第一章
第一話 夢の暮らし
気が付けば、俺は暗闇の中にいた。
手足どころか体全体が全く反応しない。
声も出ない。
また暗闇___。
もう暗いのはうんざりだ。
記憶は朧げだが、確か帰宅中に疲労で周囲が見えなくなった俺は車と衝突し___。
___うっ。思い出しただけで吐き気が......
今思い返してみれば、あれは大型トラックくらいの大きさだった___っていうか大型トラックぽかった。
無論、そんな事故にあって軽傷で済むはずもないのだ。
となると今俺は重傷を負って動けない状況にあるのか。
なんだかこのまま永遠に暗闇に閉じ込められたままな気がしてきた。
恐ろしい想像が脳裏をかすめ、背筋が凍り付きそうになる。
暗闇はしばし続くと思われたが、すぐに俺の視界が光りを捉え、安心するまでに至った。
そして、年月が経つにつれ、自分が今置かれている現状が分かってきた。
___まあ、言ってしまえば異世界転生ってやつだ。
最初に体の感覚が戻った時には、車との衝突による怪我が治りかけてきたのだと思い、喜んだ。
しかし、やがて目が見えるようになり…戸惑った。
なんせ日本の大都会の病院にいるとばかり思っていたのだが、文明の利器を微塵も感じさせないレンガ造りの内装が目に入ったからだ。
病院どころか日本ですらない。
さらに、誰か見知らぬ若い男女が覗き込んでくるし、声を発生させようとも「オギャァ」「バブー」「アウ」の3パターンしか出ないし、周囲にあるものはやたらとでかいし__多分俺が小さいだけなんだけど。
そのうち赤ん坊であることを知り、この状況と俺の経験から判断するに異世界転生だと分かったわけだ。
ラノベが好きで、よく読むから異世界転生やら転移やらについてはよく知っている。
だが、いくら架空の物を読んでいても、いざ体験するとなると無理がある。
分かっていても信じがたかった。
でも、信じなければ、これは何なんだ? って話になって今に至る。
俺は今3歳。性別男。兄弟はいなくて、仲のいい夫婦と俺の3人暮らし。
名前は何の縁か名字、名前、それぞれ一文字除いた「ヨウマ・ヤモト」となった。
この名前も日本の名前っぽくて結構気に入っている。
ヤモト家はごく普通の農家の家で、小さな村の端の方に位置する。
小さな村といっても、魔法で発展した大きな街が隣接するため、過疎化が厳しいわけでもないし、土地が荒れ果てるといった事もないらしい。
この家自体は他と比べるとさほど大きいわけではないが、3人で住むには問題ない広さだ。
いやー、それにしても改めて考えてみれば考えてみるほど、凄いよな。
本当に魔法が存在する異世界に来てしまっただなんて。
魔法の他にも、ダンジョン、魔物、多様な種族、魔王、勇者といった異世界定番がてんこ盛り。
これらは両親の会話を盗み聞きして得た情報に過ぎないが、可能性は高い。
ドン
少々古びたドアが、何の前触れもなく音を立てて開く。
居間で寝そべっていた俺は、音に反応してすかさず玄関の方を見る。
扉から現れたのは俺の父___テイラだ。
農業の仕事もこなすなか、最近では街で力仕事を任されているようだ。
日が沈む頃、毎回くたびれた顔をして帰ってくる。
俺の社畜時代(そうは言っても4年前)を思い出す。
あの頃に比べれば___いや、比べるまでもなく俺は幸せな生活を送れていると思う。
「ただいま、ヨウマ」
テイラは居間で寝そべる俺に気付き、笑顔を作ってから帰宅を告げた。
「おかえりなさいっ!」
あくまで幼く可愛い子を演じる俺だが、中身はおっさん。
キャラを作るのには、精神ダメージを喰らってしまう。
