17

 夏休みに入って初めての練習。今日は午前中いっぱい音楽室が使える。多少できないところはあっても、課題の三曲を通して演奏できるようになろう、とやってみた。

 個人的に難しいのはテンションの切り替えだ。「遠雷」「フォーマルハウト」とテンポの早い曲の後にしっとりとした「サクラナミキ」。そこの戸惑いを見抜いていたのが静人だった。


「提案だけど……フォーマルハウトの後にMC入れる? そこでちょっとクールダウン」

「えっ、僕に喋れってこと?」

「そう」


 だが、グレーキャットはMCがほとんどないことで有名だ。参考になるものがない。


「し、静人……何言えばいいの?」

「そこは……自分で考えて」

「ええ……」


 大我が僕の方に寄ってきた。


「オレが一緒に考えるよ。挨拶なら入学式の時にしたし」

「頼む、大我!」


 陽希と静人はそれぞれ自分の練習。僕と大我はMCのネタ作りに取りかかった。大我は言った。


「文化祭のステージってさ。展示とか模擬店もあるのに、わざわざ時間割いて来てくれてるわけ。その感謝は入れた方がいいと思う」

「……なるほど」

「それで、サクラナミキの曲紹介をしてから演奏に繋げる、っていう風にすればスムーズなんじゃないかな?」

「す、凄いね大我。一気にそんなに思いつくなんて……」


 僕はスマホのメモ帳に、思いついたフレーズを入力していった。そうこうしていると、大西先生がやってきた。


「おっ! 元気にやってるねぇ!」


 大西先生は、茶色いエプロンをつけていて、そこには絵の具がついていた。僕は尋ねた。


「大西先生、美術室にいたんですか?」

「そうだよ。美術部は毎日活動してるからね。こっちにあまり顔見せれなくてごめんね?」


 それから、大西先生は陽希のところへ行った。


「房南くん、どう? 難しいとことかある?」

「大西先生、ドラム譜のここの部分なんですけど……」

「ふぅん……わたしが叩いてみようか?」


 陽希が椅子から立ち、大西先生が座ってスティックを握った。その軽やかなドラムさばきに、僕たち四人は見とれてしまった。静人がぼそっ、と言った。


「……上手いっすね」

「今でもストレス解消にスタジオ行くからね、一人で。さっ、次房南くんやってみて!」

「はい!」


 一通りの練習が終わり、時間になったので片付けを始めた。大西先生は美術室に戻っていった。音楽室の戸締まりをして、職員室に鍵を返しに行く途中で、静人が言った。


「この後みんなで焼肉食べに行かない? うちの父親が株やってて、株主優待券があるんだよ。それでおごる」


 大声を張り上げたのは陽希だった。


「行く! 行く行く! 肉食べたい肉!」

「じゃあ決まり。駅前だからさ。行こうか」


 入ったのは、食べ放題の焼肉屋だった。うちの家族は滅多に外食をしないので、僕も浮かれてきてしまった。

 注文はタブレットでするらしい。大我がそれを操作し、色々と聞いてきた。


「ライスどうする? いる人はー?」


 陽希がぶんぶん手を振り上げた。


「いるいるー! 一番大きいやつな!」


 僕は肉の部位やら何やらはよくわからなかったので、大我に任せてしまった。焼くのも大我だ。


「オレがそれぞれ皿に取り分けてやるから、勝手に取らないこと!」


 もくもくと煙をあげる七輪。したたる肉汁。焼き立ての肉は分厚くて噛み応えがあって、僕は大我に皿に入れてもらうそばから即座に口に放り込んでいった。

 腹がふくれてきて、勢いも収まった頃、大我が言った。


「なぁ……大西先生って何歳だと思う?」


 陽希が答えた。


「ノリいいし、グレキャにも詳しいし、二十代なんじゃね?」


 大我が首を振った。


「それが、オレ、六歳上の兄貴がいてさ。ミナコー出身なんだけど。その頃から大西先生いたってさ」


 僕たちは箸を止めて顔を見合わせた。僕はおそるおそる言った。


「じゃあ……少なくとも三十代?」

「多分。見えねぇよな……」


 さらに大我はこんなことを言った。


「で、下の名前が、美しい音で美音っていうらしいんだけど。うちの兄貴は美音ちゃんって呼んでて、毎回怒られてたらしくて」


 陽希がニヤニヤしはじめた。


「じゃあ今度、誰か美音ちゃんって呼んでみてよ」


 静人が返した。


「そういうのは言い出しっぺがするべきだね」

「あ……やっぱりそう? ひひっ、言ってみようっと」


 肉を焼き終わり、デザートを決めることにした。といってもアイスしかない。味を選ぶだけだ。僕はチョコにした。バニラにした陽希が言ってきた。


「なぁ、チョコも食べたかったんだよ、ちょっと一口交換しよう」

「ええ……ちょっとだよ? ちょっとだけだよ? いっぱい取ったらその分僕も取るよ?」

「あ、ってことは交換自体はいいんだ。ちょっともらう!」


 陽希がすくった「ちょっと」は、僕の想定より多かった。僕はそれと同じくらいバニラもすくって食べた。

 最後に僕は静人に礼を言った。


「ありがとう。焼肉ってほとんど行ったことないから楽しかった」

「……そう。それならよかった」


 焼肉屋を出ると、アブラゼミだろう、激しい音がしていた。夏はまだ、始まったばかりだ。

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