27

 とぼとぼと自宅に帰ると、玄関にパンプスがあった。


 ――あっ、そうか。姉ちゃん帰ってるんだった。


 リビングに入ると、ふわりといい匂いがしていた。姉はキッチンに立っていた。


「おかえり千歳! お父さんとお母さん、今日は遅いんだって。だから二人でご飯食べよう。千歳の好きなクリームシチュー作った!」

「ありがとう、姉ちゃん……」


 僕は制服のまま席についた。すぐに姉がクリームシチューを持ってきてくれた。


「どう? 美味しい?」

「美味しいよ」

「その割には浮かない顔してるね。やっぱり明日の文化祭、緊張してる?」

「それが……その……」


 一人じゃ抱えきれない。僕は言った。


「軽音部に誘ってくれた陽希の話したじゃん。そいつ、僕のこと好きだったらしくて……どうしたらいいのかわかんなくて……」

「えっ……ええー?」


 僕は今日起こったことを全て姉に話した。リハーサルが上手くいかなかったこと。八つ当たりのようなことを陽希にしてしまったこと。陽希に告白されたということ。姉は茶化さず真面目に聞いてくれていた。


「うん……そっかぁ。千歳、月嶺山までドライブしよう。そこで続き聞いてあげる」

「えっ、今から?」

「だって、お父さんとお母さんには言いにくいでしょ? ほらほら、さっさと食べて着替える!」


 確かに車の中なら姉と二人きりになれる。僕は着替えて車の助手席に乗り込んだ。


「はい、シートベルトしめてね。出発!」


 辺りはすでに真っ暗だ。姉はおそらく展望台を目指すのだろう。山道に入るまでに、陽希が僕のことを小学生の時から好きだったらしい、ということの説明を済ませた。


「じゃあ、最初は陽希くんのこと嫌いだったんだ?」

「嫌いとまではいかないけど、苦手だった。でも、色々あって。親友になれたと僕は思ってて」

「陽希くんにとっては……そうじゃなかったんだね」


 山道に入ると、対向車は少なくなり、曲がりくねる道の先だけがライトで照らされていた。


「千歳は陽希くんのこと、気持ち悪いとか思った?」

「それはない。まあ、僕と居たいから軽音部作った、っていう理由にはびっくりしたけど」

「千歳はこの先どうしたいの? 陽希くんと一緒に音楽やりたい?」

「それは……やりたい。軽音部は僕の居場所だし。あの四人で演奏するのは楽しいし」

「ふんふん……そっか。さっ、そろそろ展望台だよ」


 展望台に着き、車から出ると、冷たい風が吹き付けた。先に自販機に行き、砂糖とミルク入りのホットコーヒーを姉に買ってもらった。ここは観光スポットとなっているのだが、他に人はいなかった。僕と姉は、湊市を一望できる位置にあったベンチに座った。


「姉ちゃん。恋愛って……何?」


 そもそものところから確認したくて、そう質問した。


「そうだねぇ。お姉ちゃんはね、恋愛って、綺麗なだけのものじゃないと思ってるんだ」

「どういうこと?」

「好きな人ができて。その人が、他の人と仲良くしてたりして、憎らしくなって。要するに嫉妬だね。そういう汚い感情も恋愛には入るんじゃないかな」


 思い当たる節があった。陽希が実行委員で僕に構ってくれなくなったことだ。あの時、僕は……嫉妬していた?


「お姉ちゃんもさ。彼のこと、二十四時間独り占めしたい! とか思うけど、そうはいかないわけよ。仕事だってある。友達付き合いもある」

「ケンカとかもしたの?」

「多少ね。でも、プロポーズしてくれて。一生を共にしたいって言ってくれて。ほら……病める時も健やかなる時も、ってあるじゃない?」

「死が二人を分かつまで……?」

「そう、それ」


 姉は夜空に両腕を突き出し、伸びをしてから聞いてきた。


「どう? 千歳は陽希くんと、一生一緒に居たいと思う? どんな時もだよ?」

「僕は……そこまではまだ、わからない。でも、離れたくない。陽希はさ、僕が熱中症で倒れた時も、側にいてくれたから。仮に陽希が病気になったら、僕が支えたい……かも」


 遠くで船の汽笛の音が聞こえた。僕はきらびやかな街の明かりを見つめ、ため息をついた。


「僕、一つはハッキリした。陽希の気持ち、嬉しい。そういう風に想ってくれてるってこと、凄く嬉しい。打算とか妥協とかじゃなくて、好きだから一緒に居たいって言ってくれたの、素直に嬉しい」

「……お姉ちゃんは、応援するよ。千歳がどんな決断をしたとしても。そろそろ帰ろうか、怒られちゃう」


 帰宅して、熱いシャワーを浴び、ベッドに寝転んだ。姉と話したことでスッキリした。お陰でこれから陽希とどうしていきたいのかが決まった。


 ――僕は歌うよ。想いを込めて。


 こわいものはもう何もない。明日のステージに、僕は懸ける。

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