第5話『帰宅』
電車の中で何の会話をしたか、まったく覚えてないが、気づいたら地元の駅に着いていた。
改札を抜け、家に向かって歩きだす2人。
「うん」「そうなんだ」「へぇー」
その3つの単語だけを繰り返す俺に構わず、白雪は自分の事を帰り道の間、ずっと話し続けている。
白雪は清秀高校で野球部のマネージャーをしたくて清秀を選んだそうだ。
夢は甲子園のベンチでスコアボードをつける事らしい。
「赤羽くは部活は何するの?」
「何もしない」
「え?部活入らないの?なら、野球部入らない?」
「なら」の意味が分からないが、「野球」という言葉が耳に入る度に、左肩がズキッと痛む。
「何で部活やらないの?」
「別に理由なんてない」
「ふ〜ん」
不思議そうに、理解出来ないような表情で少し俺の前に出た白雪は、鼻歌を歌い出した。
もうすぐ俺の家が見えてくる。
ということは、白雪の家は俺の家より先にあることになるな。
今朝もお互い、この道を通って駅に向かってたんだよな。
今朝の景色には白雪は入っていなかったけど、今はちゃんと俺が見る景色の中に白雪が存在している。
そんな事を考えていた慶に、白雪は振り返って口を開いた。
「ねぇ、赤羽くん。今朝は私が見る景色に赤羽くんは入っていなかったけど。今はちゃんと入ってるね。なんでだろ?不思議ね」
俺と同じ事を考えていた白雪に驚いた。
それと同時に、胸の奥で何かがざわめいて、止まっていたはずの心が微かに動いた感覚がした。
「ここ、赤羽くんの家?」
「え?」
白雪が指差す表札に『赤羽』と書かれていた。
「あぁ、ここ。じゃ…」
「待って。ずっーと気になってたんだけど」
白雪は俺の前に立つと、じっと俺を見つめてきた。
「何だよ」
言葉を返さず、白雪は手を伸ばした。
そして、ネクタイを緩めると、結い直し始めた。
「このネクタイ、ずっと気になってたの」
「何すんだよ。いいよもう帰ってきたし」
「だーめ!動かないで!」
白雪の圧に負けた俺は動けず、めちゃくちゃだったネクタイがキレイに結い直された。
「よしっ。これでオッケーね」
そう言うと、満足した表情で笑う白雪。
と、それと同時に玄関が激しく開いた。
「慶の気配がするー!…あら?女の子?」
玄関の扉から現れたのは、慶の母親だった。
「こ、こんにちは」
「あら、こんにちは。慶の彼女?」
「何言ってんだかーさん!ただのクラスメイトだ!」
怒る慶に母親はニヤリと笑みを浮かべた。
「ふ〜ん(笑)」
「なんだよ?」
「別に〜(笑)」
慶と母親の会話に白雪が割って入る。
「あ、あの。私はこれで失礼します。また明日ね、赤羽くん」
そう言って歩き出す白雪を慶の母親が止めた。
「待って!慶、あんた送ってあげなさい」
「はぁ?なんで俺が?」
そう返した瞬間、さっきまでにこやかだった母親の表情が一変した。
「あんた、女の子を1人で返すつもり?」
「……はい」
ずっと息子をしてきて、これはヤバい時のかーさんだと悟った俺は、抵抗をやめた。
「行こう、白雪。送るよ」
「え、いいの?」
「いいもなにも、あの状態のかーさんには逆らえない」
白雪の家に歩き出した2人に、慶の母親は。
「ちゃんと送り届けるのよー!」
とご近所に響き渡る声で叫んだ。
「分かったから!もう中に入れ!」
恥ずかしさで顔が赤くなり、その顔を白雪はじろじろと見てくる。
「なんだよ?」
「そんな表情もするだね赤羽くん」
そう言うと、嬉しそうにまた白雪は鼻歌を歌いだした。
白雪の鼻歌のメロディーは、どこかで聞いた覚えのあるメロディーで、それを思い出せずにいたら白雪の家にいつの間にか着いていた。
「ここが私の家です(笑)」
「ん?あ、そうか。…いや、デカっ」
白雪の家の大きさに驚いた慶。
「あ、また新しい表情見れた(笑)送ってくれてありがとう。また明日ね!」
手を振りながら家の中に入って行く白雪。
白雪の家のデカさにまだ驚きの余韻が残っていた慶だが、「本当の本当に開放された」と、来た時より軽くなったような気がする足で、自分の家へと向かう。
しかし、玄関から飛び出てきた白雪が慶を追いかけてきた。
「な、なんだよ?」
「まだ、連絡先交換してないよね?」
そう言うと、白雪は少し息を切らしながらスマホを見せた。
「お前、そんだけの為に走ってきたのか?」
「そうだよ!連絡先交換しよ?」
友達がいない慶だが、スマホは持っていた。
持っていても、基本的にはアラームとして使うだけで、携帯電話というより携帯目覚しと言った方が正しいかもしれない。
やっと面倒事から開放されたと思っていた慶だったが、また面倒事に巻き込まれ、もうどうでもいいという気持ちになっていた。
「分かった」
そう言い、慶はスマホをポケットから取り出し、白雪と連絡先を交換した。
「ありがとう!後でLINE入れるね!」
そう言うと白雪は嬉しそうに家の中に消えていった。
慶は暫くその場から動けずにいたが、ポケットにスマホを突っ込み、自宅へ向かって歩き出した。
家に着くと母親はキッチンで料理をしているところだった。
「ただいま」
「お帰り。ちゃんと送り届けた?」
「あぁ。メシが出来るまで部屋にいる」
そう言って二階の自分の部屋に向かい、ベッドにダイブした。
「はぁ…疲れた…」
このままでは寝てしまいそうで、夕飯を食べ損ねるとテレビをつけた。テレビには過去のプロ野球の映像が流されていて。
テロップに『
「クソッ…」
ベッドに起き上がり、消えたテレビの画面に微かに映る顔が、さっきテレビの中に映っていた顔と重なって見えた。
「ごはんできたわよー!」
一階の方から母親が呼ぶ声がした慶は、立ち上がり、制服のブレザーを抜いだ。
ネクタイを取ろうとしたが、形が崩れないように緩めて首から外し、部屋を出ようとした。
その時、ベッドに置いてあるスマホからLINEが届く通知音が聞こえてきたが、ドアを閉めて一階へと階段を降りて行く。
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