第14話 朱い小悪魔
「灰斗くんは、何か飲みたいものある? コーヒーとか紅茶、麦茶やリンゴジュースなら出すことができるのだけど」
「いえいえ、お構いなく」
「遠慮しなくていいのよ。おばさんのお節介に付き合ってくれないかしら?」
「えっと、ではコーヒーを‥‥」
朱美さんにそう言われては、断り続けるのも申し訳なくなり、俺は大人しく言葉に甘えることにする。
白咲家のリビングに通され、部屋の中心に置かれていた4人掛けのテーブルに腰掛ける俺の隣には、柴乃が凛とした佇まいで紅茶を啜っている。柴乃の向かい側には桜が座り、その膝の上には陽向くんが座ってちびちびとリンゴジュースを飲んでいる。なんか面談みたいで変に緊張してきたな‥‥。
「こうして座っていると結婚の挨拶みたいですね」
「柴乃、本当にちょっと黙ってて」
コソっと耳打ちで話しかけてくる柴乃の言葉を聞き流して、俺は冷静さを失わないようにする。この人は一定間隔で俺を揶揄わないと発作でも起こしてしまう体なのか‥‥?
「お待たせしちゃったわね。ミルクとかお砂糖はいるかしら?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
キッチンから戻ってきた朱美さんからコーヒーを受け取り、俺はそれを口に運ぶ。
「ところで、灰斗くんは桜か柴乃ちゃんのどちらかと付き合ってたりするのかしら?」
「ゴホッ! ゴフッ!」
「お母さん!?」
俺の向かい側へと座った朱美さんの発言に俺は含んでいたコーヒーを詰まらせ、ついでにちょっと吐き出す。朱美さんの隣に座っていた桜は絶叫し、突然叫んだものだから、膝に座っていた陽向くんもびっくりしてせき込む。俺の隣に座っている柴乃は、何も言わず平静を保ってはいるものの、微動だにしていないため、びっくりして固まっていると思われる。
「すいませんっ‥‥すぐ拭きます!」
「気にしなくていいのよ~。それよりも、その反応は図星かしら?」
「お母さんちょっと静かにして!!」
朱美さんの追撃に、耳まで真っ赤にした桜は、手で朱美さんの口を塞ぎ無理やり静かにさせる。
「お兄ちゃん、ティッシュとタオルどーぞ」
「あ、ごめん。ありがと陽向くん」
「どういたしまして!」
状況をよくわかっていない陽向くんが一番冷静で、あたふたしている俺にティッシュボックスと布巾を渡してくれる。
俺は受け取ったティッシュと布巾を使ってこぼしてしまったコーヒーを拭いていく。
「3人とも全然否定しないのね。もしかして一夫多妻かしら?」
「違いますからね?! 一夫多妻でも、付き合ってもないですから!」
いつの間にか桜の拘束から逃れた朱美さんが、どんどんと勘違いを加速させていくので、これ以上変な方向に進まないよう俺はきっぱりと否定する。
「残念ねぇ。なら質問を変えようかしら。桜と柴乃ちゃんは灰斗くんのこと好き? もちろん異性としてよ」
「「当たり前じゃない(ですか)!!」」
「あら、仲良しね」
息ぴったりの桜と柴乃を見て、朱美さんは可笑しそうに笑う。というかさっきまで黙っていた柴乃に関しては、なんでこれだけには一瞬で反応してるんだ‥‥。
「友達なんて柴乃ちゃん以外に家に連れてきたことがない桜が、男の子と一緒に帰ってくるなんて、それだけで何か特別な関係だと判断するには十分な材料になるんだから」
だからなんとなく分かってたわよ
紅茶を啜る朱美さんは、しみじみとした口調でそう語る。なんとなく分かってたうえでカマをかけてきたのなら、それはそれで悪い性格をしてると思うのだが‥‥さすがにそんなことは口にできない。
「でもよかったわ。桜と柴乃ちゃんの初恋が灰斗くんみたいな好青年で」
「いえ、そんなことは‥‥恐れ多いです‥‥」
「朱美さんの言う通りです。灰斗さんはもっと自信を持ってもいいと思います」
「いくら灰斗君が否定しても、私たちはずっと言い続けるからね。灰斗くんは良い人だよって」
続けざまに褒められ、俺は気恥ずかしさからなんとなく居心地が悪くなる。やっぱり、2人からの俺への評価はいささか高すぎる気がする。
「桜と柴乃ちゃん、どちらか選んだときはちゃんと教えて頂戴ね。ちなみに、灰斗くんが胸派なら桜、お尻派なら柴乃ちゃんをお勧めするわ」
「「「朱美さん!(お母さん!)」
この人、本当は柴乃のお母さんなのでは‥‥?
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