第4話 人狼だーれだ

「ぶっちゃけ、うち影月君は顔ファンなんよ」


いつもの昼休み。

教室で母が作ったのり弁を箸で突いていると、突然友人の花織薫がそんなことを言い出した。

私は適当に相槌を打つ。

「あーそうなん」


箸でノリに切れ目を入れ、下のご飯ごと口に入れる。

のりと米が口の中で入り混じる。


薫は弁当を忘れた為購買のメロンパンをちびちびと大事そうにたべている。少しボロボロとパンくずが溢れているのが気になる。

「影月くんと同じ図書委員になり、昼をともにし、うちは思ったんよ。

なんか………違うなと。」

一口。メロンパンを大きな口でかじる。

ぼろりとメロンパンが崩れる。


ああ、もったいない。

私は机に零れ落ちたメロンパンのくずを見つめる。

薫は気にせず、空席の影月の席に目をやる。

「なんかさ、影月君って最初はチョークールで大人っぽい人だとおもってたけど、なんか、クールっていうか、感情を完全に隠してるっていうかさ。

クールじゃなくて、心閉ざしてるみたいな?不思議な人だなあって」


私も影月が座っていた席に目をやる。


狼の顔がのっかった男くらいにしか私は彼を認識していないから薫の言ったことをあまり理解できない。

感情も、狼の顔ではよくわからないし。

私の視界に薫の顔が映る。


「なんか、いつも悲しそうな感じしない?」

「悲しそう……ねえ」


わからないから、理解できない。

理解できないことのほうが世の中多いし、クラスメイトだからという理由で仲良くしなくてはいけない義務があるわけでもない。

なぜ薫がそこまで狼男に関わるのかも正直わからない。

私は適当にいつものように受け流す。

私の興味のなさが伝わったのか、薫がわざとらしくため息をつく。


「未有さあ、影月君きらいなの?」

「好きでも嫌いでも」

「だろうな」

薫は最後の一口のメロンパンを口に入れる。

もぐもぐとメロンパンを咀嚼し、飲み込む。

「影月君ってゲームすきかな」

何を思いついたのか、薫は鞄をがさごそあさりだす。


薫はお人よしだ。

今回イケメンだというのが影月につっかかる理由だと薫はいうけれど、さっき言ったようにほおっておけないのだろう悲しい顔をしている影月君を。


私には到底理解できないな。

だって狼の表情なんて見えないだろう。

私は人間。影月は狼。

私にはそうでしかないんだから。


「曾根川、さん」

誰かに声を掛けられ、私は顔を上げる。


「え」

思わず声が出た。

声をかけてきた相手は、影月。狼男だった。


「人狼げえむ、しない?」


開いた口がふさがらない。とはまさにこのことだった。



×××××××××××××××××××××××××××××××××××××



「人狼げえむを開始します」


二つの机をくっつけ、その周りを囲むようにしてすわる六人。

クラスの太陽、大川須藤おおかわすどうが少し低めな声で宣言してげえむは始まった。

どうやら教室にいた数名が大川の思いつきに巻き込まれたらしい。

影月もその一人で、私たちはその影月に巻き込まれたようだ。

影月が自分から誰かに話しかけることなんてめったになかったものだから驚いてしまった。

薫は少しうれしそうに座っている。

「じゃ、役職カード配りまあす!」

配られたカードをめくる。


私の役職は、市民だった。

このげえむで一番平凡かつつまらない役職を引いてしまったようだ。

私はちらりと影月の顔を見る。

灰色の毛におおわれた顔に光黄色の瞳は何を見ているのかわからない。

だが………

こいつが人狼だろ。

そう思ってしまうのは先入観だろうか?

というかこの狼人狼げえむって知ってるのか?




人狼げえむは村に紛れ込んだ人を食う【人狼】を探すげえむだ。

市民と呼ばれる陣営は全滅するまでに紛れ込んだ人狼を探すのが勝利条件。

私も小さいころ一度やった程度だからあまり詳しいルールはわからないがおおかたこんな感じだろう。

今回は大川がゲームマスターで司会担当をするらしい。


私、曽根川未有は【市民】。

残る役職は、【市民】【占い師】【ボディーガード】【人狼】の四つだ。


ほかのみんなの顔をうかがうが、みんなガチなのか、スンとした表情で何も読み取らせまいとしている。

薫も必死に表情筋を固めている。


……みんな本気すぎないか?

