第12話 小さな爆弾ほど大きく爆発する

「クレープも食べたし、灰斗くんも私たちのことを名前で呼んでくれるようになったし、今日はいい日になったなぁ」

「私も最高の気分です」


 当然のように俺の両隣に立っている聖女たち、もとい桜と柴乃は、柔和な笑みを浮かべ満足そうに歩いている。段々と日も落ちていき、すっかり夕暮れとなってしまったため、俺たちは華憐さんのクレープ屋を後にし、帰路についていた。


「ところでさ、今は私たちの家に向かって歩いてるわけだけど、灰斗くんの家はどの方面? 反対側だったりしたら申し訳ないんだけど」

「あぁ、俺もこっち側だから気にしなくていいよ」

「てことは、一緒に登校できるね?!」


 俺の言葉を聞いた白聖女は、急に目を輝かせ下から覗き込むようにして俺を見上げてくる。あるはずのない犬耳やブンブンと振られている尻尾が見えてきそうなほど子犬っぽい仕草は、柴乃が見せることのない桜特有の仕草だ。今日1日だけで、かなり2人の性格を把握できたように思える。それくらい濃い1日だったということだが‥‥。


「あぁ‥‥そうなっちゃうな‥‥」


 自分の迂闊な発言を悔やみながらも、今更否定することはできないので、俺は桜の言葉に大人しくうなずくしかない。この後の流れはおおよそ予測できる。


「じゃ明日から3人で一緒に登校しよ!」

「賛成です。同じ方面に家があるのなら、別に不自然ではないです」


 まぁそうなるよな‥‥。柴乃も表向きはテンションが変わっていないように振舞っているが、見上げてくる瞳がキラキラと輝いている。こんな様子を見たら「ミステリアスな雰囲気がいい!」とか言ってる学校の『黒聖女』推しの人間はどうなるんだろうなぁ‥‥。


「‥‥一応聞くけど俺に拒否する権利はある?」

「「ない(です)!」


 両隣から満面の笑みで逃げ道を塞がれ、八方ふさがりとなる俺。


「もし私たちに黙って先に行ったりしようものなら‥‥覚悟しておいてくださいね?」


 耳元で柴乃の追撃も受け、俺は潔く諦める。

 やっぱり柴乃は要注意人物だ。さっきまでの純粋無垢な笑顔はどこへやら‥‥小悪魔みたいないたずらっぽい笑み、それでいて何を考えているのか分からない恐怖を与えてくるこの感じ‥‥腹黒少女に改名した方がいいんじゃないか?


「なにか失礼なこと考えてませんか?」

「別に‥‥そんなことないぞ」

「怪しいですね」

「あ、私たちの家見えたよ!」


 柴乃の疑いの視線から逃れるように、俺は桜が指さした方へと視線を向ける。そこには白を基調とした黒い屋根の2階建て一軒家が立っていた。なんとなく2人の普段のイメージから、すごいお金持ちの家庭なのかという思い込みがあったが、割と普通の家らしい。それでも俺の家よりは大きいかな。


「あれ、そういえばさっき私たちって‥‥」

「私の家は桜の家の隣ですので。あの黒い平屋が私の家です」


 柴乃が示した家も、俺の家と比べるとかなり大きく見えるが、それでもめちゃくちゃ大きいかと言われるとそうでもない。


「意外そうな顔をしていますね。そんなにびっくりすることですか?」

「いや‥‥なんというか普段のイメージから2人とも超お金持ちなのかなとか思ってたから、意外と普通の人間なんだなって思った」

「まぁ私たちも、自分で聖女とか名乗ってるわけじゃないからね。中身は普通の女の子だし。だから灰斗くんも私たちに変に気を遣ったりする必要ないんだよ」


 俺の言葉に困ったような苦笑いを浮かべる桜。『聖女』と呼ばれること自体は嫌いではないと言っていたが、やっぱり思うところはあるのだろうか。


「私たちがクラスメイトに話しかけるだけで大騒ぎですし、常にいろいろな人から視線を向けられますからね。軽い息苦しさはありますよ。でも、この肩書のおかげで、灰斗さんとの関わりを誰にも邪魔されないことには感謝しないとですね」


 桜の言葉に続くようにして、柴乃もちょっとした愚痴をこぼす。まぁ柴乃に関しては、最後の言葉の方が本心のような気もするが‥‥。人気者にも、人気者なりの苦労があるということは間違いないだろう。今日1日、この2人のせいで視線にさらされ続けた俺だからこそ、確信を持って言える。


「灰斗くん、ここまでありがとね」


 桜の家の前で来ると、桜はそういって玄関の方へと歩いていく。


「あ! そういえば灰斗くんって、登校するときここ通ってる?」

「あー‥‥」

「お姉ちゃんおかえりー!」


 桜の言葉になんと返そうか迷っていると、桜の家の玄関がガチャッと開き、中から小さな男の子が飛び出してくる。


陽向ひなた! ただいま!」


 ひなたと呼ばれたその男の子は、すごい勢いで桜へと飛びつき、桜もそれを笑顔で受け止めている。


「えっと、桜の弟‥‥で合ってる?」

「うん! あ、ちょうどいいや! 陽向、お姉ちゃんのお友達にちゃんと挨拶してごらん」

「うん! しのお姉ちゃんもおかえり! えっと‥‥」


 桜に促された陽向くんは、俺の隣に立っていた笑顔で柴乃に挨拶をする。家が隣同士らしいから、柴乃とも面識があるのだろう。

 問題は俺だ。陽向くんは、桜とそっくりな薔薇色の瞳をまたたかせ、明らかに困っている様子。しかし、首を傾げながら俺のことを数秒眺めた後、何かを思いついたかのように「あ!」と声を出す。


「お姉ちゃんのかれしさん! はじめまして! お姉ちゃんの弟のひなたっていいます!」

「陽向?!」

「ちょ、はぁ?!」

「あ?」


 陽向くんの爆弾発言に俺とさくらの悲鳴、それから柴乃のどす黒い声が重なった。

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