第2話 夢の暮らし
___そして、年月は経ち、自分が今置かれている現状が分かり始めてきた。
最初に体の感覚が戻った時には、車との衝突による怪我が治りかけてきたのだと思い込んで、喜んだ。
しかし、やがて目が見えるようになり…戸惑った。
なんせ日本の大都会の病院にいるとばかり思っていたのだが、文明の利器を微塵も感じさせないレンガ造りの内装が目に入ったからだ。
病院どころか日本ですらない。
さらに、見知らぬ若い男女が覗き込んでくるし、声を発生させようとも「オギャァ」「バブー」「アウ」の3パターンだけだし、周囲にあるものはやたらとでかいし__多分俺が小さいだけ。
そのうち赤ん坊であることを知り、この状況と俺の経験から判断するに異世界転生だと分かったわけだ。
ラノベが好きで、よく読むから異世界転生やら転移やらについてはよく知っている。
だが、いくら架空の物を読んでいても、いざ体験するとなると無理がある。
分かっていても信じがたかった。
でも、信じなければ、これは何なんだ? って話になって今に至る。
俺は今3歳。性別男。兄弟はいなくて、仲のいい若夫婦と俺の3人暮らし。
名前は、母が「ミルラ」父が「テルラ」、そして俺が「ヨウマ」って感じだ。この名前も、かっこよくて気に入っている。
俺達、ノールズ家はごく普通の農家の家で、小さな村の端の方に位置する。
小さな村といっても、魔法で発展した大きな街が西側に隣接するため、過疎化が厳しいわけでもないし、土地が荒れ果てるといった心配がないらしい。
酷いところだと、魔物の襲撃を受けたり、病気が流行ったりで廃村になってしまう。
俺は良い環境に生まれたようだ。
この家自体は他と比べるとさほど大きいわけではないが、3人で住むには問題ない広さで、快適な生活を送ることができている。
いやー、それにしても改めて考えてみれば凄いよなー。
本当に異世界に来てしまっただなんて。
おそらく、この世界は魔法や魔物の他にも、ダンジョン、モンスター、多様な種族、魔王、勇者といった異世界定番がてんこ盛りなのだろう。
これらは両親の会話を盗み聞きして得た情報に過ぎないが、可能性は高い。
ドン
少々古びたドアが、何の前触れもなく音を立てて開く。
居間で寝そべっていた俺は、音に反応してすかさず扉の方を見る。
少しして扉から現れたのは俺の父___テイラだ。
農業もこなすなか、最近では街で力仕事を任されているようだ。
日が沈む頃、毎回くたびれた顔をして帰ってくる。
俺の社畜時代(そうは言っても4年前)を思い出す。
あの頃に比べれば___いや、比べるまでもなく俺は幸せな生活を送ることができている。
「ただいま、ヨウマ」
テルラは居間で寝そべる俺に気付き、笑顔を作ってから帰宅を告げた。
「おかえりなさいっ!」
返事をしつつ、テルラの足元へ駆け寄る。
あくまで幼く可愛い子を演じる俺だが、中身はおっさん。
キャラを作るのには、少々精神ダメージを喰らってしまう。
扉の開閉音は聞こえなかったが、俺達の会話を耳にしたらしい母___ミルラがエプロン姿で、右手にナイフ、左手に箸で駆け寄ってきた。
いや、怖いわ。わざわざ持ってこなくてもいいだろ、ナイフ。
「あら、おかえりなさい。ご飯出来てるわよ」
「ああ、ただいま。着替えたら食べるわ」
やり取りが終わるなり、二人ともテキパキと行動に移す。
テルラは泥だらけの靴を玄関で脱ぎ、足早に自室へと向かい、一瞬で私服に着替えて戻ってくる。
ミルラは既に、食事を作り終わっていた。
手際が良すぎる。一つ一つの行動に隙がない。
まあ、ブラック___厳しい会社でいかに早く作業を終わらせるかを考え続け、実行し続けてきた俺には劣るがな。まあ精々励みたまえ。若者諸君___って俺は今ぼーっと突っ立てるだけだから何も言えないけど。
「リフト」
その三文字がミルラの口からハッキリと聞こえるとほぼ同時に、料理を乗せた数々の食器が宙へ浮き、食卓へと運ばれていく。
「おぉ!」
思わず歓声を上げた。
これはおそらく__いや間違いなく魔法。
日常的に使っているみたいだが、幼い俺はベッドでの生活がほとんどだったからこうしてしっかり見るのは初めてだ。
「ヨウマにとっては初めての常食だな。どうだ? 美味いか?」
食器が全てテーブルに運び込まれ、俺が料理を口にした時、テイラがここぞとばかりに聞いてきた。
「うん! 凄い美味いよ」
事実。
ブラック企業で働いていた俺はまともな食事なんて取っていなかった。
ただでさえ仕事に追われる日々。自炊なんてしてる暇はなかった。大抵食べないか、コンビニ弁当だ。
だから久しぶりの愛情のこもった料理。おいしいに決まっている。
「それは良かった」
ミルラはそう言って微笑むと自分の分の料理に手を付け始める。
料理は肉から魚まで幅広く並べられていて、野菜は家で採れたものを使っているみたいだった。
テーブルいっぱいに並べられた豪華な料理達は、一瞬で三人の胃袋に消え、真っ白な皿だけがテーブルに取り残された。
「リフト」
それらの皿は、再び同じ魔法で次々台所へと運ばれていく。
腹を満たした俺はテイラに抱かれるがまま、ベッドに戻された。
いつもはこのまま寝こけるのだが、初めて魔法を見た事で興奮が止まらず、寝付けそうにないから___正確にはこのまま寝たくないから、一先ず寝たふりをして、テルラをやり過ごす。
「いい夢見ろよー。おやすみ、ヨウマ」
ニコッと笑顔を作って頷いた後、目を瞑った。
赤子はすぐに眠気が訪れてしまうから気をつけねば。
少し経つとテイラが自室に戻って行く音が聞こえて、パチっと目を開く。
「それじゃ、やってみるか」
俺は起き上がって、ベッドの上に小さい玩具を眼前に置き、母親が使っていた魔法を脳内で再現しながら、唱えてみる。
「リフト」
驚くべき事にすんなりと玩具は5cmほど上昇した後、ぷかぷかと浮かび続けた。
___こんな簡単にいくもんなの?
もうちょっと成長してからとか、何回か練習してからだと思っていたが、呪文さえ唱えればいいのか?
余裕過ぎん?
俺は、驚きと困惑を交互に感じながら、そっと力を抜く。
いつの間にか肩から指先までにかけて力が入っていたようだ。
力を抜くのと連動して玩具も地に着く。
あっ、そういえば両親は、
「うちの子が魔法を使いこなせるようになるのは7歳からかしら?」
「それはさすがに早すぎ。平均だと9、10歳くらいだな」
とか言っていたな___。
ん?___もしかして俺ってすごい??
ラノベでよくある、転生者が持つ才能ってやつか?
新しい人生、優しい家族、明るい生活、転生者特有の才能。
まさに、俺が望んでいたような人生だ。過去の日本での過酷な暮らしとは打って変わって、まるで夢のような……。
この世界なら、幸せな暮らしを築くという前の世界で叶わなかった夢を実現できるかもしれない。
暗闇にいた時はどうなるかと思ったが、今となっては叶わない夢ではない……そう思える。
「俺は夢を叶える男になる! 幸せな暮らしをしてみせる!」
「ヨウマ。夜なんだから大きい声出さないの」
「ご、ごめん。母さん」
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