扉の開閉音は聞こえなかったが、俺達の会話を耳にしたらしい母___ミルラがエプロン姿で、右手にナイフ、左手に箸で駆け寄ってくる。
いや、怖いわ。わざわざ持ってこなくてもいいだろ、ナイフ。
「あら、おかえりなさい。ご飯出来てるわよ」
「ああ、ただいま。着替えたら食べるわ」
やり取りが終わるなり、二人ともテキパキと行動に移す。
テイラは泥だらけの靴を玄関で脱ぎ、足早に自室へと向かい、一瞬で私服に着替えて戻ってくる。
ミルラは既に、食事を作り終わっていた。
手際が良すぎる。一つ一つの行動に隙がない。
まあ、ブラック___厳しい会社でいかに早く作業を終わらせるかを考え続け、実行し続けてきた俺には劣るがな。まあ精々励みたまえ。若者諸君___って俺は今ぼーっと突っ立てるだけだから何も言えないけど。
「リフト」
ミルラがそういうと、ご飯が宙に浮き、食卓へ運ばれていく。
おぉ! 思わず感嘆の声を上げてしまった。
これが魔法かぁ。
なんかサラッと使ってたけど、前までベッドでの生活がほとんだった俺はこうしてしっかりと見るのは初めてだ。
「ヨウマにとっては初めての常食だな。どうだ? 上手いか?」
「うん! 凄い上手いよ」
「それは良かった」
両親ともに、俺の成長をほのぼのと見届けながら、自分の分の料理に手を付け始める。
テーブルいっぱいに並べられた豪華な料理達は、一瞬で三人の胃袋に消えていった。
「リフト」
真っ白になった皿は、再び同じ魔法で次々と台所へと運ばれていく。
俺はテイラに抱かれ、ベッドに戻された。
いつもはこのまま寝こけるのだが、初めて魔法を見た事で興奮が止まらず、寝付けそうにないから___正確にはこのまま寝たくないから、一先ず寝たふりをして、テイラをやり過ごす。
「いい夢見ろよー。おやすみ、ヨウマ」
ニコッと笑顔を作って頷いた後、目を瞑る。赤子はすぐに眠気が訪れてしまうから気をつけねば。
テイラはすぐに自室へと戻っていった。
「それじゃ、やってみるか」
俺は小さい玩具を目の前に置き、母親が使っていた魔法の呪文を思い出しながら、唱えてみる。
「リフト」
驚くべき事にすんなりと玩具は5cmほど上昇した後、浮かび続けた。
___こんな簡単にいくもんなの?
もうちょっと成長してからとか、何回か練習してからだと思っていたが、呪文さえ唱えればいいのか?
余裕過ぎん?
俺は、驚きと困惑を交互に感じながら、そっと力を抜く。
いつの間にか肩から指先までにかけて力が入っていたようだ。
力を抜くと連動して玩具も地に着く。
あっ、そういえば両親は、
「うちの子が魔法を使いこなせるようになるのは7歳からかしら?」
「それはさすがに早すぎ。平均だと9、10歳くらいだな」
と言っていたな___。
ん?___もしかして俺ってすごい??
ラノベでよくある、転生者が持つ才能ってやつか?
新しい人生、優しい家族、明るい生活、転生者特有の才能。
まさに、俺が望んでいたような人生だ。過去の日本での過酷な暮らしとは打って変わって、まるで夢のような……。
この世界なら、幸せな暮らしを築くという前の世界で叶わなかった夢を実現できるかもしれない。
暗闇にいた時はどうなるかと思ったが、今となっては叶わない夢ではない……そう思える。
「俺は夢を叶える男になる!幸せな暮らしをしてみせる!」
「ヨウマ。夜なんだから大きい声出さないの」
「ご、ごめん。母さん」
社畜社員、チートスキルで無双する~過労死した俺が転生後の世界で、幸せな暮らしを目指していたつもりがいつの間にか無双していた件~ 軌黒鍵々 @youshidaze5
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