第6話『交流会』

「おはよう!赤羽くん!」


教室に入ると、白雪が挨拶してきた。


「…はよう」


適当に返事を返し、自分の机へと向かう慶。


「ねぇ、何でそんな素っ気ないの?友達でしょ?」

「ましろー!ちょっといい!?」

「はーい!」


遠くの席の女子に呼ばれ、白雪は去っていく。


清秀高校に入学して2週間が経ったが、毎日毎日、白雪が絡んできてウンザリしていた。


教室を見渡すと、すでにクラス内での輪が出来ていて、それぞれ気の合う仲間同士で集まっていた。


もちろん、慶はどの輪にも属する事はなく、友達は1人もいなかった。


それは慶が望んでいた事なので全く問題ではなかったが。自称友達の白雪が、事ある事に絡んでくる事だけは計算外だった。


あの、一緒に帰った日をどんなに恨んでも、時間はもう戻せない。


しかし、なんだろう。今日は特に教室内が騒がしいな。


「皆さん、席に着いて下さい」


副担任の福原先生が教室に入ると、それぞれ自分の机へ向かい、着席した。


「今日は清秀高校恒例の交流会の日です」


…は?交流会?


「清秀高校の交流会は、男子はソフトボール。女子はバレーボールと決まっています。皆さん、今日は上級生と仲良くなるチャンスです。ぜひ、上級生と仲を深めて、これからの高校生活をより良いものにしましょう」


福原先生の話を、慶はポカンとした表情で聞いていた。


え?交流会?そんなの、初耳だが?


「では皆さん、体操着に着替えて校庭に集合して下さい」


男子は教室で制服を脱いで体操着に着替え始め、女子は体操着を持って更衣室へと向かい始めた。


友達と和気あいあいとしながら歩いている白雪が、ぼーっとしている慶を見つけた。


「どうしたの、赤羽くん?着替えないの?」

「…ない」

「え、なに?」

「体操着、持ってきてない」

「え!?なんで!?」

「今日、交流会があるなんて知らなかった」

「昨日LINEで教えたじゃない!?」


昨日のLINEと言われても、内容は読まずに適当に返事をしてるから知る由もない。


「どうするの?」

「帰ろうかな」


そう言っていると、頭を何かで誰かに叩かれた。


「いてっ。何するんですか、山吹先生?」

「やっぱり体操着、持って来なかったのか赤羽。ほら、借りてきたやったぞ」


そう言うと山吹は慶に体操着が入ったビニール袋を投げた。


「別に頼んでないですよね」

「頼まれなくても必要な物を揃えるのが、いい女なのさ」


そう言い放つと、山吹は素敵な笑みを浮かべながら去って行った。


「なるほど…勉強になるわ。あ、良かったね赤羽くん。これで交流会出れるね!」


「良いわけないだろ。これで交流会に出ないといけなくなっただろ」


大きなため息をつきながら、嫌嫌、体操着に着替え始めた慶を見て、白雪は友達の後を追う。


グラウンドで1年3組の男子達が集まって、慶の後の席の犬神総一郎いぬがみそういちろうが叫ぶ。


「いいかお前ら!上級生だろうが勝つぞ!みんな、全力で戦おう!」


犬神の言葉に盛り上がる男子達。


交流会のルールは、『クラス全員が試合に出る』

が、絶対なルールとなっていて、そのルールが慶を悩ませていた。


体育会系の人材が集まっていた3組は、上級生のチームをことごとく破り、ついには決勝まで駒を進めた。


慶は全ての試合でベンチスタート。最終回の守備にライトで出場しているだけで、勝利に貢献しているとは言い難い。


女子は早々と負けてしまい、男子の応援にきていた。


「赤羽くーん!頑張って!」


ベンチにいる俺に白雪はエールを送ったが、ベンチからどうしろというんだ。


恥ずかしさで顔を伏せていると、試合は始まった。


相手の3年生チームにも体育会系が集まっていたようで、攻撃も守備も交流会というにはあまりにレベルが高いような気がした。


4回の表、3年生チームが攻撃の時に事件は起きた。


右中間に飛んだ打球にセンターとライトがぶつかり、ライトの選手が怪我をしてしまった。


残りの控えが慶しかいなくて、急遽、慶がライトの守備に着く事になった。


内心「マジかよ」と思いながら仕方なくライトの守備に着くと、試合は再開された。


三塁側の応援席にいる白雪からエールが届く。


「赤羽くーん!頑張ってー!」


5対5、ワンアウト2・3塁で再開され、3年生チームの3番バッターがライトに高いフライを打ち上げた。


え、マジかよ。こっちに打球きやがった。


「ライトー!」


ピッチャーをしていた犬神が叫ぶ。


定位置から少し下がって落下地点に入った慶。

その時、一塁側のベンチから3年生の会話が聞こえてきた。


「よしっ、これで追加点入ったな(笑)」

「あそこからじゃどう頑張っても、陸上部のエースが3塁ランナーじゃな(笑)」

「まぁ、1年にしては頑張った方だよ(笑)」

「あとはこの裏、抑えて試合終了だな(笑)」


3年生達は、もう勝ちを確信したように、笑いながら談笑していた。


その見下したような態度に、慶の中で「プチン」と何かが音をたてて切れた。


数歩後に下がり、助走をつけてボールを掴む。

掴むと同時に、3塁ランナーはスタートを切った。


慶はボールを掴むと、キャッチャーめがけて思いっきり左腕を振り抜く。


ボールはノーバウドでキャッチャーへ届き、3塁ランナーは余裕でタッチアウトとなった。


グラウンドでは何が起きたか誰も理解できていなかった。


俺は自分の事をバカにされたり、悪く言われたりしても何も思わない。そんな俺でも、一つだけどうしても許せず、我慢できない事がある。


それは、スポーツで、勝ち誇った顔で人を見下すヤツだ。


それを見ていると、アイツを思い出して我を忘れてしまう。


スリーアウトでチェンジとなり、ベンチに戻ると犬神が話しかけてきた。


「おいっ、赤羽。お前、野球してたのか?」

「昔だけどな」


普段と違う赤羽に戸惑うクラスメイト達。


「俺は何番だ?」

「え、えっと…次は赤羽からだ」


そう聞いた慶はバットを持って打席に向かう。


相手のピッチャーは、さっきベンチで俺達を見下していた3年生。


モーションに入り、放たれたボールは凄い球威で慶に向かってきた。


慶は初球を真芯で捉え、バットを振り抜いた。


打球はライトを悠々と超えていき、遥か遠くの場所に落下した。


怒りの表情でダイアモンドを回り、ホームベースを踏むとクラスメイト達とハイタッチを交わした。


その慶の姿を、白雪は目を輝かせながら見ている。

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