絶対復讐主義 〜ドウカ ジゴクニ オチテ クダサイ〜

らるむ

第1話 不穏

もしも貴方の「夫」が悪びれもせずモラハラ、DV、ギャンブル、育児放棄、浮気を繰り返すのだとしたら?

 それはもう「夫」という体をなしただけの「不幸せ」です。

 だとしたら、やることはただ1つ。

 貴方の人生から取り除きましょう。

 そこに一切の容赦は必要ありません。


          *

          *

          *


山田やまだ!」

 坂上英介さかがみえいすけは両手一杯に抱えたファイルをデスクの上に置く。

 ドスン、と地響きのような音が鳴ったのと同時に、デスクの上のペンケースが倒れた。間髪入れず、

「あっ、これもお願いしますね」

 と、英介の後ろからやって来た部下の田崎たざきもまた、ファイルを積み上げるのだった。

 山田と呼ばれた女子社員は、驚いて体を震わせる。

 ずり落ちた眼鏡を押し上げ、上司を見上げ、

「ぶ、部長……これは……」

「決まってるじゃないか。仕事のファイルだよ」

 ニヤリと唇を持ち上げると、高々と積み上げられたファイルの山をバンバンと叩く。

「明日の朝までに仕上げてくれ」

「こ、この量を、私1人でやるんですか⁉︎」

「なんだ? 俺に口答えするのか。そんなことをしてみろ」

 山田の耳元に口を近づける。

「アレがどうなってもいいのか? ネットでバラまいちまうぞ」

「そ、それは……」

 愕然とした表情を浮かべると、山田は「わかりました……」と肩を落とすのだった。

 それを見届けた田崎は「よし!」と手を叩いて、部署の中を見回しながら声を上げる。

「じゃ、仕事は山田さんに任せて、みんな飲みに行こうか! 今日も部長のおごりだよ!」

「みんな、遠慮せずに飲んでくれ」

 そう言って英介は部署の出入り口に向かって歩き出す。すると社員たちはゾロゾロと後を追うのだった。

 誰も山田とは目を合わせようとはしない。

 中には申し訳なさそうにしている者もいるが、特に女性社員たちは蔑むような視線を向けているのが印象的だった。


 静まり返った部屋の中で、山田は1人、グスンと鼻をすする。

 やがて諦めたようにため息をつくと、パソコンのキーボードを叩き始めるのだった。


「お手伝いしましょうか?」


 振り返ると、そこには優しげな笑みを浮かべた女性が立っていた。

 真っ白なワイシャツ、黒のインナーに黒のタイトスカート。

 肩の高さまでのボブヘアで、真っ赤なルージュが塗られた唇は、女の山田が見てもドキリとするほどの色気があった。


「あ、あなたは確か──」

「派遣社員の横山美優よこやま美優です」

 と、首からぶら下げた社員証を見せる。ただし社員の山田のモノに比べると、かなり安っぽい。

 山田は誰もいなくなったドアの方のを見た後、美優に向き直る。

「横山さんは……行かないんですか?」

「部長との飲み会ですか? 私、苦手で。特にあの田崎さんが」

 そっと肩をすくめる美優を見て、山田は「ああ……」とうなずいた。

「かなり気に入られちゃったみたいですね」

「たずん、誰でもいいんだと思いますよ。田崎さんも──」

 美優もまたドアの方へと視線を向ける。

「それに部長もね」

 山田に向き直ると、机の上のファイルを半分持ち上げる。

「二人でやれば早く終わりますから。さっさと片付けちゃいましょう!」

「あ、ありがとうございます……」

 山田は隣で作業を始める美優の横顔をそっと覗き見た。

「ん? どうかしましたか、山田さん」

「い、いえ、なんでもありません……」

 慌てて作業に取り掛かる。それでもやはり、山田は美優のことが妙に気になっていた。

 部長のことを口にした瞬間だけ、美優の顔をやけに強張っていたように感じたからだ。

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