第26話 第三層Ⅲ
ヴェノムエンペラーの猛攻は止まることを知らず、俺たちを追い詰めていた。尾が地面を叩きつけるたび、爆風のような衝撃が周囲を覆い、毒液が霧となって広がる。このままではいずれ息の根を止められるのは時間の問題だった。
「カイ、少し時間を稼いで!」
背後からフィオナの叫び声が届いた。振り返ると、彼女は震える手で杖を握り、何かを決意したような表情で俺を見ていた。
「何をするつもりだ?」
「とにかく!!」
「……わかった!」
彼女の真剣な眼差しに気圧され、俺は剣を構え直す。フィオナを守るため、何としても時間を稼ぐしかない。毒霧が喉を焼く痛みを無視し、俺はヴェノムエンペラーの巨体に向かって再び走り出した。
ヴェノムエンペラーの巨大な尾が再び高く振り上げられる。その動きは、獲物を仕留める捕食者のように迷いがない。俺はその鋭い攻撃を受け流すべく、尾の動きを目で追いながらタイミングを計った。
「こいつ……まだこんな力が残ってるのか!」
尾が地面に叩きつけられ、爆発的な衝撃が周囲を襲う。跳ね飛ばされた瓦礫が俺の体をかすめ、冷や汗が背中を流れる。だが、ここで止まるわけにはいかない。俺はすぐさま体勢を立て直し、再びヴェノムエンペラーの足元へと駆け寄った。
「ここだ……食らえ!」
狙いを定めて剣を振り下ろす。刃は硬い甲殻を貫き、鈍い音と共に紫色の体液が飛び散る。ヴェノムエンペラーが苦痛に身をよじり、大きな唸り声を上げる。だが、それでもその巨体は倒れる気配を見せない。
「またか……!」
傷口が再び再生し始める。あの自己修復能力が、俺の攻撃を無意味に変えていくのを目の当たりにし、歯がみするしかなかった。こんな化け物を相手に、勝ち目はあるのか――その疑念が脳裏をよぎる。
「カイ!」
フィオナの声が再び背後から響いた。振り返ると、彼女は杖を高く掲げ、その先端が眩い光を放っていた。彼女の顔には疲労の色が濃いが、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。
「準備ができた!」
「やれるのか!?」
「やるしかない!」
彼女の叫びと共に、杖の先から解き放たれる魔力が周囲に広がる。フィオナの周囲には複雑な魔法陣が現れ、その輝きが毒霧すらも押しのける勢いで広がっていく。
「『アンチリジェネレイト・フィールド』!」
彼女の呪文が完成した瞬間、ヴェノムエンペラーを中心に光の結界が発生した。その結界が奴の体に触れた瞬間、異様な反応が起こる。紫色の体液が蒸発するように消え、再生しようとする傷口がそのまま硬化していく。
「効いてる……!」
ヴェノムエンペラーが苦痛の声を上げ、その巨体が激しくのたうち回る。その動きに地面が揺れ、周囲の瓦礫がさらに崩れ落ちる。しかし、その傷が治らないという事実が、俺たちに僅かな希望をもたらした。
「今だ、カイ!トドメを刺して!」
フィオナが全力で魔法の維持に集中する中、俺は剣を握り直す。全身の力を振り絞り、ヴェノムエンペラーの動きが鈍くなった隙をついて一気に距離を詰める。
「これで終わりだ……!」
俺はリインフォースの呪文を唱えた。フィオナから流れ込む魔力が、剣全体に染み渡っていくのを感じる。剣は眩い光を帯び、徐々に輝きを強めた。暗闇を切り裂くようなその光が、ヴェノムエンペラーの毒霧すらも押しのけ、辺りを一瞬にして明るく照らし出す。マナブレード――純粋な魔力を刃に集中させた、この状況での俺たちの最後の切り札だ。
「これで……全てを終わらせる!」
俺は自身を鼓舞するように叫び、足に全力を込めて地面を蹴った。その瞬間、体が風を切り、跳躍する。空中にいる間、頭の中ではいくつもの可能性が駆け巡る。奴の反撃、魔力が尽きるリスク、すべてが一瞬で俺の中を通り抜ける。それでも――俺の心にあったのは、ただ勝利を掴むという意志だけだった。
ヴェノムエンペラーの巨体が激しく揺れ、尾が振り上げられる。奴は最後の反撃を仕掛けるつもりだ。しかし、その動きが鈍い。フィオナの『アンチリジェネレイト・フィールド』が奴の再生能力を封じ込め、明らかに弱体化させていた。俺は奴の頭部を狙い、全身の力を込めて剣を振り下ろした。
「はああああっ!!」
剣がヴェノムエンペラーの硬い甲殻を突き破り、その頭部に深々と突き刺さる。その瞬間、マナブレードが内包する膨大な魔力が一気に解放され、爆発的なエネルギーが奴の体内を駆け巡った。紫色の体液が四方に飛び散り、奴の体が痙攣するように激しく震えた。その衝撃で地面が揺れ、周囲の瓦礫が崩れ落ちる音が響く。
エネルギーの放出はさらに続き、ヴェノムエンペラーの巨体を内側から引き裂いていく。裂け目からは蒸気のようなものが噴き出し、まるで化け物そのものが溶けて消えていくかのようだった。奴の最後の咆哮が耳をつんざくように響き渡り、それは恐怖と痛みを混ぜ合わせた絶叫だった。しかし、その声も徐々に弱まり、最後にはかすかな音となって消えていった。
周囲が静寂に包まれる。俺は剣を引き抜き、地面に膝をついた。体中の力が抜け、全身が震えている。
「やった……倒した……」
フィオナが駆け寄ってきて、俺の肩に手を置く。その顔は疲れ切っているが、微かに笑みを浮かべていた。
「カイ……本当に倒したのね」
「フィオナのおかげだ。ありがとう」
そう言いながら、俺は彼女の顔をじっと見た。ふと、ある違和感が胸をよぎる。この戦いで、彼女の魔力は人間の範疇を超えているように感じた。俺は意を決して、彼女に鑑定の魔法をかけることにした。
「フィオナ、少しだけいいか?」
「え?なに……?」
「安心しろ。ちょっと確認したいだけだ」
彼女が不安そうな顔をするのをよそに、俺は鑑定の呪文を唱えた。視界に浮かび上がった文字に、俺は目を疑った。
【鑑定結果】
名前:フィオナ
種族:魔物・人間の混血(ハーフ)
武器:ショートソード
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「……フィオナ、お前……」
俺の言葉に、フィオナの表情が強張る。彼女は一歩引き、視線をそらした。
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