第11話 愕然

大きな会場は、ゆうに三百人は入るであろうほどのスペースがあった。

 いくつものテーブルが並べられていて、そこここには色とりどりの花たちが飾られている。

 ここは高級ホテルの大広間だ。

 この日、英介と社長令嬢との結婚式が執り行われることになっているのだった。


 つまり美優にとって、いよいよ英介を地獄に叩き堕とすための決戦の日だというわけだ。


 美優は式場を歩きながら、プロジェクターに近寄って行く。

 これは式の半ばに予定されている、2人の馴れ初めなどを流すために用意されているものだ。

 先ほどホテルのスタッフらしき人物がチェックしたため、しばらくは誰も近づいてこないだろう。

 それに準備に忙しく、誰も美優の存在など気にも止めていない様子だ。

 美優はハンドバッグからスマートフォンを取り出すと、プロジェクターと同期させる。

 これで式が始まり感動的な2人の生い立ちなどが流れると思っている招待客の前で、英介の悪事を暴露することがでいると言うわけだ。

「横山さん」

 肩に手をかけられて美優はハッと振り返る。慌ててスマートフォンをハンドバッグの中に滑り込ませるのだった。

「た、田崎さん。何か用ですか?」

「いや、会場に入って来たら、横山さんがプロジェクターの前で何かをやってるみたいだったから、何か手伝いでもできればと思ってね」

 美優は何事もなかったように、満面の笑みを浮かべる。

「用事があったわけじゃないんです。実はこのプロジェクター、すっごくいいヤツみたいなんで。私もこういうのが欲しいなって思って見てたんです」

「そうなんだ」

 田崎はそっと美優の腰に手を回して来る。

「なんだったら僕が買ってあげようか? 一晩付き合ってくれるなら、これよりもいいのをプレゼントしてあげるよ」

「いえ、お気持ちだけで」

 そっと身を翻して田崎の手の中から脱出する。

「狭い家なんで、こんな大きなプロジェクターがあっても宝の持ち腐れになりますから」

 そう言って行こうとすると「あっ、そうだった」と田崎は手を叩いた。

「実は総務の子たちが横山さんを探してたんだよ」

「総務の人たちが?」

「そう。なんでも急きょ女の子たちで余興のタンスすることになったらしいんだけど、人数が足りないから派遣の子たちにも参加して欲しいんだって」

「私は踊らないんで……」

「後ろで紙吹雪を撒くだけでいいらしいよ。とりあえず打ち合わせしたいから来てってさ」

「でも……」

 時計を見ると、もうすぐ式が始まる。そのためプロジェクターからはあまり離れたくなかったのだった。

 すると田崎は声を落とす。

「実はこの余興ってね。ご令嬢のご所望なんだよ。しくじると後が厄介だからさ。ね? 頼むよ」

 顔の前で手を合わせる田崎を見て!ため息をつくしかなかった。

(まったく……これだからわがまま娘は……)

 だが、頑なに断ると妙に怪しまれてしまう恐れがあるため、美優は「わかりました」とうなずいた。

「ですけど、本当に私は踊らませんからね」

「わかってるって。じゃ、案内するよ。ここは広すぎて道に迷うといけないからね」


          *

「どこまで行くんですか?」

 田崎の案内でホテルの中を歩いていた美優だったが、一向に総務の女の子たちがいる部屋に辿り着かないため、さすがに不審に感じ始めて来たのだった。

「このだよ、ここ」

 振り返ると、田崎はドアを指差した。

 そこには「関係者以外立ち入り禁止」というプレートが貼られている。

「ここですか?」

 美優が眉根を寄せていると、田崎は「特別に使わせてもらってるんだよ」とドアを開ける。

「本番前にバレちゃうと興醒めだろ? だから一般の人が近寄らないところを用意してもらったんだ」

「そう……なんですか」

「さあ、入って入って。みんな待ってるから」

 美優は入り口から顔たけを入れて中を覗く。が、そこには誰もいない。

 掃除道具などが置かれているだけだった。

「みんななんていない──」

 不意に突き飛ばされ!美優は部屋の中の床に倒れ込む。

「な、何するんですか!」

 田崎も部屋に入って来ると、後ろ手でドアを閉めた。その顔にはいやらしい笑みが張り付いていた。

「ごめんね。これは上司命令なんだよ」

「上司って……」

 背後から足音が聞こえる。

「決まってるだろ」

 振り返ると、美優は目を見張る。

「田崎の上司って言ったら、俺のことだろ」

 そこに立っていたのは、英介だった。

 そしてその背後には、うつむいたままの山田がいた。

「ど、どうして……」

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