第8話 油断
「横山さんがこんなに積極的な子だとは思わなかったよ」
ここは街の外れにあるラブホテルの一室だ。
英介の金で1番良い部屋を取ったというだけあり、中は高級ホテル──とまでは行かないまでも、十分にリッチな内装になっている。
キングサイズのベッドのスプリングも申し分ない。
「美優って呼んでください」
首に両腕をかけると、すかさず腰に手を回してくる。
「美優ちゃんは、みんなと一緒に合コンに行かなくて良かったのかい?」
英介の唇が近づいて来たタイミングで、美優はやや乱暴に胸を押す。すると英介の体はベッドに倒れて軽く跳ねた。
「意地悪なんですね。部長って」
美優は馬乗りになる。
「部長と2人きりになりたいから、合コンのセッティングをお願いしたんだって、知ってるクセに」
「いつから僕に目をつけてたんだい?」
「ずっと前からです」
「ずっと前?」
「はい。ずっと前から、部長とこうなる日を想像してました」
「もしかして君は僕のストーカーってことかな」
「かもしれませんね」
英介の手が伸びて来たので、美優はハラリと身を翻してかわすとベッドから降りる。
「まずは飲みませんか? ここ、シャンパンがあるんですよ」
「良いねえ」
美優は背中を向けて冷蔵庫からシャンパンとグラスを用意する。
きっと英介はまた舐め回すように自分のことを見ているだろうことは容易に想像できた。
(馬鹿な男)
無意識に笑みが漏れる。
(女と見れば見境がないのは、ずっと変わらないわけだ)
グラスに注いだシャンパンに、そっと薬を混ぜる。
「お待たせしました。部長」
振り返ると英介はベッドに座り、ネクタイを外そうとしていたところだった。
「部長っていうの、やめてくれるかな。なんだか他人行儀すぎるじゃないか」
「では、なんとお呼びすれば?」
グラスを受け取ると、「英介でいいよ」と目を細めた。
「では、英介さん。私たちの出会いに」
「僕たちの出会いに」
チーンとグラスが合わさる甲高い音。
英介がグッとシャンパンを喉に流し込んだのを見届けた美優は、意味ありげな視線を向ける。
そして満足げに飲み干した英介に向けてグラスを掲げると、自らもまたシャンパンをあおるのだった。
数分後──
英介はベッドの上で大の字になってイビキをかいていた。
美優はハンドバッグから取り出した市販の睡眠導入剤の箱を見た。
(まさかこんなに効くなんてね)
それだけ疑いもしていなかったのだろう。
(つくづく馬鹿な男だ)
英介の上着からスマートフォンを取り出す。
指紋認証のため簡単に開くことができた。
写真や動画のフォルダがあったので中を覗いてみた。
そこには女たちとの1夜を過ごした時のものが残されているのだった。
(これって……)
美優は吐き気を覚えた。
画像の中には、明らかに強要して性交渉を行っているものまで残されていたからだ。
手が震えた。
(やはりこの男はクズだ。もう人じゃない……)
一時とは言え、夫婦であったこと、愛を誓い合ったこと、体を許したことを猛烈に後悔したのだった。
(ダメダメダメ!)
激しく頭を振った。
(今は感傷に浸ってる暇はない。むしろ容赦する必要がないと改めて確認できたのは良かった)
英介の服を脱がしていき、今度は自分のスマートフォンで撮影していく。
ここがラブホテルであることがわかるように、壁の鏡やお姫さまが使うような鏡台、もちろん天蓋カーテンの取り付けられたベッドも写るようにした。
汚したコンドームをベッドの脇に捨て、美優は部屋を出るのだった。
夜道を歩きながら、スマートフォンに保存した画像を確認する。
ちょうど赤信号になったので、美優は足を止めた。
(この画像を婚約者に送りつけて──)
向こうからトラックのベッドライトが見える。
眩しい──そんなことを考えながら顔をしかめ、道路に目をやったその時だった。
美優は何者かに突き飛ばされ、道路に飛び出す。
トラックのクラクションと甲高いブレーキ音、それらを縫うようにして誰かの悲鳴が響き渡るのだった。
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