第三部 拓哉は選ぶ

成瀬は怒りを表す

 成瀬視点。


 お昼休時間の教室は騒がしいけど、どこか静かに感じた。


 成瀬は買って来たパンをかじり、拓哉の席に目を向ける。今日で休んで一週間か。

 拓哉の居ない学校は冬なのに寒くない冬みたいだった。いつものみんなは元気が無くなっていた。自分のせいで拓哉が学校に来なくなってしまったと責任を感じているのだろう。


 それは、絶対に違うのに、誰も悪くない。


 けど、誰かのせいにしないと辛くなってしまう、このまま拓哉は学校を辞めるんじゃないかって。だからみんなは自分を責め続ける。


 責めることで何かが変わると願って。


 くだらねーよ。なんで自分を責めるだよ。


 俺は今、拓哉にイラついている。自分の気持ちが分からないから逃げて、逃げて、逃げ続ける。そんなバカな選択を選んだことにイラついてる。


 俺を頼れよ。


 成瀬は怒りながらパンを食べる。


 だいたい、早百合とかあいつは何を考えているんだよ。


 早百合はあれから元気がなく、空っぽな人になっている。別に誰も悪くないのにそんなに自分を責める必要がないだろ。


 成瀬が何故こんなにイラついているのか、何故みんなは拓哉に依存しているのか。

 それは、拓哉が良くも悪くも優しい人だからだ。


 こんなの楽しくねーよ。


 体を前に向けて、窓に目を向ける。冬なのに寒くないな。

 成瀬は悲しい顔で窓を眺め続けた。





 拓哉視点。

 今日で学校を休んで一週間か。


 暗い部屋で体育座りをしている拓哉。


 拓哉はスマホの電源を切っている、誰かから連絡が来るのは知っているから。

 俺は駄目な人間だ、ちゃんとやるべきこともできない。


 何もできない駄目な人間だ。


 拓哉はただ自分を追い詰める。追い詰めるしかやることがないから。

 早百合には最低なことをしたな、志保にだって、琴音だって、凜先輩だって。

 そして親友の成瀬にも。


 俺は最低だ、自分を守るためにこの部屋に逃げている。最低だ。

 うす暗い部屋は、さらに暗くなる。


 俺って何してるんだろうな。


 視線を下に向けたまま考える。


 俺の気持ちは変わったとか、ほざいといて、いつもこんな風になってしまうし、救うとか言ってるくせに誰も救えてない。


 はは、疲れたな。


 拓哉は座ったまま、眠りにつく。







 成瀬視点。

 今日で拓哉が休んで2週間が経過していた。

 俺は今とてもイライラしている。だって、拓哉が休んでいるから。けど、嫌にはならない親友だからだ。

 けど、このままずっと休むのなら俺は拓哉が嫌いになるだろう。

 はぁーそんな気にすることじゃないだろ。別に人は完璧じゃないのに。完璧な人間がいたら争いなんて起きない。

 早百合や他のみんなも元気がなくなる一向だし。はぁー、イライラする。

 全員が顔を見て気を遣って、気持ち悪い。

 正直吐き気がする。思ってることを言わないで、心の奥底に隠して、それを誰かが救ってくれると願って自分は何もしない。

 なんだよそれ、人に頼らないと何もできないのかよ。

 成瀬は、頭を掻きイライラを表す。

 はぁーやるか。

 成瀬は立ち上がり教室を出る。




 拓哉が学校を休んでから1カ月が経っていた。


 部室には多くの生徒が集まっていた。成瀬に呼ばれた生徒たちが。

 部室はやはり静かだった。この1カ月間拓哉が居ない生活は重く楽しくない生活だった。


 全員が心の底から拓哉に来てほしいと願っていた。けど、誰も口に出そうとしない。


 それは、何故か?


 どの選択が正しいか分からないから。自分で考えたことがないから。ずっと拓哉に頼ってきたから。


 全部違う。

 全員怖いからだ。目に見えない恐怖は怖い。どんな被害でどんな気持ちになるか分からない恐怖がある。


「お前らって、いつまで拓哉に頼るの?」


 成瀬は立ち上がり、みんなの前に立つ。


 みんなは顔を下に向けたまま、黙る。


「いつまで頼るんだよ、自分で動いてみろよ」


 成瀬は大きな声で言う。


「自分の気持ちをずっと隠して、思ったことを言わないで、誰かに助けを求めて、自分は何もしないってふざけてるのか?」


 成瀬はみんなを説得するように語る。


 けど、誰も耳を通さない。怖くて怖くてずっと逃げているから。


「はぁー、明日までに成瀬を説得しないならこの、紙を全校生徒にばらまく」


 成瀬は、座っている、早百合、志保、琴音、凜、たちに1枚の紙を渡す。


「え」


 それぞれ、違う反応をする。


 その紙には、ありもしない噂話に、拓哉の中学時代の人を殴っている写真が貼られていた。


「明日までな、俺は本気でバラまくから」


 そう言い、成瀬は部室を出る。


 俺は本気だ、この状況はつまらない。


 何でこんな酷いことをしようとしてるのって、早百合たちは思っているだろうな。

 理由は簡単だ、俺は性格に難があるから。


 成瀬は寒くなった廊下を歩く。


 その姿は、傍からみたら王のような歩き方だった。


 けど、早百合たちからみた場合、悪魔のような歩き方だと思う。


 「一発ぶん殴るからな」


 廊下には成瀬の悲しい独り言が響いた。

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