特遺物特別回収班:第451小隊

《118》

第1話 仕事の時間


「起きなさい」


「ぅぐっ」


ソファの角を蹴り、寝ていた彼女を起こすのはフルフェイスとタクティカル装備の仕事着を着ているリーダー。仕事仲間ではあるものの、睡眠の邪魔をされたので''カノジョ''は批難を向ける。


「ちょっと乱暴じゃない? 気持ちよく、転寝うたたねしてたのに」


「あなたのは転寝うたたねじゃなくて転寝ごろねでしょ。とにかく起きなさい、仕事の時間よ」


カノジョがコップの水を一口飲んでいる間に、テーブルに放り出される書類ケース。そこには【内部通報者連絡事項】と書かれているのが見え、思わず眉を顰める。


「えぇ……もう? はやくない? 今朝も作業あったじゃん。もう少し休ませて……」


「十分に休んでたでしょ、特にあなたは。いいから支度して、出発は22:30フタフタサンマル


左手に内巻きした腕時計を見れば、現在時刻は21時半を過ぎたところ。既にリーダーは部屋を後にしており、誰にも咎められることなく二度寝を決められるが……


「ぐえー、一時間もない……しょうがないなぁ、もう!」


誘惑に打ち勝ち、勢いつけて地面に立った彼女は軽くストレッチをする。背中を回せば、ゴリゴリと不健康そうな音を立て、腕を伸ばせば凝っていた筋肉に血が巡るのを感じる。カノジョの眠気が後ろ髪を引くが、意識は完全に覚醒した。


「じゃあね、マタゴロウ。行ってくる」


カノジョは扉の横にあるネコの置物に挨拶をして、更衣室に向かった。



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「今回のオブジェクトは【情報深度Ⅰ】。内部通報者の情報によると対象は物体であり、動きもなく安全。発見当時も大きな活動はなかったらしく、死傷者はゼロ。よって私たちだけで回収にあたる。当該地域では公的機関によって既に封鎖されており───」


気味が悪いほど揺らぎのない自動運転車に揺られながら、作戦概要を伝えるリーダー。


『私たち』という言葉は本来、話者と聞き手を指す言葉だが、三人以上の場合もある。だが、現実両手を広げても余裕のある空間の車内には二人しか乗っていない。にもかかわらず人数分以上の装備一式が車載として備えられていた。


『精鋭部隊』と言えば聞こえはいいが、実際には慢性的な人手不足による職務の洗練である。

つまり他の人間は出払っているけど、頑張ってねということらしい。


「いつも通りか」とカノジョは流れる景色を見ながら心の中で思う。


「等級も低いことから危険性はないものとみられるが、気を引き締めていけ。いつどこに厄災の種が蒔かれているかわからない。近頃はコンペティターの活性化が……聞いているの?」


「聞いてるって。要は避難も封鎖も完了してるからコラテラルは考慮せず、回収作業に集中しろってことでしょ」


あまりにおおざっぱな言い方であったが、間違ってはいないことから軽く俯き黙るリーダー。カノジョは続ける。


「それより最近忙しすぎない? いつ仕事が入るか分からないから全然眠れなかったんだけど!」


「さっきまで寝てたでしょうが……」とリーダーは呟き、ため息を吐きながら戦術端末で直近のシフト表を表示させ、突き出した。


「いい? 私たちは有事の際に対応しないといけないから基本的に基地に駐留していないといけないし、他の隊員は遠征で来週まで帰ってこない。ということは、私たちにしばらく休みはない上、悠長に外出する時間ももちろんあるわけない。わかった?」


シフト表にある自分の欄には⑨とびっしりと書かれており、それは緊急事態に備えるため、帰宅することはおろか外出も許可されないという意味のマーク。それはリーダーの欄にも同じように書かれている。


「え、マジ? なんでこんなに休みがないのッ!? 過労で死んじゃうよ!」


「だから言ってるでしょ。仕方ないの、諦めて。せいぜい一週間もすれば他の隊員も帰ってくるし休みも取れるんだから」


「ぅー……早く帰ってこいー!」


「ちょっと! あまりとっ散らかさないでよ」


言いながらカノジョは携行食を貪り、リーダーは注意する中、車内にアナウンスが響く。


《まもなく作戦地域に到達します。μ装備のロック解除。展開に備えてください》


車内スピーカーから通知音が響き、フルフェイス型通信デバイス【通称:COM】にHUDのウィンドウが展開する。


「さっさと回収して休みにしましょう」


「了解」


カノジョたちは各々の装備を携え、到着に備える。


《作戦地域に到達。”逆さ水”の回収作業を開始してください》


そのアナウンスが流れる終わると同時に、カノジョたちは現場に向かった。


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