20
八月二十日。僕は十六歳になった。
机の上のヒマワリが生き生きとした笑顔を向けてくれていた。それに勇気をもらい、家を出た。今日は午前中に音楽室が使える日だ。
静人と大我にはわざわざ誕生日であることは告げていないが、陽希は覚えているはず。今度は僕がコーヒーをおごってもらおう等と考えながら電車に乗った。
音楽室に着くと、僕以外の三人は既に来ていて、楽器のセッティングをしていた。陽希がドラムセットから顔を出して言った。
「おはよう千歳! 今日は三曲ぶっ続けでやるぞ!」
「任せといて。歌詞は完璧に覚えた!」
今の僕に足りないもの。それはおそらく自信だ。文化祭には生徒も教師も部外者もやってくる。僕のことを知らない人の方が多数だと思った方がいい。その状況で、果たして胸を張ってやれるのか。
恐れを克服するには、とにかく歌うしかないと思った。この身体全てに歌を染み込ませて放つ。僕は本物のグレーキャットの一号のようにはきっとできない。「植木千歳」として精一杯のことをするまでだ。
何度か通してやった後、休憩ということで僕は音楽室の椅子に座ってペットボトルの水を飲んだ。静人が言った。
「千歳……調子いいね。遠慮がなくなってきた」
「そうかな。そうだといいけど」
「陽希と大我は走りがち。テンポが早くなってるって意味ね」
僕の歌はともかく、演奏で一番難易度が高いのは「遠雷」だということで、残り時間はその練習にあてた。これは、何かと戦う人の曲だと僕は解釈していて、自分に当てはめてみると……敵は自分自身の弱さだ。
――目をそらすな、立ち向かえ
そんなフレーズを、言い聞かせるように歌う。歌う度に、深く深く刻み込まれる。そんな気がしていた。
昼になり、練習時間が終わると、陽希が言った。
「あー、千歳は先に部室で待ってて。ちょっと色々あるから」
「ん? そうなの?」
僕は一人で部室に行った。違和感があった。机の上がやけに綺麗だったのだ。ぴかぴかに拭かれた感じまでする。いつの間に掃除していたのだろう。誰がそうしたのだろう。皆が戻ってきたら聞いてみよう、と決めて、僕は天気予報を確認した。フェスの日は、今のところ晴れだ。
しばらくして扉が開いたので、振り返ると、パンッ! と大きな破裂音がした。
「うわっ!」
「千歳! 誕生日おめでとう!」
音は、静人と大我が鳴らしたクラッカーだった。そして陽希は、白い大きな箱を両手に持っていた。
「な……何? 何?」
「俺、お返しはするって言ったろ? ケーキ! みんなで食べよう!」
あっという間に机の上にケーキと紙皿と紙コップが並び、即席の誕生日会場ができあがった。
「み、みんないつから準備してたわけ?」
大我が言った。
「夏休みに入ってすぐに計画してたんだよね。ケーキは大西先生に頼んで、職員室の冷蔵庫で冷やしてもらってた」
すると、大西先生まで、箱を抱えてやってきた。
「みんな! ピザ届いたよ!」
陽希が言った。
「ありがとう美音ちゃん!」
「こら! 美音ちゃん言うな!」
椅子が追加でもう一脚運び込まれ、五人で机を囲んだ。僕はおそるおそる大西先生に尋ねた。
「それ……宅配ピザですよね? ミナコーを受取先にしたんですか?」
「そう! いやぁ、他の先生にバレたら怒られるだろうね。みんな内緒ね?」
まずは冷めないうちにピザを頂いた。こんな風に友達に祝われるのは初めてだ。どういう態度が正解なのか全くわからない。会話は陽希が回した。
「これで俺と千歳は先に十六歳だな! 静人も大我も誕生日は一月だろ? お先に!」
それから、陽希は度胸のあることをしでかした。
「で、美音ちゃん今年で何歳?」
「だから、美音ちゃん言うな! こんなガキ共には絶対教えないからね!」
「わっ、美音ちゃん口悪ぅ」
「大西先生って呼びなさい!」
ケーキは、苺がたっぷり乗ったショートケーキだった。五人分。かなり大きい。けっこうなお値段だろうな……。僕は素直に味の感想を言うことにした。
「うん、すごく美味しい。クリームもちょうどいい甘さ」
陽希が僕を見つめて言った。
「よかったぁ。俺が選んだんだけどさ。千歳、苺好きだと思って……」
「うん、大好き!」
「うっ……かわ……何でもない……」
帰りの電車の中で、僕は陽希に言った。
「ねえ……なんか、何倍にもして返してもらっちゃったよね。僕、陽希の時、百二十円の缶コーヒーだったのに」
「気にすんなって。他のみんなも、ピザとケーキ食べたさにやったようなもんなんだから。パーティーするのに千歳の誕生日を利用させてもらったってわけ」
陽希はそう言ったが、僕にはわかっていた。おそらく、僕に罪悪感を抱かせないためにそんな言葉選びをしたのだろう。ここはその通りに受け取っておくことにした。
「ありがとうね、陽希。嬉しかった」
「来年の誕生日も祝ってやるよ」
そして、交差点でハイタッチをして別れた。
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