第4話『帰路』

静かな教室は、プリントを男女別に仕分ける紙が擦れる音だけがしていた。


仕分けながら、何度もチラッと白雪の顔を見るが、無表情で仕分ける作業を続けている。


「あのさ」


そう切り出した白雪から顔を戻した慶。


「今朝のことなんだけど」


やはり、その話題か。


「あれは誤解だからな!あれは」

「うん。分かってる。生徒手帳を拾ってくれたんでしょ?」

「…は?分かってた?」

「うん」


白雪はまた、無邪気な笑顔を見せた。


「それを分かってて、ビンタしたのかお前?」

「あ、違う違う!」


何が違う?


「最初は、本当にキスされるのかと思って…」

「バカかお前?するわけないだろ」

「だって!あんなに近かったんだからそう思うでしょ普通は!」

「思わねーよ。普通は」


言い争いが続く中、白雪が切り出した。


「叩いたことは本当にごめんなさい。昨日、緊張してあまり寝てなくて」

「だろうな。何度も揺らしたけど、まったく起きる気配なかったからな。気持ち良さそうな寝顔だったよ」

「…寝顔?」


慶の言葉を聞いて、反省の表情を見せていた白雪の表情が一変した。


「寝顔見たってこと!?」

「そら、見たくなくても目に入るだろ。あの状況じゃ」

「『見たくなくても』ってなに!?」

「何なんだお前。何をさっきから怒ってるんだよ?お前、ちょっとおかしいんじゃねーの?」


慶の言葉に、白雪の怒りはさらに増した。


「さっきら『お前お前』って、私には『白雪真冬』って名前がちゃんとあるの!ちゃんと名前で呼んで!」


立ち上がり、そう叫ぶ白雪に圧倒される慶。


「…し、知らねーよ。お前の名前なんか」


ムスッとした顔をしたまま椅子に座り、仕分け作業に戻った白雪。


何なんだコイツは。

急に謝ったり、急に反省したり、急に怒ったり。なんて忙しいヤツなんだ。


白雪に対して苦手意識が芽生えた慶だったが、自然と会話が白雪と出来ている事に少し、違和感がしていた。


中学3年間、友達など作らず、必要最低限しか会話をしてこなかった慶。


同年代とこんなに会話をするのは3年ぶりだ。


「男子の方は終わった?」


白雪はそう言い、ホッチキスでプリントの左端を挟むと慶にホッチキスを渡した。


慶もちょうど仕分け作業が終わったところなので、ホッチキスを受け取った。


慶は椅子をもとに戻し、自分の机に戻って鞄を手に持った。


やっと帰れる。そう思ったが、そうはいかなかった。


「ちょっと、なに1人だけ帰ろうとしてるの?このプリント、山吹先生に持って行って終わりよ」


教室を出ようとした足を止めた慶。


「…お前だけで持って行ったらダメなのか?」

「また『お前』って言った!私には白雪…」

「分かった分かった!白雪な!分かったから」


満足そうな顔をした白雪。鞄を手に取ると、プリントを抱きながら慶のもとまで小走りでくる。


「行こ?」

「はぁ…」


慶のため息にムスッした表情を見せた白雪だったが、何も言わずに教室を出た。

後に続いて慶も教室出て、2人は職員室に向かう。


職員室では山吹がポテチを食べながら雑誌を読んでいた。


「山吹先生、これ言われてたプリントです」

「おー。意外と早かったなー」


ポテチをくわえたまま、山吹は白雪からプリントを受け取った。


「先生。教師が職員室でお菓子を食べるとかいいんですか?よく教師になれましたね」

「なんだ赤羽?お前も食べたいのか?」


山吹はポテチの袋を差し出したが、当然、慶は食べなかった。


他人と会話をする事が苦手な慶だったが、山吹とは普通に話せていた。


それは、慶が山吹を『人』として見ていないからだろう。


職員室を出た慶と、職員室に一礼してから出た白雪。


慶は、鼻歌交じりの軽い足どりで下駄箱へと向かっていた。


やっと開放されたー。さっさと帰って、昨日見てたドラマの録画の続きを見よう。


「ねぇ、赤羽くん」


靴を履き終えたところで、白雪が慶に声をかけた。


「家はどこ?」

「…なんで?」

「たぶん、同じ方向だよね?」

「…だから?」

「一緒に帰らない?」


コイツが何を言っているのかまったく理解できない。一緒に帰る?何の為に?

俺にとってはただの罰ゲームだ。


「あっ!教室に忘れ物した!ちょっと待ってて!」


慶は断ろうとしたが、それはかき消され、教室へと戻って行く白雪の後ろ姿をただ見ていた。


ダメだ。あいつは、人の話を聞かない系女子だ。


このまま無視して帰ることもできるが、後々の事を考えると、今を我慢した方が自分の為だと諦めた慶。


「帰り際、変なことするなよ〜(笑)」


後の方から何か言ってくるヤツがいたが、無視して下駄箱を通り過ぎて外に出た。



外に出ると少し肌寒く、ポケットに手を突っ込むと何かがポケットに入っていた。


「あ…忘れてた」


今日の全ての元凶の始まりである生徒手帳を睨みつけ、今すぐにでも捨てたい気持ちを抑えながらポケットにまた生徒手帳を突っ込む。


校舎の方から、「廊下を走るな!」という男の先生の怒鳴る声が聞こえてくる。


「すみません!」


慶は、清秀高校に足を踏み入れて、初めて少し笑った。


「ごめん!お待たせ!…ねぇ、今、少し笑ってなかった?」


少し息を切らしている白雪に。


「なんのこと?」


そう、真顔で返した慶。


遠くの方から、ボールがバットに当たる音が聞こえてきて、慶はその音がしてくる方を睨みつけた。


「あっちに何かあるの?」

「…いや。何でもない」

「そう。じゃ、帰ろうか」


歩き出す慶と白雪。


後の方から、またボールがバットに当たる音が聞こえてくる。


左肩が痛みだす慶。


そんな事は知らずに、お構いなしに白雪は慶に話しかけ続ける。


校門を出ると、左肩の痛みは消え。やっと白雪の言葉が耳に入ってきた。


「ねぇ、聞いてる?」

「…あぁ。聞いてる聞いてる」

「本当に?じゃ、私はなんて言った?」

「…」

「ほら、やっぱり。聞いてないじゃない」


また、ムスッとした表情を見せる白雪に、立ち止まって慶はポケットから生徒手帳を取り出し、白雪に差し出した。


差し出された生徒手帳を受け取る白雪。


「…イタズラしてない?」

「するわけないだろ」


ムスッとした表情から無邪気な笑顔に変わる白雪。


桜が舞う中、2人は駅に向かってまた歩き出した。

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