第2話 不法侵入
都市郊外にあるオフィスビル。都市部にあればランドマークにもなりうるほど高層であったそれは、人の気配を感じさせない枯れた土地にそびえ立っていた。
「なんか……ラストダンジョンみたい。魔王城的な」
「64階建てらしいし見た目だけは立派じゃない」
「64階……ちなみに目標は何階にあるの?」
カノジョは夜空を突き上げんとするビルを見上げながら、リーダーに質問する。
「COMで確認できるでしょ」
「いや、一応聞いとこうと思って」
「測定器によれば約220メートル付近……つまり50階より上ね」
「50階……」
そう言うとカノジョは乾いた笑いをこぼし、「電気が死んでませんように……」と呟いた。
「それは期待できないだろうけど……まぁ状況確認のために中に入ろう」
物理的に封鎖された入口をこじ開け侵入すると、開けたエントランスホールが広がっている。室内の光源は窓から差し込む微かな月明りだけ。カノジョたちはCOMのライトをつけた。
「おぉ! ちょっと散らかってるけど、やっぱり最新のビルって感じ。思ったよりキレーじゃん」
「この建物は2年前に完成したらしい。落ちている物は避難当時に放棄されたものでしょう。」
「勿体ないね。これなんて最新モデルでしょ? 車何十台買えるのやら……」
レセプションと思われるカウンターの裏には大型のホログラフィック投影サイネージが置かれており、カノジョはそれを興味深そうに眺めている。
「あまりうろつかないで。ひとまず電気室に向かうわ。使えそうなら復旧して、そこから目標へ向かおう」
「膝軟骨は大事にしたいね」
フルフェイス型通信デバイス【通称:COM】にHUD型ウィンドウでルートが視線上に描画される。
ウィンドウには装着者の心拍数やストレス値といった健康状態、空気中の濃度を測定する計測機器、事前にダウンロードされたデータで道上にナビゲーションをするMR機能などを搭載した装備で、装着者が見て聞いたもの等を映像として記録する役目もある。
カノジョたちはルートに従い、その道中にあるものを照らすように地下にある電気室へ向かう。
「にしても非常灯も作動してないから暗すぎるね。暗いとなんか出てきそう……こう通路から『ガバッ!』っと出てきたりして……ダンジョンみたいに!」
「さっきからRPGで例えるのはなんなの? でもたしかにそうね。封鎖されていたとは言え、浮浪者や侵入者がいないとも限らないし。不測の事態に備えないと」
リーダーは腰のホルスターに手を当てて数秒、カノジョにあごをしゃくる。『必要に応じて使用してよい』という意味をカノジョは汲み取った。
「了解。でもこれじゃあちょっと頼りないよね。μ装備って火器が制限されすぎ」
「あくまで回収用、戦闘や工作は意図してないのよ……だから手早くいきましょ、着いたわ」
【電気室(第二)】のプレートを掲げる扉の前に到着し、先頭に立っていたリーダーがドアノブを回す。だが、扉が動くことはなかった。
「やっぱりロックされてるみたいね。資格認証のスキャンがメインでIDパスと時代遅れな生体スキャンモジュール……」
扉の横に設けられたそれらを一瞥し、天井を見上げたあと、視線をノブの下にうつす。そしてグローブ越しにノブの周りを撫でるリーダーは、ヘルメットの下で密かに口角を吊り上げた。
「おまけの鍵穴。随分と丁寧なセキュリティだったみたいね。ありがたい話」
「設計者に感謝しとかないとね……はい」
「それもそうね」
カノジョが手渡したのはガチャガチャのカプセルサイズの【ON】と書かれている白い球体。それを鍵穴に押し付けるようにして数秒、ガチャリと錠の開く音と同時に、球体から「OPEN SESAME」と鳴き声のような音がした。
「”こいつ”はいつも仕事がはやいや」
電気室に進めば、そこには規則正しく並んだ多数の配電盤や分電盤といった配電設備が備えられていた。部屋の奥には【第二ジェネレーター】と書かれたプレートと、一つの扉があり先のものと同等のセキュリティがかけられていた。
「私はサブジェネレーターを見てくるわ。配電盤を見ておいて」
「りょうかーい」
