第11話 嫉妬と変化

「あ、あの~2人とも‥‥?」

「‥‥パクパク」

「‥‥モグモグ」


 プラスチック製の白いガーデンテーブルに座り、無言でこちらを見つめながらクレープを食べ進める聖女2人。さっきからずっと何か言いたげに見てくるので、俺も会話を試みようと声はかけているのだが、話してくれるつもりはないらしく、ただひたすらにクレープを頬張っている。

 なんとなく不機嫌なのはさっきの様子でわかるし、華憐さんにも「機嫌を取れ」と忠告はされたのだが、2人が会話すらしてくれないためどうしようもできない。


「‥‥灰斗くんは私たちのこと、まだ名前で呼んだことありませんよね」

「え? ‥‥あぁ、まぁ言われてみれば‥‥」


 クレープを一通り食べ終えた白聖女が、不意に口を開いたことに驚かされれつつも、俺は今日1日のことを思い返し納得する。心の中では「白聖女」「黒聖女」と呼んでいるが、本人たちに向かって直接言ったことはない気がする。


「でもさっき、華憐さんのことはすんなり呼んでましたよね」

「‥‥呼んだね」


 続く黒聖女の言葉を聞いてさっきのやり取りを思い出す。確かに「華憐さん。ありがとうございます」とは言ったのでこれも肯定しておく。


「なんでですか?」

「‥‥なんでとは?」


 黒聖女の言葉の意がくみ取れず、俺は首を傾げ聞き返す。すると黒聖女の隣に座っていた白聖女がガタッと勢いよく立ち上がり俺のことを見下ろしながら叫ぶ。


「なんで私たちのことは呼んでくれないのに、華憐さんのことはすんなり呼んだの!?」

「あぁ、なんだ。そういうことか。『黒聖女』と『白聖女』ってちゃんと2人を呼んだ方が良いよな。ごめん」

「ちがーう!!」


 俺の言葉に頭を抱えてしまう白聖女。学校で崇められている存在である2人を、ちゃんとその二つ名で呼ばないと失礼だと思ったのだが、どうやら違うらしい。


「ちゃんと名前で呼んでよ! 学校での呼び名とかどうでもいいから!」

「えぇ‥‥じゃあ白咲と黒木」

「そうじゃない!!」

「灰斗さん‥‥もしかしてわざとやっているのですか?」


 またも頭を抱えてしまう白聖女とため息をつき、呆れたような目を向けてくる黒聖女。俺としては言われた通りにしているつもりなので、何が違うのかも、呆れたような目を向けられる理由も分からない。


「はぁ‥‥灰斗さん、さっきあなたは『華憐さん』と呼びましたよね?」

「うん。そうだね」

「では『華憐』という名前は上の名前ですか? 下の名前ですか?」

「山吹華憐って言ってたしそりゃ下の名前‥‥あぁ、そういうことか」


 呆れつつも導尋問をしてくる黒聖女のおがげで、俺はようやく2人が何を言いたいのかを理解する。おそらくこの2人は、俺が華憐さんだけを下の名前で呼び、2人のことは名前では呼ばないことに不服を申し立てているのだ。そうすれば、さっきのタイミングで不機嫌になったのも納得がいく。


「私たちは1年生の時から同じクラスで、関わりも華憐さんより長いはずです。それなのに、華憐さんはさらっと名前で呼び、私たちは名前すら呼ばれないというのは、桜も私も不機嫌になります」

「そうだそうだ!」


 再度むすっとした表情を浮かべる黒聖女と、それに同調する白聖女。関わりが長いと言っても、1年の時は同じクラスだっただけで1度も話したことはないし、今日の朝初めて話したのだからそこまで変わらないような気もするが、それを口に出したら余計地雷を踏みそうなので我慢する。


「でも俺の中では、2人はずっと『黒聖女』と『白聖女』っていう雲の上の存在のように思ってたし、なんならそれは今も変わってないし‥‥こうして一緒にいることもまだ信じ切れてないから、それをすぐに変えるって言うのも‥‥」

「灰斗さん」

「わっ! びっくりした‥‥」


 俺が自分の意思を語っていると、今度は黒聖女が、テーブルから身を乗りだして、俺にグイっと顔を近づけてくる。


「私たちはあなたに『一人の女の子』としてみてほしいのです。学校での『聖女』呼びも、別に嫌いではないですがそれは学校での姿です。『黒聖女』と『白聖女』ではなく『黒木 柴乃』『白咲 桜』として私たちを見ることはできませんか?」


 黒聖女の顔が目と鼻の先にある。吸い込まれそうになる漆黒の瞳と、その瞳を大きく見せるまつ毛、きめ細やかな肌に、赤く瑞々しい唇。それらに目を奪われいろいろな思考が俺の中にめぐるが、それらを押し込み、俺はゆっくりと口を開く。


「えーっと、言いたいことは分かるんだけど‥‥それって下の名前で呼ぶ理由になるかな?」

「好きな人には下の名前で呼ばれたいものです」

「あ、はい‥‥」


 苦し紛れの言い訳も、黒聖女はばっさりと切り捨てる。あまりにも堂々とした発言に俺がたじろぐしかない。白聖女も黒聖女もはっきりと自分の思いを告げてくるため、本人たちよりも俺の方が恥ずかしくなってしまう。


「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥わかったよ」


 黒聖女の期待するような視線に根負けした俺は、聖女たちの願いを承諾する。その瞬間、目の前にあった黒聖女の顔は満面の笑みに変わり、すぐそばからは白聖女の嬉しそうな声が聞こえてくる。


「では手始めに。私たちの目を見て名前を呼んでいただけますか?」

「わかったよ‥‥」


 俺は一度視線を下げ、ふぅと息を吐き自分の心を整える。いざこうして意識すると、段々と緊張や恥ずかしさなどがこみあげてくる。それらを押し殺し、俺は下げていた視線を上げ、2人の顔を見つめる。


「柴乃」

「桜」


 2人の顔を見つめながら名を呼ぶと、それぞれ顔を綻ばせる。その笑みは、これまで学校で見てきた笑みと全く違い、同時にこれこそが2人の本当の笑顔なのだと感じた。名前を呼ぶだけでここまで喜ばれるとは思っていなかったが‥‥。


「あー‥‥すごい邪魔しちゃってごめんなんだけど、人のお店の前でイチャイチャするのはやめてほしいかなぁ‥‥?」

「ほんっとにごめんなさい!!」


 遠慮がちに声をかけてきた華憐さんのおかげで、俺はここが公共の場だと思い出す。


 あぁ‥‥周りの視線が痛いよ‥‥。

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