18

 夏休み中の節約昼食の種類は徐々に増えていった。卵かけごはん。そうめん。レトルトカレー。夕食は母が作ってくれるから栄養バランスはとれている。多分。

 筋トレも続けていた。身体つきはそんなに変わらず細いままだけど、練習の時に声を出しやすくなってきた。

 宿題も終わらせることができて、僕はフェスの予習に没頭した。


 ――僕の初めてのライブ体験。スマホの画面で観るよりも、何倍も興奮できるんだろうな。


 心配なのは天気だった。多少の雨なら開催するようだが、台風がこないかどうか。僕は天気予報のアプリとにらめっこをするようになった。

 お盆期間中、午前に音楽室が使える日があったのだが、静人は帰省、大我は旅行で来れなかったので、僕は一人で陽希のドラム練習を見守った。


「……ふぅ。遠雷のフィルイン、ようやくカッコつくようになってきた」

「陽希、前も聞いたかもしれないけど、フィルインって何?」

「ああ、ドラムのキメの部分だよ。遠雷で言うと、タタッターツタッターン! のとこ」

「ちょっと変化がある部分ってこと?」

「そうそれ」


 陽希の前髪はずいぶん伸びており、ちょんまげのようにヘアゴムで束ねていた。広く形のいい額が丸見えだ。


「千歳、お昼どうする? 二人で何か食べる?」

「そうだね。最近節約メニューばっかりで飽きてきたし……ちょっとはいいもの食べたいな」

「じゃあ、いいとこ連れて行ってやる」


 二人で音楽室の施錠をして鍵を返し、ミナコーを出た。陽希の前髪はちょんまげのままだ。本人はおろすのを忘れているのかどうなのか。その状態も似合っているので何も言わないことにした。それよりも気になるのは、どこへ案内してくれるかだ。


「千歳、電車、帰るのと反対側な。新しい店ができたってネットで見たんだよ」


 陽希は二駅行ったところで降りた。僕は陽希の半歩後ろをちょこちょこと着いていった。到着したのは、複数の飲食店が入ったビルだった。


「ここの六階。さっ、行こう」


 僕はエレベーター内に書かれていた店舗名を見た。六階は「スイーツオアシス」。


「えっ、スイーツ?」

「そう! スイーツビュッフェ! 千歳、甘いもの好きだろ?」

「まあ、そうだけど……」


 エレベーターを降りると、パステルピンクの看板の前に女の子たちが並んでいた。陽希が言った。


「へへっ、実は予約してるんだ。だから並ばなくても大丈夫」

「なんか……僕たち場違いじゃない? 女の子ばっかり。入りにくいよ」

「あっ、ごめん……そこまで考えてなかった」


 たちまち眉を下げてしまった陽希。僕は慌ててこう言った。


「え、えっと、僕が甘いもの好きだからって考えて予約してくれたんでしょ? 僕のこと、陽希なりに考えてくれてたってわけでしょ? だから……それは嬉しいよ?」

「なんか……空回りしてんな、俺。これじゃガキの頃と変わんねぇし」

「僕、食べ放題は好き。いいよ、入ろう?」


 僕はずん、と足を踏み出した。入ってしまえば何とかなると思ったのだ。そのままの勢いで店員に話しかけた。


「すみませーん、予約してるんですけど!」

「あっ、千歳、スマホの画面見せなきゃダメだから!」


 そして、通されたのは、奥の方の席だった。スイーツを取りに行くには遠いが、目立たない場所なので助かった。


「さーて陽希、たくさん食べよう!」

「……うん!」


 スイーツビュッフェなんて生まれて初めてだ。ここにあるもの全てを好きなだけ食べてもいいなんて贅沢だ。ずらりと並んだケーキを僕は片っ端から皿に入れていった。


「……千歳、欲張りすぎ。っていうか不器用だなぁ」

「えっ?」


 皿のフチのギリギリまでケーキを敷き詰めたので、ショートケーキに隣のチョコケーキのクリームがついてぐちゃぐちゃになっていた。


「お腹に入れば一緒だもん!」

「かわ……何でもない。まあ、そうだよな、うん」


 席に戻り、ケーキを頬張っていく。普段そんなに食べない僕だが、食べ放題となると食い意地が張ってしまう。元を取りたい、というやつだ。


「千歳は美味しそうに食べるなぁ」

「だって美味しいんだもん。苺ムース、甘酸っぱくてよかったな……もう一個取ってこようっと」


 二週目、僕はまたケーキを取ったが、陽希はパスタにした。時間制限もあるし、と無言で食べることに熱中してしまった。

 アイスも見つけたので、全種類少しずつ頂いた。陽希はのんびりとアイスコーヒーをストローですすった。


「もう、千歳。ほっぺたにアイスついてる」


 にゅっと陽希の手が伸びてきて、僕の頬をぬぐった。そして、陽希はその手をぺろりと舐めた。


「ちょっ、陽希! 何してるんだよ!」

「ああ……なんかつい」

「まあ、いいけどさぁ」


 お腹はもうパンパン。一滴の水も入りそうにない。僕は椅子の背もたれに背中を預けた。


「はぁ……美味しかった。ありがとう、陽希」

「どういたしまして。今度は勝手に予約しないで、ちゃんと千歳に聞いてからにするな?」

「うん、そうして」


 会計の時、陽希がおごると言い出したが、自分のお代はキッチリ払った。


「僕たちは対等でしょ」

「こだわるなぁ、そこ」


 痛い出費ではあったが、多分元は取れたのでよしとする。

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