第2話
「……朝田?」
意図せず名前を口に出してからまずいことをしたと気がつく。慌ててその場を離れようとすると男はこちらに駆け寄って目を細めた。その大袈裟な振る舞いで彼が朝田であることに確信を抱く。
朝田は高校時代の同級生だった。入学当時から奇抜な振る舞いと圧倒的なコミュニケーション能力で学年の噂になっていたのでよく覚えている。何度か話したことはあるが、保育士みたいに大袈裟な感情表現や世間知らずであるグループでは人気者、他のグループでは異常者扱いを受けていたのも思い出した。
朝田は冬川を見てしばらく眉を顰めて、言った。
「う〜ん……、あっ!思い出した。フユカワ。冬川くんでしょ。ウワすごい偶然!」
手を掴んで朝田は目が痛くなるほどの笑顔で笑った。声量も信じられないほど大きく、少年たちが心配してこちらに寄ってきた。
「アサケン、知り合いだったん?」
「そうなんだよ!高校の頃の友達なんだ」
「いや友達、ってほどじゃないけど…」
その通り、朝田と冬川は同じ高校に入学しているが親密な関係ではなかった。そもそも高校がマンモス高であったのもあり、一度もクラスが一緒になったことがない朝田と話す機会は片手で数えられる程度である。
「ハハ、確かに。友達じゃないけど、何回か話したことあるんだ」
「ていうかお前、何してたの」
「え?普通に遊んでいるだけ!」
「は、何言ってんの。仕事?」
「いや違うよ。俺が遊んでもらっているだけ。仕事は今はね、ユーチューバー。結構有名になってきたんだよ」
そう言い終わるのか先か、一人の少年が朝田に向かってボールを投げる。ノールックでキャッチした朝田はイタズラな顔で「俺に勝とうだなんて十年早いわ!」と少年めがけて投げ返した。少年たちは声をあげて笑い、地面を踏み締めて走り出した。
それを冬川はぼんやりと見ていて、心から楽しそうだなと思った。そして遅れてやってきたとてつもない優越感にじんわりと浸る。
コイツは定職にもつかず、こうやって一日中遊んでるのか?カメラ回して、大袈裟なリアクションして再生数稼いで。バカみたいだ。ガキに遊んでもらっているようにも見えるぞ。周りの目とか気にする知能すらないのか!
ああ、流石高校を中退した男!情けなくて涙が出てくる!
冬川は必死に朝田への憧れを隠すように下を向いて、心から朝田をバカにした。
「待って、待って。冬川くん。ちょっとだけドッチボール相手してくれない?」
「え。いやだけど……」
「せっかく会えた記念!お願い、一試合だけ」
朝田に続いて頬に絆創膏を貼ってある少年が「幸一くん帰っちゃったんだ」とこちらを横目に語りかけてくる。
正直絶対に家に帰りたいが、何しろ冬川には年の離れた妹が一人いる。高校の頃も忙しい母に変わって幼稚園のお迎えをしていたこともあって、子供の誘いは断ることができなかった。誘いを断るというより、子供に悲しい思いをさせるのが耐え難い。
「………一試合。一試合だけだ」
「やったー!ありがとう冬川くん。けど無理しないでよ、そのスーツ高いやつじゃない?」
「さっき汚れたばっかだからもういいよ。どうせ今日クリーニング出す予定だったし」
そう言って冬川はベンチから立ち上がり、軽くアキレス腱を伸ばしてから朝田の後ろをついていく。子供達は新しくやってきたサラリーマンに興味津々で目を離さない。
(まあ、すぐに終わるだろ)
*
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世界で一番近い空 (株)剛田のアサイー @takeshi1010
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