第7話 接触
「すみませーん! これ手伝ってもらえないですか」
美優はデスクでおしゃべりをしていた2人の女性社員たちにファイルを差し出す。
どちらも派手目な格好をしている。つまり彼女たちは英介のお気に入りの女性たちというわけだ。
女性社員たちは露骨に顔をしかめる。
「はあ? 何言ってんの?」
「なんでわたしたちが派遣の仕事を手伝うわけ?」
「ちょっと私だけだと、この仕事量はキャパオーバーなんで」
「そんなの知らないわよ」
1人はそっぽを向いてしまう。
「残業でもなんでもやって仕上げなさいよ。でなきゃ、部長にクビにするように言うわよ」
だが、もう1人の方は声を押さえてニヤリと笑っている。
「やりたくないんなら、あっちの地味っ子にやらせれば?」
顎をしゃくった先にいるのは山田だ。
相変わらず忙しそうにパソコンに向き合っているのだった。
「あの子なら嫌って言わないから。もしも文句を言うようなら、部長に言いつけちゃえばいいのよ」
美優はチラリと山田の方を見た後、すぐに女性社員たちに向き直る。
「お2人は今日、部長との飲み会がキャンセルになっておヒマなんじゃないんですか?」
弓形に整えられた眉が真ん中に寄り、皺ができた。気分を害したらしい。
「だったらなんだって言うのよ」
「言っときますけど、部長との飲み会はなくなってもちゃんと予定はありますから」
「え? そうなんですか⁉︎」
美優は注意深くあたりを見回すと、声を落とすのだった。
「私、この後合コンに行く予定だったんですけどね。
急な予定が入っちゃって、いけなくなったんですよ」
「だから何よ」
「そんなのわたしたちには関係ないじゃない」
「そうですね」
苦笑した美優は意味ありげに微笑む。
「ただ、その合コンなんですけど──結構『美味しい』メンバーが揃ってはですよ。だからキャンセルするのは惜しいなって思ってて」
2人の眉がピクリと揺れたのを、美優は見逃さなかった。
「ほら。合コンって一回すっぽかしちゃうと、同じランクの男性を集めるのって難しいじゃないですか」
女性社員たちは互いに視線を交わし合っている。
どうする? といったところだろう。
「だから私が定時に帰れるようにお手伝いしてくださった方たちに、合コンをお譲りしようかと思ったたんですけど」
美優はファイルの束を体の前で抱え込む。
「お2人はお忙しいようなので、他の人を当たりますね」
行こうとしたら、腕をつかまれる。
「『美味しい』メンバーって、どんなカンジなわけ?」
「医者と弁護士──全員が年収2000万円越えです」
すると女性社員たちは、美優の腕の中にはあったファイルの束を抜き取るのだった。
「しょうがないわね」
「さっさと終わらせるわよ」
美優は頬を持ち上げる。
「助かります。やっぱり先輩たちは頼りになりますね」
自分の席に戻ると、山田があたりをうかがいながらやって来た。
「本当に仕事を振り分けて来ちゃったんですか⁉︎」
必死に仕事に取り組んでいる女性社員たちを、目を丸くして見ているのだった。
「ええ。丁寧にお願いしたら、快く引き受けてくださいましたよ」
美優はカバンを持って上着を羽織る。
「それじゃあ私はお先に失礼しますね。あっ、山田さんも今日は早く帰ってくださいね」
頬を持ち上げると、さっさと部屋を出て行くのだった。
エレベーターから出て来た美優は、受付を通り会社の出る。
そのタイミングで黒塗りの車がやって来るのだった。
運転手が回り込んで来て後部座席のドアを開けてくれる。
「ありがとう」
美優は颯爽と乗り込むと、そこには英介が座っていらのだった。
「やあ、うまく抜けられたみたいだね」
「部長のおかげです」
そう言って美優は、英介に体を密着させると、彼の膝の上に手を置いたのだった。
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