あまりの本気度に少し引きながら私はゲームマスターの声に耳をすませる。


「この中に人食いの人狼がいます。みんなで話し合ってじんろうをみつけだしてくださいじゃスタート!!」


開始早々口を開いたのは、クラスの陽キャ柏木美紅かしわぎみくだった。


「はいはーいあたし、占い師!ボディーガードしっかり守ってねー」

茶色っぽい髪のポニーテールがかわいく揺れる。


役職をばらす行為はリスクを伴う。

占い師は占いを行うことで指定のプレイヤーが人狼か否かを知ることができる。

人狼にとっては強敵。

役職を宣言してしまうことで、狙われるリスクも上がるのだ。


と、ゆるりとカーブした黒髪が私の視界の横で揺れる。

「あの、私も占い師なんだけど……」

柏木が顔色を変える。

「は、はあ?なにいってるのよ」

クラスの月、津野川彩香つのかわさやかが長い黒髪を指でもてあそびながら言う。

「だ、だって私も占い師なんですもん……本当ですよ」

薫が混乱しながら柏木と津野川の間に割って入る。

「占い師は一人だよね?じゃあ、どっちかはうそをついてるってことになるよ……ね」

神妙な面持ちでうなずく二人。


重たい空気が昼の教室に流れる。


どちらかが人狼。その可能性が高い。

「ち、ちなみにうちボディーガードなんだけど」薫は困ったように二人を交互に見る。

【ボディーガード】は、毎ターン指定した人を人狼から守ることができる。

人狼が殺そうとした人とボディーガードが守る人が一致したとき、成功となるのだ。

薫が言っていることが本当なら、正直私を守ってほしいが、私は何のとりえもない市民だから優先順位は低いだろう。


ぐっと机に体を乗り出して二人は、薫にアピールする。

「あたしがほんとのホントに占い師なの!まじで信じて!」「私です!柏木さんは、うそをついています!」


うう、と声を上げ薫は助けを求めるように私を見る。

……私に言われても困るんだけど。


私は仕方なく口を開く。

「あーとりあえずどっちか守ったほうがいいんじゃないボディーガードさんは。占い師は大事にしたいし。」


「ど、どっちを?」

それはしらん。

すごい目力で薫に視線を送る柏木と、ウルっとした目で薫をみる津野川。

正直わたしはどちらも怪しいとは思えない。


………だって私の目の前に座る狼が怪しく見えて仕方ないから。


「はい話し合い終了でーす。夜の時間いきますぜい!」


ここで大川のストップが入り、不服ながらも占い師二人が座りなおす。


「とりあえず夜になります。みんな目を閉じてくださいっ」


言われるがままに目を閉じる。

昼休みに似つかわしくない静けさが広がる。

「まず占い師さん。顔をあげ、占いたい人を選んでください。」


少しの間の後、目を瞑ってくださいとまた告げる。


ボディーガード、人狼と守りたい人殺したい人を聞かれる。

市民は何もすることがないので、ただただ時間を過ぎるのを待つ。


「はい!みんな顔上げてください!」


これでボディーガードがしっかりと守れていなかったら、誰かが死ぬ。

占い師を失うのは痛いからな。せめて私であれと心の中でつぶやく。


大川がもったいぶるようにいう。

「今夜、……殺されたのは……」

早くいえと周りからブーイングが飛ぶ中大川はゆっくりと口を開く。

「曽根川です」

「そ、そんな!!」

薫がショックを受けたように、私を見る。

私はまあそうだろうなと結果を素直に受け止める。

占い師二人がドンパチしてる中で、変にどっちかが死んだら人狼絞られやすくなるだけだし。

まあボディーガードの薫か私かの二択だっただろうし。受け止めよう。

私は席を立って、げえむから離脱する。


「それでは、話し合いを始めてください」


開口一番、柏木がびしっと津野川をゆびさす。

「あんたがあたしにヘイトをあつめようとして、曽根川殺したんでしょ?!」

上目づかいで津野川は柏木を見る。

「私にはそんなことできませんよ。わたしには。」

「あたしも占い師だからできません!」

「奇遇ですね。私もです。」

ふたりがバチバチとにらみ合う中、またもや薫が二人の間に割って入る。

「う、占いの結果、教えてほしいな!本物の占い師ならわかるよね!」

柏木と津野川は一度顔を見合わせ、言う。

「津野川からどうぞ」「いえいえ柏木さんからいってくださいな」


謎の譲り合いを繰り広げるなか、大川が私の近くにそっと来る。

「人狼誰かおしえてやろうか」

「いいの」

私が聞くと大川はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「もう死んでんだからいいよ」

言い方は気になるが、私は大川の言葉に甘えて聞く。

「耳かして」

大川は小声で私に人狼の正体を告げる。

と、同時に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。


「えー終わっちゃったじゃん!これじゃ津野川吊れないじゃん!」

「あらあら終わっちゃいましたね。残念です。」

わらわらと机やらカードを皆で片付ける。


薫がげえむ中ずっと黙り込んでいた、影月に近寄る。

「影月君、結局役職何だったの?」

影月は、カードをまとめながら答える。

「………人狼」

「え、まじで?!全然気が付かんかった!」

「ルールあんまり知らなくて、よくわからなかった」

「なるほどねえ、それが功を奏したってわけだ」

薫はにこにこと影月に微笑みかける。

「ないすげえむだね」

影月は表情を隠すようにうつむいて、小さくうなずいた。


私はぐっと机を持ち上げ、元の位置に戻す。

「影月君が人狼なら、あんたはなんなの?」

柏木が聞くと、津野川はにこりと微笑む。

「私はただの市民ですよ。柏木さんはほんとに占い師なんでしょう?」

「リアル狂人じゃん……」


昼休み、突如としてはじまった人狼げえむはこうして幕を閉じたのだった。


私はちらりと、影月を見る。

灰色の毛でおおわれた横顔は、何を思っていたんだろうか。

そんなことを思った。

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孤独な獣は人のふりして、見える少女は知らぬふり。 流川縷瑠 @ryu_ruru46

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