第4話 役割と仕事
次の日の朝。シドが仲間と共に地下道を歩いていた。用件は当然、レイが前日に見つけた備蓄倉庫の中にある食料や医薬品を回収することだ。いつものように防護服を着て長い地下道を歩き続ける。電力は供給されていないため明かりは機能しておらず、地下道は暗い。
シドたちは手に持ったライトの少ない光源を頼りに歩く。時より、頭上を怪獣が歩き地下道全体が揺れ、軋む。崩落してしまうのではないかとそういった心配が一瞬だけ
そして地下道は狭いため怪獣と直接相対する可能性は低く、崩落の危険性さえ排除できれば安全な場所だ。
事実、シドたちは特に何事も無く地下道を進み、地下鉄まで出る。地下道に比べると広い空間だ。線路が引いてあり、その上をシドを先頭に歩いて行く。依然、明かりはついておらず暗い。少し不気味な雰囲気が地下鉄全体を覆っている。とても静かな地下鉄には足音だけが響き、長く曲がりくねって道をただ歩き続ける。
そしてしばらく歩くと地下道に明かりが差し込む。外からの明かりでは無く、まだ点いている電燈の明かりだ。つまりはまだ電力が生き残っている場所、駅の構内にたどり着いたということ。
道中何事も無くここまで来ることができたシドたちは一度、胸を撫で下ろして駅の構内へと入って行く。まだ明かりはついているもののとうに廃れ切った様相をしている。
地面には物が散らかり、壁は落書きをされていたり穴が空いていたりしていた。シドは仲間を誘導しながら倉庫がある場所まで仲間を案内する。散らばったガラスを踏みぬいてゆっくりと注意深く足を進める。
倉庫は駅の構内に入ったところから、幾つかの扉を抜け、階段を下がった場所にある。そこまで遠いというわけでは無く、構内へとたどり着いたシドたちは少しして倉庫までたどり着く。
「……これ、全部ですか」
仲間の一人が呟く。倉庫には備蓄用の食料や医療品、生活必需品などが積み上げられていた。これならば一カ月は持つ、節約すればさらに持つ。それほどの備蓄が用意されていた。
「ああ。ここに何かある前に運び出そう」
駅の構内は比較的頑丈。しかし何があるか分からない。ここにある食料の8割程度は拠点まで持ち帰って、何かあった時の為に備えなければならない。
「はい」
仲間達がシドに続いて重要な物資から運び出していく。だが、その途中でシドが止まるように指示を出す。仲間はシドが指示すると共に一言も喋らずに行動を止める。そしてシドの一挙手一投足に気を払う。
「物音がした。見てくる。待機しておいてくれ」
シドは消え入りそうなほど小さく仲間に伝えると備蓄倉庫から出る。階段を上がり、幾つかの扉を潜り抜け廃れ切った地上部分へと出る。来た時に通って来た道には変化が無く、だが僅かに揺れていた。
地上を怪獣が歩いているからではない。この地下空間にいる何かが歩く時に出る振動、足音だ。備蓄倉庫は階段を下った地下部分にあるため気が付くのが遅れたが、構内にまで来てすぐに分かった。
(……怪獣がいる)
遠く先まで続く地下鉄の道。その奥から足音が聞こえる。そして足音は着実に近づいて来ている。
(生物型か……)
来ている怪獣を分析しながら作戦を組み立てる。
(やり過ごす……のは駄目だな)
地下鉄は今後、逃げる際に使う可能性がある。もし移動する時があるのならばその際には子供も一緒にいる。できるだけ地下鉄の安全は確保しておきたい。つまりは、今ここで怪獣を殺しておいた方がいい。
シドが背中に背負った
かなり使い込まれている代物だ。何度も叩きつけ、切り伏せ、穿ち、押しつぶしてきた過程が
見るだけで何度も使われ、使い込まれ、そしてその度に修理されてきたのが伺える。シドの体格と身長では不釣り合いなほど巨大な戦鎚、それでいて鉄塊の如き
シドは戦鎚を両手で持ち、地下鉄の向こうからやってくる生物型の怪獣を見る。
そして線路の上。地下鉄の一本道で怪獣とシドとが互いを認識した。自らの道を阻み、立っているシド。怪獣は足を止め、じっと見つめる。とても小さく、矮小な生物だ。
一瞬で踏みつぶせる。全力で突進すればはじけ飛んでいってしまうだろう。筆舌しがたいほどの差が両者にある。大きさとは、質量とは強さに直結する。故に怪獣は強力。小さき人間では敵わない。
しかし、この力の差を前に怪獣の前に立つ矮小な人間が逃げ出さない。それどころか一歩、また一歩と『そっちが来ないならこっちから行くぞ』とでも言いたげな歩みで近づいて来る。
怪獣が身を震わせた。足を鳴らし、鼻から息を出す。舐められている。本能のみでそれを理解した怪獣が走り出す。反動と衝撃で地面は抉れ、線路はひしゃげる。空気が押し出され、怪獣はシドとの距離を一気に縮めた。
そして両者が衝突する。
先に攻撃をしたのはシドだ。
「――――ぶっ飛べ」
戦鎚を振りかぶり、怪獣の顎下に撃ち込む。そして
火薬の匂いが鼻を掠め、黒煙が漂う。
そして立ち上がった煙の中からシドが後ろに飛んで姿を現す。
(……まだ死んでないか)
顎下の皮や肉が消し飛び、骨が見えている。血が
怪獣は巨大だ。それでいて硬く柔軟な皮膚を持ち、厚い脂肪層で守られている。突撃銃や拳銃などの銃器では一切の負傷を与えられず、成す術も無く殺される。対人であったのならば銃器もまだ有効活用できるが、対怪獣では意味が無い。
銃器を使うぐらいならば原始的な武器を使った方が効果的だ。より深い負傷を与えられる。シドにとってそれが戦鎚であり、怪獣を倒すことができる
姿を現したばかりの怪獣に向けて今度はシドから追撃を仕掛ける。衝撃によって脳が揺れ、平衡感覚が保てていない怪獣に向け戦鎚を持ったシドが一瞬で距離を詰める。
肉眼では追いきれないほどに早く、シドは気が付くと戦鎚を振りかぶって飛び上がっていた。怪獣はシドに気が付きながらも反応に遅れ、そしてそれが致命傷となる。振り落とされた戦鎚は脳天へと直撃し、再度爆発する。だがそれだけにとどまらず、爆発の反動によって跳ね返った戦鎚の表と裏を入れ替えて、今度は
爆発によって皮膚と脂肪層が消し飛び、頭蓋骨が見えている。杭は勢いよく頭蓋骨へと撃ち込まれ、骨を砕きながら脳内を
シドへ反撃することは叶わず。舞い散った埃が落ち切る頃にはすでに絶命していた。
「ふう」
戦鎚を地面へと降ろし、怪獣を仕留めたシドが息を吐く。そして一息おくと備蓄倉庫にいる仲間たちに状況を伝えるため戦鎚を背負い直し、駅の構内へと消えて行った。
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