リーダーは施錠された発電室へと向かい、カノジョはこの部屋にある配電盤の蓋を開ける。
開けば丁寧に束でパッキングされた新品丸出しのケーブルと、大小さまざまなトグルスイッチがONのままであった。
「うん、無傷! セキュリティアラートだけ切って、っと」
警備アラートにつながる部分だけをOFFにして、発電室への扉にたつリーダーの元へ向かう。
「終わったよー」
「ちょっと。ちゃんと確認したの? 早すぎるわ、こっちはまだ開けて「OPEN SESAME!!」……丁度開いたけど」
「じゃあいこー」
「もう……」
電気室の二倍はあろう発電室内の中央には三基のジェネレーターがふんぞり返るように置かれていた。壁には電磁シールドが施されており、カノジョはそれを珍しそうに撫で、何かに気づいたように声をあげる。
「見て! 繊維性混合ポリマーの電磁シールドだよこれ! すっごい高いんだよ! こんな一面に貼りつけちゃって……持って帰ってうちにも貼ろうよ」
「そんなことどうでもいいから再起動させてみましょう。管制室は……向こう
ね」
管制室への階段を上り、コントロールパネルを触る。
しかし画面は暗いままで何の反応も示さない。
「どうりで、非常用のサブも根っこから死んでるわけね。ここの管理システムはどうなってるのかしら」
「まぁまぁ。そういいなさんな……あらよっ、と」
そう言いながらカノジョはコントロールパネル台下を開き、ケーブルをCOMに接続した後、キーボードを打つ動作をする。
「いつみても間抜けね。それ」
「ちょっとやめてよ、なんか恥ずかしいじゃん」
傍目からはエアーのような真似事のように見えるが、カノジョのCOMを通した視界にはキーボードがそこにはあった。
「時間かかりそう?」
「ううん、もうすぐ……はいっ」
1分立たぬうちに作業を完了したカノジョは親指を立てて合図、すると同時にパネルには赤文字で【EMERGENCY REBOOT】と書かれたボタンが表示され、リーダーはそれを押す。
〈ガタン……ガタン……ガタン〉
と三基の発電機が連続して起動する音が響き、唸り声のような低い音から徐々に高い音へと変移していく。
「どう? 平気そう?」
「えぇ。数分もすれば自動で主電源に切り替わる。あなたの仕事はいつもはやいわね」
「へへっ、まぁね。じゃあエレベーター行きましょー」
来た道を戻りエントランスを抜け、エレベーターホールから六対の内の一つに乗り込む。
「ふぅーさすがに今日は焦ったね、64階も階段上るなんて鬼畜だよ鬼畜。動いてくれて良かったー」
やれやれといった様子で軽口をたたくカノジョ。
「こんなことで根をあげられるような訓練をしなかったわけじゃないでしょ? なんでもできるからって、そういう横着すると将来が悲惨よ」
一方のリーダーもどこか安心したような口調でそう言った。しかしそれも束の間、次の瞬間にはきっぱりと言い放つ。
「でも乗るのは50階までよ。そこからは中央のエスカレーターで測定しながら移動する」
「はいはい。でもエスカレーターなら階段よりはマシだよね」
「だといいわね……」
含みのある言い方にカノジョも何かを察し、無意識にホルスターへと手を動かす。
〈ピコンッ〉
どこか気の抜ける通知音を鳴らし、エレベーターのアナウンスが流れる。
《50階商業フロ露路 炉嗚 呼亜あああああ》
曝露した機械音声の奇怪な報せを耳朶に響かせた二人は、開いた先の景色に顔を顰めた。
「もうこれってさ───」
眼前に広がるのはボロボロに朽ち果て、混沌が住まう場所。
柱には大蛇のように蠢く奈落が這い、壁からは夜空と太陽が垣間見え、天井には麻袋を被らされた人が逆さづりにされていた。
割れたスピーカーからは歪なクラシックが流れ続け、浸水した地面には『ゆ』が泳いでいた。
「───完全にダンジョンじゃん」
カノジョの独り言がやけに、リーダーの耳に届いた。
次の更新予定
特遺物特別回収班:第451小隊 《118》 @-118-
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