第3話『クラス委員』

教室に戻った新入生は、それぞれのクラスで最初のホームルームに入っていた。


3組の担任の山吹は、教卓に肘をつきながら面倒くさそうにホームルームを進める。


「はぁ〜面倒くさいなホームルーム。さっさとクラス委員を決めて、クラス委員が進めて。誰か立候補はいないかー?」


この入学して最初に始まるクラス委員決め以上に決まりにくい事はこの世にないと思うがそんな中、すぐに手を上げた生徒がいた。


「はい。立候補します」


手を上げたのは白雪だった。


「えっと〜。白雪?だな。他に女子で立候補するやつはいるかー?」


そう山吹が言ったが、反応する女子がいるはずもなく、女子のクラス委員は白雪に決まった。


「次は男子か」


山吹がそう言ったが、慶は素知らぬ顔で教室の時計を見ていた。


「白雪が女子のクラス委員ってことは、必然的に男子のクラス委員は赤羽だな」


「……は?」


山吹を見ると、ニヤニヤと笑っている。


「は?何で俺が?」

「だって、お前と白雪は付き合ってるんだろ?」


山吹のその言葉に、教室がざわついた。


「えっ、そうなの?」

「まだ入学したばっかりなのに?」


ざわつきが強まる中、机を叩いて白雪が席を立った。


「先生!適当な事を言わないで下さい!私と彼は付き合ってません!」


白雪の言葉にざわつきは収まる。


「本当にそうかぁ?じゃ、今朝のアレは何だったんだ?(笑)」

「今朝のアレ?」


白雪と山吹の会話に頭を抱える慶だった。


「バカ!思い出すな!」と、心の中で叫びながら白雪に目をやるが、白雪の顔が徐々に赤くなってゆく。


「あ…あれは」

「んん?あれは??」


顔を赤くしながら、白雪にある疑問が浮かんできた。それは、なぜ山吹が今朝の事を知っているのかという疑問。


教卓の上で肘をついてニヤニヤとしている山吹の顔を見て白雪は思い出した。


「あっ!あの時、近くにいた!」

「やっと思い出したか(笑)」


慶と白雪と山吹にしか分からない会話に、他の生徒達は頭上に「?」をつけている。


「アレは…」

「アレは?」

「今朝は…」

「今朝は?」


白雪がそれ以上、言葉を続けることはなかった。


生徒イジりをひと通り楽しんだ山吹は、満足した表情を見せる。


「それじゃ、女子のクラス委員は白雪。男子は赤羽で決まりだな。はい、拍手〜」


「は?ふざけないで下さい!俺はクラス委員なんかやりたくないですよ!」


慶の言葉は拍手でもみ消され、男子のクラス委員が慶に決まった。


「じゃ、さっそく、クラス委員には仕事してもらうなー。前に出て自己紹介して、あとは適当に進めてくれ…」


山吹は大きなあくびをしながら、教卓の横にある椅子に座ると、腕組みと足組みをしながら眠りについた。


席から立ち上がった白雪は、教卓に立つ。


静かな教室内の視線が、背中に突き刺さる感覚に耐えきれなくなった慶は渋々立ち上がり、白雪の横に立つ。


「それではまず、自己紹介から始めたいと思います。まずはクラス委員の私と…赤羽くんから始めます。私の名前は…」


白雪が自己紹介を始めだした中、慶は心の中でぶつくさと文句を言っていた。


「何で俺がクラス委員なんだよ。ふざけんなよ。目立たつ、平凡で退屈で何もない高校生活の計画がもうパーになったじゃねーか。

それもこれも、この女とあの教師のせいだ。

クソッ。一生恨んでやるからな」


山吹の方をチラッと見ると、それはそれは気持ち良さそうに眠っておられました。


制服の袖を数回引っ張られ、白雪の方を見る。


「自己紹介、君の番だよ」


そう言われ教室内を見渡すと、また、皆の視線が自分に集まっていて、慶は緊張した。


「あか…赤羽…です」


勇気をふりしぼってした自己紹介だが、クラスメイトからの反応はなく、斜め後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。


さっきまで寝てたろクソ教師。


「えっと、このクラスは私と赤羽くんがクラス委員ということで、何かあった時は私たち2人までお願いします」


白雪が締めてくれたおかげで、慶がそれ以上の醜態を晒す事はなかった。


その後の段取りは、全て白雪が仕切り。

慶は、白雪の横でただ立っているだけだった。


「はい、お疲れクラス委員〜」


そう言うと、あくびをしながら山吹は立ち上がり、慶と白雪に席に戻るように手でジェスチャーをした。


やっと開放されたと、安堵した慶は席に着く。


席にに着くと、後の生徒から肩を叩かれ声をかけられた。


後を振り返ると、坊主集団の1人が小声で。


「おい、あかはね。本当に白雪と付き合ってないんだよな?」


そう言ってきた。


「…付き合ってるわけねーだろ」


そう言うと、坊主は嬉しそうに笑っていた。


何だこのいかにもアホそうな顔は。

俺は「あかはね」じゃなく「あかばね」だ。


慶は全身から力が抜け、机に伏せたが、ホームルームが終わるまで不思議と山吹から何か言われる事はなく、自然と眠りについていた。


「…ばねくん。赤羽くん」


夢の外から誰かに呼ばれていた慶は目を覚まし、顔を上げると白雪が目の前に立っていた。


「起きた?」

「…なに?」

「なに?じゃないよ!クラス委員の仕事終わらせないと帰れないわよ私たち!」

「…仕事?」


白雪は手にプリントを持っていて、それを慶に見せてくる。


「このアンケートを男女別に分けて、山吹先生に持って行くのが仕事よ。本当に寝てたの?よく高校最初のホームルームで寝れるわね。ほら、まずはアンケート書いて!あとは赤羽くんだけだよ、アンケート書いてないの!」


手渡されたプリントを受け取った慶は、寝ぼけた頭で適当に記載した。


「ちゃんと書かないとダメよ!」

「うるせーな」

「何それ、酷くない?せっかく起きるまで少し待っててあげたのに!」


教室を見渡すと、クラスメイトの姿はなかった。教室に慶と白雪だけが残され、教室がやけに広く感じた。


「もういいわよそれで。ねぇ、あっちの方でやりましょ?」


白雪は真ん中の席を指差し、椅子に座ると、前の方を指差し、手招きをした。


まだ寝ぼけてる顔で、慶は白雪の前の席の椅子を白雪の方に向けて座る。


「本当に寝てたのね(笑)」


目を擦る俺を見て、白雪は初めて笑顔を見せた。


その笑顔は、数時間前に全校生徒の前で堂々とと話していた姿を思い出せないくらい。


ただの少女の無邪気な笑顔だった。

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