。


「すごいわね、これは」

「コイツのおかげで苦労しない」


 二階部分がクローズアップされる。人の反応は無い。


「ここに居るだけ無駄じゃない?」

「いや、何か資料のような物を残している可能性があるかもしれない。少し見ていこう」

「絶対に無い」


 冷然と断言しつつも、セラフィーナは自らの衣服を一瞬で戦闘衣装に変化させた。ここが無人なのは確かだが、ほんの数日前までは人がいた形跡がある。ハインリッヒの言う事にも一理はあるだろう。


「先導してあげる」


 セラフィーナはレーテを短剣に変化させた。軽く振るってそのしなやかさを確かめる。


「使う機会が無いと良いが」


 ハインリッヒの独り言にセラフィーナはかすかな不快感を覚えた。無意識だが、敵と戦えるかもしれないという予想をしていたからである。セラフィーナは快楽主義者で、その側面ばかりをハインリッヒに押し付けていたが、やはり一人の戦士でもあった。


 自分たちは誰かに狙われている。その感覚はストレスに違いなかったが、同時に快感でもあった。適度の緊張感が心の弛緩を引き締め、警戒感を呼び覚ます。


「使う機会が巡ってきても、私が全部相手するからあなたは見てなさい」

「そうやって聞くと自分が情けなく思えてくるな。……当てにしてるよ」


 しかし結局はセラフィーナに頼らざるを得ないハインリッヒだった。魔力を無駄遣いして慣れない戦闘魔術を行使しても、それは素人の戦いである。


 女に守られるというと男としてはかなり情けないように聞こえるが、自分だけのプライドに固執しては命を落としてしまう。己がプライドを優先して死んだ魔術師は数知れず。先人の所業に倣う事は無い。


 だから強い婚約者に頼る。セラフィーナなら可憐に戦ってくれるだろう。自分の為に。


 *


 二階の廊下には外からの陽光が射し込んでいた。真新しいダンボール箱やゴミ袋が乱雑に置かれている。


「人は居たようね。けど気配が無いわ。本当にここで非合法の商人が営業していたの?」

「情報局の人間が言うには……」

「情報が古いって可能性は? 居たって確認出来ても、居なかったら意味無いでしょ」


 何せ認可されていない非合法の店だ。警察に摘発されたり、荷物をまとめて逃げ出したという可能性は大いにある。セラフィーナにとっては当たり前の懸念事項だったが、ハインリッヒにとってはそうではなかったようである。


