社畜社員、チートスキルで無双する~過労死した俺が転生後の世界で、幸せな暮らしを目指していたつもりがいつの間にか無双していた件~

軌黒鍵々

プロローグ

序章 社畜、転生する


 視界が真っ白に染まる。音も消え、ただ光の残滓だけを視界の端に捉える。俺の意識は次第に遠のいていく。全身に激痛が走り、息をするのが苦しくなる。

 次こそ俺は、明るく平和な...暮ら...し___を......



~~~~~~~~~~~~~~~



「こんなところにいたら絶対におかしくなるって」


 どこを見ても絶望。

 左を見てみれば、薄暗い蛍光灯の光に照らされたデスクにて、何かに憑りつかれたような顔で果てしない作業に取りかかっている同僚。

 右を見てみれば、今にも死にそうな顔で、PCと向き合いタイピングを続ける後輩。


 振り返ってみても、前を向いてもどこも同じような雰囲気を醸し出していて、明るく前向きな奴なんて一人たりともいない。

 皆、まるで奴隷のように、倒れる寸前まで働き続けている。


 俺、宮本涼真もその一人に過ぎなかった。


 俺がこの会社に入る前、まだ活気に満ちていた頃の社内の風景を思い出す。


 一人でも困っている人がいたなら、すかさず手を差し伸べ協力し合う。

 無理はせず、皆で作業を分担しながらカバーし合う。

 適格なアドバイスや指摘を優しくしてくれる先輩方。

 まさに見習うべき会社の模範だった。


 それが今となっては、己のために力を尽くし、生き延びたもん勝ちの弱肉強食。

 この会社が厳しくなった大きな要因は、社長が厳しく嫌味っぽい人に変わったこと、後輩が生意気を叩くようになって先輩の態度が冷たくなったりしたことだ。


 そこからは流れるようにどんどん人が辞めていき、一人ひとりに割り振られる作業が厳しくなった。

 世間一般で言うブラック企業だ。

 そんな中でも俺は頑張った方だと思う。

 両親には期待をされていたため、自分の働く会社がブラック企業という事を打ち明けず、辞めようにも辞められなくなっただけなのだが…。


 新しいプロジェクトが始まってからは特に酷い。

 1日の睡眠時間が3時間にも満たないうえ、まともな食事も3日に一回程度だ。癒しといったものは当然無く、薄暗い部屋で時間の感覚なんて忘れて、PCや書類と向き合い続ける。


 社畜___。


 でもそんな生活も今日で一先ず終わる。

 プロジェクトが始まってからすぐに力を入れたおかげもあって、早く作業を終えることができた。

 この作業が終わったら、取り合えず家に帰って、風呂に入り、ゆっくりラノベでも読もう。

 うん。それがいい。


 そう決意した俺は、更にスピードを上げ、作業の仕上げに取りかかった。

 10分もしないうちに終えると、PCでまとめたあげた物を部長に送らなければいけない事を思い出し、やや荒っぽく送信ボタンにカーソルを合わせ、クリックする。

 無事に送信された事を確認すると、パタンと少し強めに音を立ててPCを閉じた。

 音を立てて閉じたのには訳がある。

 言ってしまえば自慢だ。作業が終わらない限り、PCは開きっぱなし。

 要するにPCを閉じるという行為には作業が終わったことを、わざと周りにアピールするための行為だ


 周囲の人達は驚きと、羨ましがるような視線を俺に送った後、すぐに自分の作業に戻る。


 ふっ。まあせいぜい頑張ってくれ。

 俺は切り上げるとするぜ。


 こんな薄暗い場所にいつまでもいたくはない。

 早々に去ろうと、素早く立ち上がる。


 久しぶりに椅子から離れたからだろうか、腰、足、首、肩、手首、あらゆる場所が悲鳴を上げている。


「こりゃ、相当ヤバいな」


 呟きながら、外に繋がるドアへと覚束無い足取りで向かう。


 外に出てみると、新鮮な空気が体にヒヤリと張り付く。

 オフィスの中で凝り固まっていた体が、一気に解放されていくような感覚だ。


 思わず深呼吸をして、肺いっぱいに冷たい空気を吸い込む。

 体の隅々まで清々しさが広がり、心が少し軽くなったように感じる。


 月はもう沈みかけていた。


 オフィスは集中力を上げるためだとかでカーテンで閉ざされていて、時間の感覚もないから月を見るのはどこか新鮮だ。


 長い間人工的な光の中で過ごしている人からとったら、月は希望だな。


 満足するまで月を見ると、視線を左手の腕時計に移した。


「もう3時過ぎか...」


 俺は一拍空けてから歩き始めた。


 明日は仕事が休み。自分のノルマもこなしているため、特に家で仕事をするわけでもない。となると、明日はずっと暇。家でラノベでも読むとしよう。

 そんなことを考えていると、突然、頭に鋭い痛みが走った。頭痛に加え、胃の奥がせり上がってくるような吐き気が襲い、足元がふらつく。視界がぼやけ、周りの景色が揺れて見える。

「うっ......」

 思わず顔をしかめて立ち止まる。

 考えてみれば、まともに睡眠も取っていないし、飯だって食ってない。こんな状態で、体が持つはずもなかったのだ。

 それでも、家に帰りたい一心で、俺は足を引きずるようにして歩く。

 ___それが間違いだった。

 ふらふらした俺の足取りは、気付くと道路の真ん中へ___。


 ピカッ


 _____っ!


 眩しっ。

 何だ?

 車のライト? 何故こんなところに車が?

 頭の中で疑問が渦巻く。光が強すぎて、目を細めても何も見えない。


 今、何が起こっているのか気づいたときにはもう遅かった。俺は今、車と衝突しかけているのだ。体が硬直し、動けない。


 まじか...俺死ぬのか......!?


 急な事で実感がなく、疑問形になっていた。

 でも、この状況はもう助からないよな……。


 光がどんどん強くなり、視界が真っ白に染まる。音も消え、ただ光だけが残る。俺の意識は次第に遠のいていく。全身に激痛が走り、息をするのが苦しくなる。


 もしこれが希望の光りならば、俺が願い続けてきた”平和な暮らし”を与えてくれるだろうか。

 俺が願うのはただ明るく平和な……暮ら…し___。


 車のヘッドライト___。

 それが俺の最後に見た”光”だった。

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