第3話 作戦会議

 子供たちが寝静まった深夜。シドと大人たちが作戦会議を行っていた。部屋の中心にある大きなテーブルを取り囲むようにして大人たちが話し合っている。テーブルの上には巨大な地図が広げられ、縁の部分には飲み物や夜ご飯替わりの棒状の携帯型栄養補給バーが置かれていた。

 ある者はそれを齧りながら作戦会議に参加する。


「食料はどれだけ残っている」


 大柄の男―――バングがテーブルに両手をつきながらまとめ役であるトンプソンに問う。トンプソンは一度だけ考える素振りを見せてからすぐに答える。


「今のところ持って10日ほど」

「ッチ。それだけか」

「ええ。しかしパウロさんが見つけた地下倉庫にどの程度の食料が残っているかまだ分かりません。今、ここにいない人達を物資回収のために向かわせていますが、そちらも合わせる20日は持つでしょう」


 バングは返事をせず、首を鳴らすだけだ。

 少し間をおいて周りから質問が無くなったのを確認するとトンプソンが声を上げる。


「ヘンリーさん。負傷者の具合はどうですか」


 突然名前を呼ばれたヘンリーが細身の体をビクっと震わせて、早口で答える。


「マタイさんはいつでも復帰できます。リアムさんは少しの休養が必要ですが五日もすれば完治します」

「分かりました。引き続き治療をお願いします」

 

 ヘンリーはこの地下空間で主に負傷者の治療を担当している。気弱で体もあまり強くないが治療知識やその腕に関しては皆からも認められている男だ。そんなヘンリーにバングが悪態をく。


「おい。リアムを治療するのにどのくらい医療品を使ったんだ」

「え、あ。はい。えと、包帯とあと傷も酷かったので消毒液とか……」

「それだけか」

「あ、え」

「本当にそれだけか。あの怪我だ。本当にその治療だけで五日で復帰できるのか」

「いえ、ですから他にも――」

「使ったんだな。貴重な医薬品を」

「え、は、はい」

「医者であるお前も分かると思うが、あの怪我では死なない。だから無駄な医療品使わずに自然治癒で治る最低限の治療さえすればいい。こっちはリアムがいなくても何とかなる。医療品はもっと緊急事態にとっておけ」

「は、はい……」


 医者であるヘンリーが目の前に患者の命を救おうと万全を尽くすのは当然のことだ。そして医療品が足らないこの状況においてバングの意見も正しかった。トンプソンは二人の会話に割り込むことはせず、ただ静観していた。

 そして話が終わったところで再度、トンプソンが口を開く。


「弾倉はまだ残っています。今日の朝に支給するので受け取ってください。地図ではこの辺りの探索をまだしていないのでバングさん、部隊の人員は任せますので自由にお願いします」


 トンプソンが指で指した場所を見てバングが怪訝な顔を浮かべる。


「別にいいけどよ。そこに食料があるとは考えにくいな。住宅街だろ。無駄足になるぜ」

「いえ。探してもらいたのは確かに住宅街ですが、厳密にはここです」


 トンプソンが地図の一部を囲う。


「診療所があります。それに住宅街と言っても一軒家ではありません。集合団地のようなビルが幾つも立ち並んでいる場所です。ビルによっては簡易的な病院や食品店が併設している場合があります。そして非常用の備蓄倉庫があるかもしれません。明日はそれらに留意しながら探索をお願いします」


 バングは地図とトンプソンの顔を交互に見て、一度ため息を吐くと答えた。


「分かった。明日はここの探索をする」


 バングの返答を聞いたトンプソンが胸を撫で下ろす。しかしバングは続けて苛立ちながら口を開いた。


「でもよ。いくら俺たちが探索したところでこのままじゃジリ貧だ。どこかでこの狂った場所から逃げ出さなくちゃいけねえ。いつまでもこの状況が続いたらどこかで破裂する。アランもパウロも死んだ。もう使える人材はいねえんだ」


 付近にある食料が自動で補給されたらよかったものの、現実はそうでない。取ったら無くなる、食べたら無くなる。当然のことだ。今はまだ探索していない場所があり、食料が残されている可能性を残している。しかしこの生活が長く続くはずがない。

 地上では怪獣が闊歩し、いつ死んでもおかしくはない状況だ。ただでさえ食料が残っていないのに、怪獣によって人材がすり減っていく。すべてが上手く行って半年持つか持たないか程度の時間しか残されていない。

 それまでに脱出の体勢を整え、この場所から逃げ出さなければならない。そして当然、トンプソンがその未来を、危険性を考慮していないわけが無くすでに手を打っていた。

 しかしトンプソンが打った手は今のところ不発に終わっている。バングはその点について遠回しに指摘しているのだ。


「そうですね。その点に関しては安全に逃げられるルートをシドさんが探しています」

「だけどよ、それはこいつだから通れるってだけで、今まであのガキ達が通れるような道は見つけられてねぇだろ!」

 

 トンプソンに慌てている様子は無い。バングの言い分は最もだとそう実直に受け止めているからであり、返す言葉が既に見つかっているためだ。


「今日はその件について状況共有をしたいと思い、皆さんを集めました。シドさん、よろしくお願いします」

「ああ」


 シドが身を乗り出して地図の上に手を置く。そして赤いマーカーを手に持って拠点がある場所から線を引いていく。


「この建物の地下に細いが地下通路がある。そこをしばらく歩くと、ここは少し不安定だが使われなくなった地下道に辿り着く。直径3メートルほど、円形状の通路だ。俺が探した限り、怪獣がいた痕跡は見つけられなかった。いないものと考えてもらっていい。そして地下道を10分ほど歩けば地下鉄の道に出る。列車は走っていない。ただ地下鉄は比較的小さな怪獣なら入れる。ここは注意が必要だ。そしてそのまま北の方向に向かってこう歩けば、駅の構内が見えてくる。ここだな」


 シドが地図に赤い丸をつける。


「ここに災害用の備蓄倉庫があった。確認してみたら中の食料はまだ大丈夫そうだった。今日、俺が持ち帰ってきたのがその一部だ。何事もなければ一ヶ月は持つ量。明日、俺と他の人で食料を持ち帰ることになっている。今のところここが最も安全な通路だ。そしてことの地点まできてやっと、都市の外周部までは来れた、後少しだ」


 シドが説明し終わるとバングも身を乗り出してシドの引いた線の上に指を置く。


「俺が確認した限りでここの地上部分は陥没してる。本当に通れたのか」

「ここか。分かりやすくするために直線で書いたが本当は曲がりくねった道だ。それに他の地下道に通じてもいる。そっちの方は時間的な制約で探索できなかったが、明日時間があるならみて見る。それでいいか」

「ああ。それでいい。ただ陥没してるってことは地下道と地上が繋がってるってことだ。怪獣に気おつけろよ」

「分かってる」


 話し合いが一段落したところでトンプソンが口を開く。


「では、これで必要な情報共有は終わりました。続いて配置ですが、バングさんは先ほど説明した通りに探索をお願いします。レイさんは予定通りに。他の人員に関しては私から説明しておきます。ヘンリーさんはいつも通り負傷者の手当をお願いします」


 場に集まった三人がそれぞれ返事を返す。


「では、明日に備えてもう終わりにしましょう」


 そしてこの日の作戦会議はこれで終わりとなった。シドは明日もう一度探索となる。

 シドは明日に備えてへと向かった。

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