第27話 フィオナの追憶
ある村にフィオナという少女がいた。
彼女が生まれ育ったその村は、人里離れた山間の地にあり、豊かな自然と静寂が広がる、絵画のように美しい場所だった。木々は四季折々の彩りを見せ、川のせせらぎは穏やかな音楽を奏でる。しかし、平和な外観の裏に潜む村の暗黙の掟――「魔物の血を引く者は村から追放する」という冷酷なルールが、村人たちの心に影を落としていた。村人たちはその掟を守ることで、見えない恐怖から自らを守っていると信じて疑わなかった。
フィオナの父親は魔物だった。彼は荒々しい怪物ではなく、むしろ人間以上に穏やかな心を持つ存在で、争いを嫌い、森の奥でひっそりと生きていた。一方、フィオナの母親は村で「白い花のように清らかな女性」として知られていた。彼女は困難な状況にも毅然として立ち向かう芯の強さを持ちながらも、誰にでも優しい愛情を注ぐ人だった。
二人の出会いは偶然だった。母親が森の奥で道に迷い、雨宿りをしていたとき、父親と出会ったのだ。最初は恐怖に震えていた母親だったが、彼の人間味あふれる優しさに触れ、心を開くようになった。二人の交流は徐々に深まり、やがて互いに惹かれ合い、禁じられた愛を育んだ。そしてその愛の結晶として、フィオナが生まれた。
しかし、その幸せな日々は長くは続かなかった。フィオナの母親は村人たちから次第に冷たい視線を向けられるようになり、陰口や嫌がらせが日常化していった。「魔物の血を引く子どもが村に災厄をもたらす」という噂が広まり、村人たちの恐れと偏見は止まることを知らなかった。それでも母親は決して屈せず、フィオナを育てるために力強く生き続けた。
フィオナが5歳を迎えた頃、家族は慎重な生活を続けながらも、細やかな幸せを享受していた。父親は森の奥で暮らしながら定期的に家族を訪れ、短いながらも心温まる時間を過ごしていた。母親は村人たちの偏見に耐えながら、娘に笑顔と愛情を注ぎ続けた。だが、家族の平穏はある事件をきっかけに崩れ去った。
その事件は、ある夕方に始まった。母親がいつものように食料を持って森へ向かう姿を、村人たちの一部が密かに尾行したのだ。彼女が運んだ食料が魔物である父親に届けられる様子を目撃した村人たちは、恐怖と憎悪に駆られた。翌日、村人たちは松明と武器を手に取り、魔物の住処を襲撃する計画を立てた。
夜になり、月明かりが森を照らす中、村人たちは家族が暮らす隠れ家へと押し入った。父親は暴力を振るうことなく、静かに自らを差し出した。彼は村人たちが抱える恐怖を理解していたからだ。無意味な争いが家族を巻き込むことを避けるため、ただ静かに捕らえられる道を選んだ。
翌朝、村の広場には無数の村人が集まり、家族が「裁き」の場に引き出された。村人たちの表情には恐怖と怒りが交錯しており、その感情が彼らの正義感を歪めていた。村長は冷徹な声で宣言した。「魔物の血を引く者は、この村に災厄をもたらす存在だ。掟に従い、罰を与える。」
父親は何も言わなかった。ただ娘のフィオナを優しく見つめ、その瞳に「お前は生き延びろ」という無言のメッセージを込めた。その視線を受けたフィオナは涙ながらに父親の手を掴もうとしたが、村人に押しのけられた。
まず父親が処刑された。炎に包まれる中、彼は最後までフィオナに向かって静かに語りかけるような目をしていた。その最期の言葉――「お前は必ず、強く生きるんだ。」その言葉は、フィオナの胸に深く刻まれた。
次に母親が処刑される番だった。彼女は最期までフィオナを抱きしめるような眼差しで見つめ、優しくこう言った。「この世界は厳しい。でもあなたには希望がある。その希望を守り、愛を忘れず生き抜きなさい。」
母親が炎に消える中、フィオナは自らを押しとどめる村人たちの手を振りほどこうと必死だった。彼女の叫びは村中に響き渡り、夜の静寂を引き裂いた。
その後、フィオナは村から追放された。涙も涸れ果てた彼女は呆然と歩き出し、これからの運命をたった一人で切り開かなければならなかった。その心には両親の犠牲と愛が深く刻まれ、彼女は魔物の血を受け入れつつ、逆境の中で力強く生きる決意を固めたのだった。
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