第2話 お見合いの行方

 教壇に立った俺は、講義室内にいる男子4人・女子3人の顔を見る。…全員見覚えはあるが、誰とも話した事はない。


高校までと違い、大学は人間関係が希薄化しやすいな。それは一概に悪いとは言えないが…。


「深谷君、自己紹介を頼むよ」

近くにいる梶田かじた教授が俺に声をかける。


「わかりました。…深谷ふかや 郁夫いくおといいます。S市に住んでいます」


「えっ!?」


何やら驚きの声が一瞬聞こえた。声的に女子だったが、3人の様子は変わらなく見える。さっきの声は、俺の自己紹介とは無関係か?


それよりも続きだ。次は何を言おう?


「家族構成は、両親と1歳下の妹です。他は……」

早くも言うネタがなくなってきたぞ。どうしよう?


「深谷君、バイトはしてるかな?」


梶田教授が助け舟を出してくれた。バイトは定番ネタになりそうだ。


「はい。ラーメン屋でしてます」


「ほぉ。君はどのラーメンが好きなんだ?」


「醤油ですね」


「わしは塩だ。あっさりしているのが良い」


ラーメンの好みは千差万別だな。奥が深いぜ。


「…すまん、わしと話が弾んでも面白くないか」


「そんな事ないですよ」

梶田教授と初めて雑談したから新鮮だった。


「他に話したい事はあるか? 深谷君?」


「……思い付かないです」


「なら質疑応答に移ろうか。深谷君に訊きたい事があったら手を挙げて欲しい」

梶田教授が女子3人に問いかける。


1番手でわからない事が多いとはいえ、この自己紹介は失敗だな。手を挙げる女子はいないだろう…。


「あの、質問があるんですけど」

俺の予想に反し、ダークブラウンの長髪が印象的な女子が手を挙げる。


この声、さっきの『えっ!?』の人か。


「深谷君の趣味は何ですか?」


「えーと、ゲームとかアニメとか漫画ですね…」

今思えば、趣味も定番ネタじゃないか! 何で気付かなかった?


「なるほど。次に、 SNSにそれらの感想を公開してますか?」


「してないです」

評論家じゃあるまいし、感想を公開する理由がない。


「わかりました。私の質問は以上です」


「他に質問はあるかな?」


梶田教授の問いかけに、残りの女子は何も言わない。


「では、深谷君の自己紹介はこれで終わりにしよう。ご苦労だったね」


用が済んだので席に戻る。俺を選ぶ可能性があるのは、さっきの女子1人だけだろう。これは期待しないほうが良いな。



 「次は誰にお願いしようか…?」

梶田教授が俺以外の人の顔を順々に見ている。


一部の人が目を逸らしているな。そうしたくなる気持ちはよくわかる。


「私がやります!」


立候補したのは、さっき俺に質問してきた女子だ。


「…男女交互にやったほうが良いかもしれないな。お願いするよ」


「はい!」

彼女は席を立ち、教壇まで移動する。


「O市に住んでます、鍵染かぎぞめ 沙織さおりです!」


俺が住んでるS市の隣じゃないか。さっき彼女が驚いたのはこれが原因かもしれない。


「趣味はSNSを見る事。家族構成は深谷君と同じ、両親と1歳下の妹です」


俺と鍵染さんは似てる部分が多いな。


「バイト先はファミレスで、キッチン業務をメインにやってます」


飲食店のバイトも同じか。可愛いし、彼女を選ぼうかな?


「こんなところですね。何か質問はありますか?」


…誰も挙手しない。質問するのも勇気がいるな。


「でしたら、これで私の自己紹介は終わります」


鍵染さんの自己紹介は良かった。声はハキハキして聞き取りやすかったし、言葉に詰まる場面もなかった。俺の自己紹介は不甲斐ないな…。



 鍵染さんの次は、男子の蛯名えびな君が自己紹介を行った。彼はあがり症なのか、下を向いて黙ってるシーンが目立った。見兼ねた梶田教授がフォローしなかったら、どれだけ黙っていただろうか…。


自分で言うのもなんだが、俺の自己紹介は彼よりマシだな。最下位じゃなくて一安心だ。


「次は女子の浅岡さんにお願いしよう」


「わかりました」


梶田教授の言葉を聞き、黒髪のミディアムロングの彼女が席を立つ。それから教壇に向かって行く。


「えーと、浅岡あさおか 真弓まゆみです。生まれも育ちもY市ってところですね」


彼女も鍵染さんと同じく、俺が住んでるS市の隣か。偶然は重なるな。


「家族は、お父さん・お母さん・1つ下の妹の4人です」


それも同じ? こんな事もあるんだな…。


「趣味はゲームや漫画やアニメです。最近のに限らず古いのも見ますし、少年向けもチェックしますよ」


それはポイント高い。わざわざ言うって事は、にわかじゃなさそうだ。彼女とは話が合うかも?