「それは……考えていなかった」


 まるで天啓を授かったかのような婚約者の表情にセラフィーナは脱力しかけた。


「しっかりして! 情報を握ってるのはあなたなんだから! 変なところで抜けた部分を見せないで」

「大まかな指示しか与えてなかったから、今も昔も関係無く位置を網羅しちゃったのかも」

「情報局も大概だけど、一番ダメなのはあなたよ。抽象的な指示じゃ混乱を生むだけ。基本中の基本なんだけど」


 真っ当な指摘にハインリッヒは尻込みしたが、言い返さずにはいられない。


「君と違って軍事的な教育を受けた訳じゃ無いんだって」

「そうだとしても──」


 生意気なハインリッヒに説教を始めようとしたセラフィーナだったが、そのしかめっ面が突然警戒感に満ちた表情に切り替わった。


「なに──」

「頭を下げて!」


 セラフィーナに後頭部を掴まれ、顔面を地面に打ち付けられるハインリッヒ。頭上で窓ガラスが破壊される音が轟いたところでようやく婚約者の異常行動の意味を理解する。


「狙撃よ。顔を上げちゃダメ」

「魔術で防御してるから大丈夫なんじゃ……」

「銃痕を見なさい」


 セラフィーナは右側にある部屋を指差した。室内にあるロッカーが完全に破壊されている。


「魔術で強化した弾か。確かに自動防衛のシールドでは貫通してしまうな」

「シェイプシフターを呼んでさっきの図面を見せて」


 ハインリッヒはシェイプシフターを呼ぶ。


「さっきの図面を見せろ」


 偽魔導書は仮の主人たるハインリッヒの命令に従う。


 立体図が映し出されると、セラフィーナはそこから外までの最短ルートを作り出した。


 そして魔術で拡張した記憶領域にそれを焼き付けると、ハインリッヒの手を強く握った。


「行くわよ。離れたら許さないから」


 数瞬後、二人は立ち上がって走り出した。


 二人を狙って超高速の弾丸が降り注ぐ。破壊的な音を立ててガラスが割れ、軽量コンクリートの壁が砕け散る。


「テキトーに撃ちやがる!」

「敵に心当たり無いの?!」

「俺の敵か?! いすぎて分からん!」


 階段を下り、ドアを蹴破って二人は外に飛び出た。スナイパーからの射線は完全に切ったが、そこで安全となった訳では無かった。


「!!」


 数人の武装した集団が通りで待ち構えていた。男女関係無く一様に狼のマスクを着け、拳銃やサブマシンガンでハインリッヒとセラフィーナを銃撃し始めた。


「コイツら……!」

「ダメだ、セラフィーナ!」


 レーテを短剣から大鎌に変形させたセラフィーナをハインリッヒは制止し、手を引いて雑踏に逃げ込んだ。


「何で戦っちゃダメなの?!」

「騒ぎを起こしたら顔を知られる! 動きにくくなるぞ」


 頭上からの銃撃を二人は咄嗟に避けた。建物の上に先ほどの襲撃者たちが移動している。


「いつの間に!」


 狼のマスクを除けば一般人にしか見えない彼らは躊躇い無く銃を撃つ。ハインリッヒは防護魔術で、セラフィーナは大鎌を回転させて銃弾を弾いた。


「放置しても鬱陶しいだけだわ!」


 セラフィーナは近くにあった建物の突起に足をかけ、一瞬にして屋根の上に登った。


 そして目の前にいた狼仮面の男を縦に切り裂き、建物から蹴り落とす。男は果物が詰まった荷台の中に突っ込み、そのまま出てこなかった。


「さあ、来なさい!」


 挑むようにセラフィーナは叫ぶ。集団は怯みつつプラチナブロンドの少女に銃弾を浴びせるべく引き金を引く。


 純粋な瞬発力で銃弾を雨を避けつつ、セラフィーナは敵の人数を確認した。五人。全員が片手用サーベルを装備している。


 とはいえ、セラフィーナの敵ではない。伯爵令嬢は順番を定めると、一番近い敵に急接近した。


 近づかれたその女は咄嗟に腰のサーベルを抜こうとした。が、動きのスピードが違う。女はセラフィーナの振るう大鎌によって首を落とされた。


 女の首を切り落としたセラフィーナは、柔軟さを生かし回転跳びで後ろに下がった。数瞬前までいた場所を銃弾が通過する。


 男が自分をサブマシンガンで狙っているのをセラフィーナはほんの一瞬で確認するが、すぐには対処しない。まずは背後にいる敵を始末しなければ。


 セラフィーナの背後にいる敵は道を隔てた別の建物に立っていた。それが分かっているセラフィーナは回転跳びから屋根に足をつけた刹那、予備動作無しで再び後ろ向きに跳躍した。


 建物と建物の間で、プラチナブロンドの戦乙女が空中を舞う。宙返りで背後にいた敵と相対したセラフィーナは、大鎌の刃を勢いよく振るい、拳銃を突き出していた男を縦に両断した。


 二人が葬られ、残った三人は銃での攻撃が通らない事をようやく理解した。腰のサーベルを抜き構える。刀身には魔術がかかっているようだ。


「遅い!」


 セラフィーナは敵の判断を一喝する。魔術戦へ移行するタイミングがあまりにも遅すぎる上に、魔術でなら勝てると思われたのが屈辱でもあった。


 狼マスクの女が脚力を魔術で強化し、高く跳ねた。ついさっきのセラフィーナのように強力な一撃を食らわせようとしているのだ。


 しかしセラフィーナはその攻撃を軽く防いだ。初めて攻撃を受けた事で、セラフィーナは相手の程度を何となく読み取った。魔術戦は魔術師の質が分かりやすく示されるといわれている。放つ魔術や身体の強化具合、そして攻撃を受けた時の負傷の深さからでさえ魔術師としての質を読み取る事が出来るのだ。


 戦闘魔術師の大家に生まれ、最高水準の鍛練を積んだセラフィーナは、若年ながらも相手の力量が比較的正確に推定出来る。


(程度は並。訓練はされてるようだけど──)

「付け焼き刃の鍛練で私に勝とうなどと!」


 女を押し返し、その攻撃に合わせて背後に突進してきた男の突きを大鎌の刃で防ぐ。刃を見もせず、気配だけで防御したのだ。


 *


 頭上で行われている戦闘をハインリッヒは感嘆しつつ見上げていた。


「さすがは戦乙女。あれならすぐに終わるな」


 呑気な一言を呟いた瞬間、ハインリッヒは背後に魔力の流れを感知した。間髪入れずにハインリッヒを囲うように複数の魔方陣が発生する。


 ハインリッヒの周囲で大爆発が起きた。爆炎の中から焼けた腕や脚といった身体のパーツが飛び散る。物陰に隠れていた狼マスクの集団は突然の事態に驚愕し、思わず路上に飛び出してした。


「──バカどもが」


 爆炎の中から魔弾が発射され、狼マスクの襲撃者二人の身体が砕け散る。


「透明化すればバレないと思ったか!」


 爆発はハインリッヒが用意していた迎撃機構の一つだった。軽く念じる事で発動し、自身にシールド魔術をかけたその一瞬後にセットしていた爆破魔術を起動するという凶悪な代物だ。


 高硬度・高威力の魔術を同時にセットするなど、消費される魔力の多さを考えれば非常識と言う他無い。だが、千年の歴史を持ち、なおかつたゆまぬ研鑽と研究を代々絶やさなかった血族──クルツバッハ家にもなれば容易だ。数日前にセラフィーナが冗談でハインリッヒにナイフを突き立てた時もそうだったが、彼は通常の魔術師では考えられないほどに多様な迎撃機構を用意していた。


「研究一筋の家系ではあるが、お前らのような歴史の浅い連中に負ける無能ではない!」


 内心では本格的な戦闘に突入してしまった事に焦燥感を覚えていた。


 だが、ここまで敵対者を壊滅せしめて情報が敵方に届かないしなければならない。緊張感がハインリッヒの身体に走る。


 銀髪の少年がエーデル・シュトラールを構えると、襲撃者たちは後ずさる。彼の構えた魔導銃が、見たことも無い物だったからだ。


「来い!」


 ハインリッヒは白銀の魔導銃の引き金を引いた。






 


 


 




 


 


 




 


 



 



 


 




 

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