26
いよいよ文化祭前日。リハーサルだ。軽音部の順番は割と後半。トリの吹奏楽部の前である。ステージ裏で陽希が言った。
「吹奏楽部を観たいっていう人は毎年多いみたい。だから、ひとつ前の俺たちも大勢きてくれるかも」
「わぁっ……それって嬉しいけど、失敗できないね」
大我が言った。
「まっ、今日は機材の搬入の段取りとか、そういうのがメインだからさ。千歳は気にせず、いつも通り伸び伸び歌えよ」
「うん!」
自分のために歌う。そう決めてから僕は、完全に吹っ切れた。音楽室で何度か通してやってみたが、歌が楽しくて仕方なかったし、МCもハキハキできたし、これなら成功しそうだ。
そう、思っていた。実際のステージに立ち、スポットライトを浴びるまでは。
――どうしよう。マイクを持つ手に力が入らない。
客席には、リハーサルの終わった他の文化部や、実行委員の生徒くらいしかいない。空席がほとんどだ。それなのに、僕はすくんでしまった。心臓が高鳴り、上手く息ができない。
アナウンスが流れた。
「軽音部の演奏です」
打ち合せ通りに、陽希がスティックを鳴らす音から始まった。いきなり「遠雷」から入ってインパクトを出すのだ。静人のギターの音色をきちんと聴いていたはずなのに、声を出すタイミングが遅れた。出だしの歌詞を飛ばし、途中から持ち直して歌い切り、なんとかリハーサルは終わったのだが。
――ボロボロだ。
ステージを降りた僕は、隅の方でしゃがみこんだ。陽希たちは機材の撤収があるのでまだステージの上だ。僕は歯を食いしばり、頭をおさえつけた。
「千歳、大丈夫か?」
声をかけてきたのは陽希だった。
「ごめん……全然できなかった」
あふれそうになるものを何とかこらえ、立ち上がって陽希の顔を見た。いつになく真剣な表情だ。静人と大我も寄ってきた。陽希が言った。
「とりあえず、時間内に終われたし、その辺りは問題ない。とりあえず部室行こう」
部室のいつもの席に四人が座った。おどけたように大我が言った。
「いやぁ、やっぱりさぁ、実際のステージって違うよな。オレけっこう間違えちゃった」
静人も言った。
「まあ、しょせんボクたちは高校生だよ。多少失敗したっていい。千歳もさ、今日はゆっくり休んで、体調整えて。千歳が元気だったらそれでいいから」
「ごめん、みんな……」
帰りの電車の中では、僕も陽希も一言も喋らなかった。僕はぐるぐると今日の失態のことばかり考えていた。リハーサルで、あれだけ緊張してしまうなんて。本番はどうなってしまうのか。
「千歳。寄るだろ、公園」
「……うん」
もう日が暮れかかっていた。ベンチに座り、僕は何から言い訳をすればいいのか必死に頭を働かせていた。先に陽希が口を開いた。
「静人も言ってたけど、失敗してもいいんだって。とにかく三曲やり切ろう。なっ?」
「僕は……それじゃ納得いかないよ」
「体育祭の時もそうだったけど、千歳って結果にこだわるよな。いいとこでもあるけど、悪いとこでもあるぞ」
悪い、と言われてムキになってしまった。
「僕は最高のステージにしたいんだってば! 陽希だって言ってたじゃないか、最高の思い出にしたいって!」
「言ったけど、それと歌のミスは別であって」
「大体、最初から僕には無理だったんだよ! ボーカルやるなんてさ! あんな無理やり軽音部に入れられて、迷惑だったよ!」
「あのなぁ、千歳、それは悪かったけど……」
「どうせ陽希は僕の歌だけあれば良かったんでしょ! 僕の気持ちなんてガン無視だったじゃないか! 僕の歌だけが目当てだったんでしょ!」
陽希は怒鳴った。
「それは違う!」
僕はびくりと肩を震わせた。
「俺は……俺はさぁ、千歳のことが好きなんだよ! 親友以上に想ってるよ! 千歳を俺の側に置きたいからって、そんな理由で軽音部作ったんだよ!」
「えっ……陽希?」
おそるおそる陽希の顔を見ると、涙でグシャグシャになっていた。
「こんな形で伝えるつもりじゃなかった。っていうか、伝える気なかった。俺の本当の気持ちは隠したままで、側にいられるだけでいいって、そう考えてたんだよ……」
「陽希……」
――それじゃ、「サクラナミキ」の「僕」と一緒じゃないか。陽希が僕に向けていたのは、恋愛感情だった……?
陽希の口からは濁流のように言葉が出てきた。
「小学生の時に、千歳につきまとってたのも、好きだったから。恋って呼ぶんだって気付いたのは、中学生になって千歳がいなくなってから。入学式の時、千歳とまた会えて、今度こそ離れたくなかった。静人と大我には悪いけど、そんな不純な動機で軽音部作った」
陽希はごしごしと顔をぬぐい、ひきつった笑顔を僕に向けてきた。
「……ははっ。こんなこと、言われても困るよな。よりによって文化祭前日にさ。やっぱり出るのやめとく? 静人と大我は俺が説得するし」
僕は声を荒げた。
「ダメ! 出る。やめない。歌わせて! 歌ってから、きちんと返事したい!」
「返事……?」
「だ、だって、さっきの告白でしょ? 僕、考えるから。きちんと考えるから。僕の気持ちも整理させてくれない?」
「うん……わかった……」
のっそりと陽希が立ち上がり、僕の顔も見ずに立ち去ろうとした。僕は大声を張り上げた。
「陽希! 明日、学校でね!」
陽希は振り向かずに行ってしまった。
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