社畜から始まる異世界最強~転生後の世界では幸せな暮らしを送りたい。~

軌黒鍵々

プロローグ

序章 社畜、転生する


 視界が霞み、頭がぼんやりとする。

 丑三つ時、大都会は幾つもの光で彩られ、眩しいくらいに輝いている。


 ___キイイィィィィ


 ふと、空気を裂くような車のブレーキ音がすぐ後ろで聞こえた直後、背中に激痛と衝撃が同時に走り、ぼーっとしてた頭が一気に現実へと引き戻される。


 っ____!!


 だが、衝撃が強すぎて今度は意識が飛びそうになる。


 熱い、熱い。痛い、痛い。

 そんな感覚さえも薄れていく。


 もう目を閉じることしかできなくなってゆく。


 やがて悟る。


 ああ……これヤバいな。


 遠のく意識の中で願った。


 夢のようなスローライフを___。



~~~~~~~~~~~~~~~



 ___っは!?


 __夢……かあ。


 自覚しつつも一応自分の体のあちこちを見回す。


 …。


 異常はないな。


 悪夢から目を覚ました俺は、電子機器の光だけで照らされる薄暗い部屋の真ん中でため息をついた。


 どうやら、疲労が溜まり過ぎていたのか、作業中にも関わらず寝落ちしてしまったようだ。


 ただ、目を覚ましたって悪夢は続いていた。


 ___どこを見ても絶望。


 左を見てみれば、薄暗い蛍光灯の光に照らされたデスクにて、何かに憑りつかれたような顔で果てしない作業に取りかかる同僚。

 右を見てみれば、今にも死にそうな顔で、PCと向き合いタイピングを続ける後輩。

 振り返ってみても、前を向いてもどこも同じような雰囲気を醸し出していて、明るく前向きな奴なんて一人たりともいない。

 皆、奴隷のように倒れる寸前まで働き続けている。


 俺、宮本涼真もその一人に過ぎなかった。


 俺がこの会社に入る前___まだ活気に満ちていた頃の社内の風景を思い出してみる。


 一人でも困っている人がいたなら、すかさず手を差し伸べ協力し合う。

 無理はせず、皆で作業を分担しながらカバーし合う。

 適格なアドバイスや指摘を優しくしてくれる先輩方。

 まさに見習うべき会社の模範だった。


 それが今となっては、己のために力を尽くし、生き延びたもん勝ちの弱肉強食。

 この会社が厳しくなった大きな要因は、社長が厳しく嫌味っぽい人に変わったことや、後輩が生意気を叩くようになって先輩の態度が冷たくなったりしたことだ。


 そこからは流れるようにどんどん人が会社を辞めていき、一人ひとりに割り振られる作業がさらに厳しくなった。

 世間一般で言うブラック企業だ。

 そんな中でも俺は耐えてきた方だと思う。

 両親には期待をされていたため、自分の働く会社がブラック企業という事を打ち明けず、辞めようにも辞められなくなっただけなのだが…。


 新しいプロジェクトが始まってから2週間。最近は特に酷い。

 1日の睡眠時間が3時間にも満たないうえ、まともな食事も3日に一回程度だ。癒しといったものは当然無く、薄暗い部屋で時間の感覚なんて忘れて、PCや書類と向き合い続ける。


 社畜___。


 でもそんな生活も今日で一先ず終わる。

 プロジェクトが始まってからすぐに力を入れたおかげもあって、早く作業を終えることができそうだ。

 この作業が終わったら、取り合えず家に帰って、風呂に入り、ゆっくりラノベでも読もう。

 うん。それがいい。


 そう決意してから、更にスピードを上げ作業の仕上げに取りかかった。


 カチャ カチャ カチ


 タイピング音は、今となっては耳障りな音響なのだが、それに耐える事10分。ようやく作業は終わりを向かえる。

 PCでまとめあげた物を上司に送らなければいけない事を思い出し、やや荒っぽく送信ボタンにカーソルを合わせ、クリックする。

 無事に送信された事を確認すると、パタンと少し強めに音を立ててPCを閉じた。


 音を立てて閉じたのには訳がある。

