現実に存在する彼女と絵

 俺たちは食事を終えて今度こそ上野動物園に向かっていた。相変わらず電車は混んでいるがさすがになれた。無事に動物園に入れた。


 どうやらパンダは特別に並ばないといけないらしい。日も上ってきていて今は10時くらいである。パンダの列が近づいてきた。


「みんな、パンダだよ、よく心に焼き付けるんだよ。」


 写真を撮っている時間がないらしい。一人30秒ほどしか見れない。パンダが寝ていた。うんともすんとも動かない。こっちを見てくれよ。


 俺はとりあえず生きていることだけ心配しながらパンダを見ることを終えてしまった。


「みんな、パンダは楽しかったかな。次は象でも見に行こうか」

「あれれ、みんな元気ないね。大丈夫?」


 そういえばさっきから口数が少ない。水愛とかいつもなら凄い紫乃と話しているのに緊張しているのか。心愛先輩の口数も少ない。


「私少し緊張してしまって、授賞式のこと考えてたら。少しベンチに座っていいでしょうか」

「全然いいよ、ちょっと休憩しようか」


 俺はもうすっかり忘れていたが俺たちは授賞式に参加しなくてはいけないのである。緊張してきた。ソフトクリームをお姉ちゃんは買ってきてくれたがこころなしか歯にしみる。


 お腹が痛くならないように、暖かいお茶も同時に飲みながら食べていた。ほっと一息である、すこし安心したのか、どうやら俺以外の美術部員全員がトイレに行ってしまった。


 俺とお姉ちゃんだけで話す。


「ちょっと私みんなを連れ出しすぎちゃったかな。金彦がついでに旅行したいっていってたから遊んだけど、思ってたよりみんな緊張してるね。」

「メイドカフェくらいまではみんな元気だったけど、上野についたら本当に表彰式でなくちゃいけねえのかと思うと緊張してきちゃったよ」


「なら、もう先に会場に入ろうか、間に合わないとかの心配の方が暇な時間より心配の原因になるだろうし」


「もう行こうよ、道案内できる?」

「今日私なんのためにここにいると思ってるの、すぐ着くよ。」


 他のみんなもトイレから帰ってきた。次はどこに行くのかと不安がっているようにも見える。考えていたよりも移動が負担になっていたらしい。


「みんな、私からの提案なんだけど。東京観光は後にしようかちょっと早いけど表彰式の会場に行こう」


「私もそれでいいと思うぞ、水愛とかもうだめそうだしな」

「そうね、水愛が心配だわ」


「みんな、そんなに私のこと心配しなくていいらね。どこでもついていくよ。せっかくのみんなできてるからさ」


 結局美術館に行くことになった。誰の目から見ても水愛は緊張がピークになっている。倒れなければいいが。無理はさせられないので俺たちは会場に行くことになった。


 まだ十二時になってはいないが銀賞や銅賞になった人たちもたくさんいるので思いのほか会場はごったがえしていた。天気がいいので結構あせも書いていたが室内に入ると涼しい。


 そしてみんな制服を着ている和やかな雰囲気でがあるが、誰も遊びに来ているような雰囲気はない。ここからはお姉ちゃんは一瞬お別れである。顧問が受付を済ませている。


「こんな人がいるのね。私たち以外の作品も見て、まわろうかしら」


「まずは更衣室で着替えてからからな。これは美術館デートになるのかな」


「そうね、私たち描いてばっかりだったから、でも心愛と水愛と一緒に回るわよ。ここで浮かれてる場合じゃないわ、せっかくだから先に一周見てまわるわよ。デートしてあげる」


 楽しいデートというよりは敵情視察である。他の学校の人たちも作品を見ている。俺たち意外の高校生がどんな作品を目指しているか確認しなければならない。先生が帰ってきた。


「まずはみんな着替えってらっしゃい、時間までに何をしても良いわ。この美術館のなかなら。私はこの中を回って見てるわ」


 どうしても俺がデートをしたいことになったので控室に荷物を持ちながら紫乃と二人きりで作品を見学することになった。


「それにしてもこんなにたくさん絵がいろいろとあるのに本当に私たちが一番上になったのね」

「そうだな、俺の『花宮すず』確認しないとな。実感あんまりわかないし」


 まず最初に目につくのは銅賞の絵である、俺より上手い。個人の部の絵は一つ一つが絵が細やかである。学校別の方は結構自由だ。


 でっかい作品もあるし、俺たちみたいにひとりひとりが別々に描いているやつもある。銀賞も一緒である。


 作品名のところに賞のテープが張ってあった。俺たちの作品はどうなっているのか気になる。金賞ゾーンには金のテープと花がついている。


 えっちなえだったり、美少女の絵みたいな俺たちと似たような絵もあるし、すごくまじめで正確な写真のような絵まで飾られている。どの学校の絵も一人一人別々の絵を描いているやつは統一感がある。


 学校で一つの絵を描いているような奴は大きいし圧巻される。

 次が俺たちの絵である。実はちらちら見えているが俺も紫乃も見ないようにそっと手を握っていた。


「金彦、次ね。見ていいかしら。あと手を強く握りすぎよ。絵は逃げないわ。私も逃げないわ。行くわよ」

「見ようか、俺たちの絵を」


 緊張感が走る。俺の左側に絵が本当に飾られているのかそれが確定する。


 もしもなかったら、どうしようか。そんなにありえない妄想まで出てくる。すごい騒がしい美術館だが俺たち二人の間だけは呼吸音しか聞こえない。


 そっと視線をずらすと俺たちの絵が飾られている。これまでで一番大きな花と審査員高校特別大賞の文字が。


 確かに俺が描いた絵だ。


「本当に俺たちの作品がかかってるな」

「そうね、本当だわ。夢みたい」


 今の時間はどこの学校の人たちも自分の絵が本当に飾られているかを見ている。大きな壁にこれでもかというほどのたっぷりの空白が、この絵が一番だということを主張していた。


 俺が美術室で描いた絵がこうして日の目を見ることになったのは非常になんていえばいいのか不思議な感覚である。まるで夢で現実ではないような。


「着替えましょうか、これはきっと夢ではないわ。だって私の隣には金彦がいるもの」

「そうだな、着替えようか」


 紫乃には現実が見えているようだ。感傷に浸るのは後でもいい。まずは目の前の授賞式を遂行しなければいけない。


 俺たちはそっと手を放して更衣室に向かった。


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