第10話 甘いクレープと店員さん
「あ、見えてきた!」
横を歩く白聖女が、嬉しそうに指を向けた先には、全体を黄色で塗装したキッチンカーが1台。周りには多種多様なクレープを宣伝するのぼり旗が立っている。おそらくあのキッチンカーが、聖女たちが気に入っているというクレープ屋なのだろう。
「灰斗くん、どんなものが食べたいとかある?」
「う~ん、と言ってもクレープ自体あんまり食べたことないんだよなぁ‥‥」
今までクレープを食べたことがないから、どんなものがあるかどうかすら知らない俺は、キッチンカーを見つめながら答える。張り出されているメニューを見たところ、バナナやイチゴにチョコソースやホイップをかけたのが一般的なのだろうか。
「じゃあ私が選んであげようか? このお店には何回も来てるし、おすすめもいっぱいあるよ!」
「いえ、私が選びます。桜はこういったものを選ぶセンスが皆無なのです。なので灰斗さん、私に任せてください」
「ちょっと柴乃ちゃん!? さすがに酷くない!?」
「事実ですから」
聖女2人が言い合いをしている間に、俺はもう一度張り出されているメニューを眺める。‥‥やっぱりバナナとイチゴ、チョコソースやホイップの有無でメニューが組まれているようだが、どれが美味しいのかはさっぱりわからない。
「あ、もしかして注文? なに食べたい?」
俺がメニューを眺めていると、キッチンカーの中から声をかけられる。20代くらいだろうか。明るい金髪と派手なメイクが目を引く女性が、俺の方を見て笑いかけてくる。整った顔をしている人だが、聖女たちとはまた違い、可愛いというより綺麗という言葉が似合う女性だ。
「あぁ、はい。けど、俺あんまりクレープを食べたことがなくて‥‥どれが美味しいのかとかよくわかんないんですよね」
「そっかそっか。店を運営している人間としてはどれも美味しいって言うんだけど‥‥敢えてお勧めするならバナナチョコクリームとかどう? 多少甘みが強いけど、クレープの王道って感じで人気な商品だよ」
俺の話を聞くと、店員さんはメニュー表を示しながらおすすめをしてくれる。確かにメニュー表にも「人気No1」といったPOPが貼られていて、他の商品よりも強調されていた。
「そうなんですか。じゃあそれ1つください」
「了解しました~」
俺は店員さんの提案を素直に受け取り、バナナチョコクリームを注文する。俺の答えを聞いた店員さんはキッチンカーの奥の方で作業を始める。あまりキッチンカーを利用したことはなかったけど、外から内側の調理の様子が見えるのは少し楽しいかもしれない。
「あー! もしかして灰斗くん、もう注文しちゃった?」
「あ、うん」
てきぱきと手際よく調理を進めていく様子を眺めていると、後ろから悲鳴に近い声が聞こえてくる。振り返ると、涙目になった白聖女とひどく落ち込んだ様子の黒聖女たが立っていた。
「うぅ‥‥せっかく柴乃ちゃんとのじゃんけんに勝ったのにぃ‥‥」
「ん? もしかして君、桜ちゃんたちと知り合いなの?」
ちょうどそのタイミングで、お店の人が完成したクレープを持って顔を出してくる。
「あ、はい。一応クラスメイトです」
白聖女のことを名前で呼んでいるあたり、この店員さんは2人と知り合いなのだろう。聖女たちもこのお店には何度も通っているらしいし、その過程で仲良くなっていても不思議ではない。
「へぇ、珍しいね。2人が知り合い連れてくるなんて。今までそんなことなかったじゃん」
「あ! そうそう。華憐さん、この灰斗くんこそ、私たちを助けてくれた人だよ」
「おー! そうだったんだね。ナンパ男たちをぼっこぼこにしたって聞いてるよ! カッコいいじゃん!」
華憐さんと呼ばれたお店の人は、クレープ片手に車の中から俺の頭をぺしぺしと叩いてくる。正直、あの時の出来事にはあまりいい思い出はないので、俺は曖昧な笑みを浮かべる。
「じゃあそんなカッコいいヒーローくんには、このバナナチョコクリームのクレープをあげよう。ついでに今日だけはタダにしてあげるよ」
「え?! さすがにそれは申し訳ないというか‥‥」
「私の可愛いお客さんを守ってくれたお礼だよ。それと、これからもこの子たち2人と、
有無を言わせぬ圧でクレープを押し付けてくる華憐さんに負け、俺は「ありがとうございます‥‥」と言いながらクレープを受け取る。
「いいないいな! 私たちもタダにしてよ!」
「お願いします」
「アンタらはタダにしたら1番高い商品を注文するでしょうが。そんなことはできませーん」
「華憐さんけちんぼです」
俺と華憐さんのやり取りをみて、聖女たちもおねだりをしていたが、あっさり断られて頬を膨らませていた。
「はいはい。なんとでも言いなさい。それよりもクレープ食べるの食べないの?」
「イチゴチョコクリーム1つ‥‥」
「バナナキャラメル1つお願いします‥‥」
「毎度あり~」
そんな2人を適当にあしらい、華憐さんは注文を受けてきぱきとクレープを作り出す。今までの様子を見ている限り、本当にこの3人は仲が良いようで、お互いを大切に思いやっているように感じる。だからこそ、華憐さんは俺にサービスをしてくれたのだろう。
「灰斗さん、クレープ食べないのなら私が食べちゃいますよ? こう見えて食い意地は強いのですから」
「あ、あぁごめん。ちゃんと食べるよ」
自分たちのクレープが出来上がるのを待てないのか、俺がいつまでもクレープを食べないのを見て、黒聖女がキラキラとした目でこっちを見てくる。
さすがにタダで頂いたものを人にあげるのは華憐さんにも申し訳ないので、俺は持っていたクレープにかぶりつく。
「ん‥‥美味しい‥‥」
「当たり前です。華憐さんのクレープは世界一ですから」
「なんで柴乃ちゃんが威張ってんのさ。ほら、アンタたちの分だよ。灰斗くんだったっけ? どうよ私のクレープは」
「すごく‥‥美味しいです。華憐さんありがとうございます」
俺がそう答えると華憐さんは笑顔で満足そうに頷く。
「むぅ‥‥」
「むぅ‥‥」
すると、一部始終を見ていた聖女たちが2人そろって頬を膨らませ、不機嫌だということを隠しもせず俺に近づいてくる。
「どうしたの2人とも‥‥?」
「「ふんっ!」」
俺が質問すると、2人そろってそっぽを向きそのまま併設されている机でバクバクとクレープを頬張りだす。
「なんだったんだ一体‥‥?」
「あはは。君、あの2人に相当気に入られてるんだね」
様子を見ていた華憐さんはキッチンカーの中で大爆笑している。が、今の様子を見てなんで気に入られてると思ったのか不思議で仕方ない。
「ちゃんとご機嫌取りなさいよ。どうやるかは君次第だけどね」
華憐さんは俺の疑問に答えるつもりはないようで、そのままキッチンカーの奥へ引っ込んでいく。
ホントにどうしろって言うんだ‥‥。
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