 言ってしまえば自慢だ。作業が終わらない限り、PCは開きっぱなし。

 要するにPCを閉じるという行為には、作業が終わったことを、わざと周りにアピールするための行為だ。


 他の社員は、驚きと妬むような視線を交互に送りつけてきた後、すぐに自分の作業へと戻った。


 ふっ。まあせいぜい頑張ってくれ。

 俺は切り上げるとするぜ。


 こんな薄暗い場所にいつまでもいたくはない。

 早々に去ろうと、立ち上がった。


 ___っ!!


 痛っ!


 久しぶりに椅子から離れたからだろうか、腰、足、首、肩、手首、あらゆる場所が悲鳴を上げていた。


「こりゃ、相当ヤバいな」


 呟きながらも、外に繋がるドアへと覚束無い足取りで向かった。


 何とか外に出てみると、新鮮で冷めた空気が体にヒタリと張り付いた。

 オフィスの中で凝り固まっていた体が、一気に解放されていくような感覚だ。


 思わず深呼吸をして、肺いっぱいに冷たい空気を行き届かせる。

 体の隅々まで清々しさが広がり、心が少し軽くなったように感じたところで、月光に惹かれ、やや斜め上を見上げる。


 月はもう沈みかけていた。


 人工的な光とは打って変わって、月光は何処か心を落ち着かせる。


 月をこれほど美しいと思える日がくるとはね。 


 月の光にしばし浸ろうとしたのだが、リアルタイムが気になりだして視線を左手の腕時計に移す。


「もう3時過ぎか...」


 時間も時間で、俺は一拍空けてから自分のマンションがある方角へと歩き出した。


 そこまで遠くもない俺のマンションは、徒歩約10分程度で着くはずだが、あちこちから漂う美味しそうな匂いにそそられて、つい俺は歩く方向を変えた。


 確か、近くには評判の高い居酒屋があったはず……。


 信号が青になり、信号を待っていた人達と同時に歩き始める。


 ____くっ!?


 ___突然頭に鋭い痛みが走る。

 頭痛に加え、胃の奥がせり上がってくるような吐き気が襲い、足元がふらつく。視界がぼやけ、周りの景色が歪んで見える。

「うっ......」

 思わず顔をしかめて立ち止まった。

 考えてみれば、まともに睡眠も取っていないうえ、飯だってろくに食べてない。こんな状態で、体が持つはずもないよな。

 それでも、居酒屋に入りたい一心で、俺は足を引きずるようにして歩く。


 ___それが間違いだった。


 ふらふらした俺の足取りは、気付くと横断歩道から大きく外れた道路の真ん中へ___。


 ピカッ


 _____っ!


 眩しっ。

 何だ?

 車のライト? 何故こんなところに車が?

 頭の中で疑問が渦巻く。光が強すぎて、目を細めても何も見えない。


 今、何が起こっているのか気づいたときにはもう遅かった。俺は今、車と衝突しかけているのだ。体が硬直し、動けない。


 まじか...俺死ぬのか......?


 急な事で実感がなく、疑問形になっていた。


 でも、この状況はもう助からないよな……。


 視界が霞み、頭がぼんやりとする。

 丑三つ時、大都会は幾つもの光で彩られ、眩しいくらいに輝いている。


 ___キイイィィィィ


 ふと、空気を裂くような車のブレーキ音がすぐ後ろで聞こえた直後、背中に激痛と衝撃が同時に走り、ぼーっとしてた頭が一気に現実へと引き戻される。


 っ____!!


 だが、衝撃が強すぎて今度は意識が飛びそうになる。


 熱い、熱い。痛い、痛い。

 そんな感覚さえも薄れていく。


 わけも分からず、痛みが全身に伝わるっていくのをただただ感じる。

 そんなことしかできずに目を閉じた。


 やがて悟る。


 ああ……これヤバいな。


 遠のく意識の中で願った。


 夢のようなスローライフを___。


 車のヘッドライト___。

 それが俺の最後に見た”光”だった。


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