第2話 安堵
「ちょっと休憩しませんか?」
美優は給湯室で淹れてきたコーヒーをデスクの上に置く。
「あ、ありがとうございます」
美優はまた席に座って自分の分のコーヒーカップを両手で包み込むと、背もたれに体を預けた。背もたれはキィときしむ。
「部長さんと田崎さんって、いつもあんな感じなんですか?」
山田が困ったように眉をハの字にすると、うつむいてしまう。
「大丈夫ですよ。告げ口したりしませんから」
美優はウフフと笑うと、コーヒーを口に運んだ。
「他のみなさんもヒドいですよね。自分たちの仕事を、山田さんにだけ押し付けて帰っちゃうんですもん」
「しかたないんです」
山田は視線を下に向けたままつぶやく。
「坂上部長は、近々この会社の社長の一人娘と結婚することが決まってるんです」
「てことは、部長は時期社長になるってことですか?」
「はい……だからみんな部長の言うことには逆らえなくて」
「だとしてもですよ!」
乱暴にコーヒーカップを机に置いたため、中身が飛び散る。
山田は突然のことだったので目を見開くのだった。
「どうして山田さんがこんな目に遭わなきゃダメなんですか! 不公平ですよ!」
美優は唇を噛み締める。
「私はまだここに来て1週間ですけど、親切に教えてくれるのは山田さんだけです!
それにどう考えてもこの部署で一番仕事ができるのも山田さんなのに、なんだってこんな雑用みたいなことをやらされてるんですか!
全然仕事しない他の女の子たちに振ればいいのに!」
そこまで言うと、美優はハッと我に返るのだった。
「ごめんなさい……つい興奮しちゃって」
呆然としていた山田は、やがて短く「フッ」と笑う。
「ありがとうございます。そんなこと言ってくれるのは、横山さんだけなんでうれしいです」
「本当のことですから」
美優はコーヒーを飲み干し、飛沫をハンカチで拭った。
「じゃ、残りもやっつけちゃいまいましょうか」
「わたし……ブスだから……」
「え?」
「この部署の子って、みんな派手な感じがしませんか?」
美優は女性社員たちを思い返してみる。
「確かに……髪の毛を巻いてたり、アクセサリーをつけてたりしてる人が多いですね。あんまり仕事をする格好に見えないのは確かかな」
「みんな部長の愛人なんです」
「あ、愛人⁉︎」
「色々と買い与えて、自分好みの格好をさせてるんです。
それに女の子たちの前でいい格好したくて、面倒な仕事は全部わたしに押し付けてるってわけで」
「でも、部長ってもうすぐご令嬢と結婚するんですよね」
「はい。これは公然の秘密ってヤツです。だから横山さんも他言無用、ってことでお願いします。特に社長の耳に入ると大変なことになるんで……」
言い終わると、山田はパソコンの画面に向き直り、手際良くキーボードを叩き始めるのだった。
美優もまた正面を向くと、無意識のうちに唇が歪んだ。
(なんだ……英介のヤツ、相変わらずのクズ男のままか)
美優もまた作業に戻ると、表情を引き締めた。
(これなら、なんのためらいもなく地獄に叩き堕とせる)
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