「バイト先は“マコール”っていう下着屋です。男子にはわからないかもしれませんね」


女の下着メーカーで一番有名なんじゃないか? 男の俺でもそれぐらい知ってる。


「以上で終わりますが、あたしに訊きたい事はありますか?」


「ちょっと良いかな?」


まだ自己紹介してない男子が手を挙げた。だから名前は知らない。


「下着屋でバイトしてるなら、当然計測はするんだよね? それは直接なのかな?」


気にならん事もないが、ここで訊く?


「もちろん。狭い更衣室で2人きりだと、いろんな事が起きちゃいますね♪」

イタズラっぽく笑う浅岡さん。


あえて想像の余地を残す発言。彼女はからかうのが好きなのかも?


「良い話を聞かせてくれてありがとう」


「どういたしまして。他に訊きたい人はいますか?」


……今度は誰も挙げない。浅岡さんは自己紹介を終えて、席に戻る。



 「次の自己紹介は男子にやってもらおう。誰にしようか?」


残る男子は3人だ。梶田教授が適当に決めて良いんじゃないか?


「オレがやりますよ!」


立候補したのは、さっき浅岡さんに質問した男子だ。彼は梶田教授の言葉を待たず、教壇に立つ。


………自己紹介の結果、彼の名前は石田君である事がわかった。他の話は長かったので、右から左に聞き流す…。


「次は最後の女子になる、雨寺さんにお願いしよう」


「はい…」


教壇に立った黒のおさげ髪の彼女は、鍵染さん・浅岡さんと比べて背が低い上に大人しそうだ。そのせいか、放っておけない雰囲気を纏っている。


「…雨寺あまでら れんです。えっと…、両親と弟とペットのハスと一緒に住んでます。バイトはしてません…」


それから彼女は黙り込んでしまった。彼女も蛯名君同様、こういうのには向いてなさそうだ。


「雨寺さん。自己紹介は終わりで良いかな?」

梶田教授がフォローする。


「はい…」


「では、彼女に質問がある人は挙手して欲しい」


「はい!」

すぐ挙げたのは鍵染さんだ。


「雨寺さん、趣味は何かある?」


「えっと、ハスと遊ぶ事です…」


「ペットの事ね。その子の種類は何になるのかしら?」


確かにそれは気になるところだ。


「犬のミニチュアダックスになります…」


「そうなんだ。その子の写真あったりする?」


「ありますよ。待ち受けにしてます…」


「後で見せてもらっても良い?」


「はい…」


鍵染さんはコミュ力高いな。あっという間に雨寺さんとの距離を縮めたぞ。その話が終わってから、彼女の自己紹介も終わる。


「次は男子2連続だな」


その2人の自己紹介が終われば、いよいよアンケートの時だ。



 梶田教授の言うように、田代君・森口君の自己紹介が始まる。………彼らの自己紹介は普通だった。内容もだが、失敗と成功が程々に混ざっていた印象だ。


成功か失敗、どちらかに振り切っていたらある意味印象に残った気がする。炎上系がなくならない訳だ…。


「これで全員の自己紹介が終わったな。今からアンケートを取るぞ」

そう言って、梶田教授はメモ用紙を全員に配る。


「気になる異性の名前を1人書いてくれ。うまくマッチしなければ、その時考えよう」


この救済措置は初めてらしいからな。試行錯誤するのは当然だろう。


俺が気になる異性…、鍵染さんか浅岡さんの2択だ。どっちを選ぼう?


鍵染さんは今までのやり取りで分かるように、とてもしっかりしている。それに加えてコミュ力もあるから隙がない。


対して浅岡さんは、俺と趣味が合うのが好印象だ。付き合うにあたって、話が合うのは大切な要素になる。


一体どうすれば良いのか? 俺は2人の名前を紙に書いてから、ぼんやり考える。



 「もうそろそろ書き終わったか? 回収するぞ」

梶田教授が偶然俺の近くにいたので、俺の紙がすぐ回収される。


しまった! あの紙には2人の名前が書いてある。後で消すつもりだったのに…。もう回収は止められないから諦めるしかないな。


全員の紙を回収した梶田教授は、何やらメモしている。多分結果をまとめてるんだろう。


そして数分後…。「集計が終わった」という知らせを聞く。


「今回できる恋人は…『深谷君・鍵染さん・浅岡さん』の1グループになる」


ん? 今のはどういう事だ? 3人呼ばれたよな?


「集計の結果、鍵染さんは深谷君を・浅岡さんも深谷君を選んだ。それに対して深谷君は2人の名前を書いていたのだ。なら、こうするしかあるまい?」


「それありなの!?」

石田君がツッコむ。


「今の時代、恋人の形はそれぞれだ。“両手に花”というか、ハーレムもありなんじゃないか?」


ありなのか? そう思ってから2人を見る。……鍵染さんは納得してなさそうで、浅岡さんは気にする素振りを見せない。


このお見合い、まだまだ波乱になるかも。そう思う俺であった。

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